兎と毒ガスの島 大久野島 廃墟写真篇


 「うさぎ島」こと大久野島(おおくのしま)は、瀬戸内海に浮かぶ周囲4キロ余りの小さな島。
 1929年から大日本帝国陸軍よる化学兵器の開発が行われていたことで知られ、戦前から戦中にかけて、軍事機密保持のため地図にも掲載されなかった、という歴史があります。
 大久野島で製造されていたのは、イペリット、ルイサイトなどの毒ガス。当時の技術では製造工程での作業員の被害も守ることはできず、戦争が終わっても呼吸器系疾患などに苦しみ続ける方が多かったと言います。また、毒ガスの廃棄作業中にも、多くの被害があったそうです。もちろん、最大の「被害者」は、この毒ガスを兵器として使われた中国大陸の人々だったわけですが。
 島には当時の兵器製造施設の跡の他、日露戦争当時に設置された砲台の跡(使用はされなかった)などが残されています。


 レンガ作りの砲台跡など。
 京都大学の工学部などにも、こういうレンガ作りの古い建物が残っていたのですが、最近建て替えが進んでいるようです。

 大久野島は歩いて一周しても一時間かからない程度の大きさしかないですし、レンタルサイクルもあります。ただ、海岸沿いの道も一部は坂道になっている他、島中央部には歩いて山を登っていくしかありません。
 この鉄塔は別に廃墟でも何でもないのですが、登るのがしんどかったので記念に撮っておきます(笑)。

 一番オススメは、島の南東にある発電所跡。

 島にある毒ガス資料館では、当時の防護服や製造用具を見学できます。入場料100円。

 大久野島へは、対岸にある広島県竹原市忠海から船で渡ります。
 客船は定員100名程度のものですが、「それ、甲板にもギッシリ乗せて100人でしょ!?」という小さな船。一時間に一本くらい出ています。
 忠海は新幹線も止まる三原から呉線で三駅ですが、この呉線というのがチンチン電車をちょっと大きくしたような路線で、とても本数が少ないです。都会の人間はよく時刻表を確かめていかないと、呉線と船の接続で思わぬタイムロスになってしまいます。
 尤も、のどかな漁村で船を待っていたりすると「タイムロス」などに気を煩わされるのがバカバカしくもなります。大久野島はもちろん、忠海にも何もありませんが、ぼんやり海を眺めていると、いくらでも気持ちよく時間が流れていきます。
 広島空港からですと、三原までリムジンバスで約40分。このバスも本数が限られているので注意。

4990371208 ニッポンの廃墟
栗原 亨; 酒井 竜次; 鹿取 茂雄; 三五 繭夢; 他 酒井 竜次
インディヴィジョン 2007-08-01

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コメント

  1. […] 兎と毒ガスの島 大久野島 廃墟写真篇 – ishからですと、三原までリムジンバスで約40分。このバスも本数が限られているので注意。…はてなブックマークより […]