『サウジアラビア現代史』 岡倉徹志


『サウジアラビア現代史 (文春新書)』 岡倉徹志 『サウジアラビア現代史』 岡倉徹志

 マッカ・マディーナの二大聖地を擁し、厳格なワッハーフ派を奉じるサウジアラビア。一方で親米路線を取りアメリカに自国内駐留を許し、サウード家による王族支配の国でもあり、またウサーマ・ビン・ラーディンら「原理主義者」を多く世界に送り出してしまった地でもあります。
 大塚和夫さんの『イスラーム主義とは何か』で、イスラーム復興と絡んだ「第一次ワッハーフ王国」の歴史的経緯には触れていたのですが、その後のサウジアラビア史が知りたくて手に取りました。
 9・11直後に雨後の筍の如く出版された新書の一つではありますが、内容はとてもしっかりしていました。

 エゴむき出しの部族社会を強引に取りまとめサウジアラビア「建国の父」となったアブドゥルアジーズの狡猾かつ残忍な政治力、サウード一族の傍若無人ぶりには、色々な意味で圧倒されますが、印象的だったのはイフワーン(同胞団)の処遇。
 イフワーンとは、サウジアラビア中部の不毛の砂漠地帯ナジドを中心に広がった宗教運動で、貧しい遊牧民を定住させ、イスラームの教えに従った暮らしをさせるものでした。「第一次ワッハーブ王国」の際に、ワッハーブ派のイスラーム復興運動が果たしたような役割を、アブドゥルアジーズはイフワーンに託しました。当時独自の軍事組織を持っていなかったアブドゥルアジーズは、これを「狂信的戦士」として利用したわけです。
 やがてヒジャーズ制圧に乗り出した際、そこで「悪魔の作り出した」近代技術を見たイフワーンの戦士たちは、電話線を切断し、個人崇拝につながる聖者廟を破壊、楽隊を連れた「神をも恐れぬ」巡礼団と銃撃戦を演じるまでになりました。
 手を焼いたアブドゥルアジーズはイフワーンを遠ざけようとするのですが、冷遇されたイフワーンは更に暴走、最終的には軍事的に鎮圧されるに至ります。この時、アブドゥルアジーズの政治顧問フィルビーがこんな言葉を残しています。
「自ら創出したフランケンシュタインは、もし創出者が自ら進んでそれを破壊しなければ、間違いなく創出者を破壊したであろう」。
 支配者のよくやる手口ですが、すぐに思い出すのはアメリカとイラク、そして「原理主義テロリスト」たちです。
 サッダームと「原理主義者」は思想的にはまったく正反対ですが、防共、あるいはイスラーム革命の防壁としてアメリカが育てた「フランケンシュタイン」であることでは共通しています。「自分で作ったフランケンシュタインは自分で始末する」という意味では、いささか手際が悪かったわけで、そういう意味ではアラブ人の方が良くも悪くも「オトナ」であると言えます。
 それでも、近代国家というアメリカ自身が根を置く枠組みの中で育てられたサッダームの方は何とかなりましたが、そもそもこのフレームワークに収まらない「原理主義テロリスト」については、未だ片を付ける目処も立っていません。まかりまちがって「創出者を破壊」することにもなりかねないわけですから、アメリカのヒステリックな振る舞いもある意味「正しい」反応と言えるのかもしれません。
 ただ、こうして「全部アメリカが悪い」みたいな語り口で還元しても仕方ないわけで、人が人を支配しようとする時には必ずこの手のやり口を使って、しかも完全にコントロールすることなど不可能なわけです。そして「操られて」いたにせよ、イフワーンにはイフワーンのアイデンティティがあり、一人ひとりの生があります。彼らを「可哀想な純真な人たち」と切ってしまうのも、「コントロール」と同じくらい俯瞰的な物の見方にすぎず、かつ俯瞰される図の中に介入しないという点では、狡猾な政治力を発揮し自滅する「政治家」よりもさらに卑劣な相対主義であり、左翼的傍観以外の何者でもありません。
 「コントロール」しようとする意志も含めて、すべてを「コントロール」しているのは神様だけですし、神様が何を考えているのかはいつもわかりませんから、ただ自分のいる場所で精一杯の暴力を振るうだけです。わたしたちは皆、神のフランケンシュタインなのですから。