犯罪的に生きたいのに無理するな


 新卒二年目で年収600万が見込まれながら、新技術が身に付かないことに不安を覚えている増田氏の「新卒で入社して一年」に対する、ryozo18さんの「これ読んで「転職考えろ」とか言ってるやつってアホだろ」

「もともとあるシステムを問題なく回す」ってのは、ものすごいノウハウの塊だと僕は思う。

「社会(「企業」でもいいや)をきちんと予測可能な形で回す」という作業というか職人技というか(・・・)は、多分増田氏の想像以上に重要かつミッションクリティカルな仕事であって、下手にいじると会社そのものの屋台骨が揺らぎかねない可能性すらある作業かもしれないわけで。

この増田を読んで「転職考えなよ」とか「休みの日に個人研鑚を」とか言ってる奴は、アホだろ。お前ら、なんか企業とか社会を支えてるシステム面倒見たことあるのかと。たかだか去年まで学生だった奴の企業システム批判にのうのうと乗っかっちゃう自分が恥ずかしくないのかと。

 いやもう、仰る通り。
 一方で、汎用性のないスキルばかり身についてしまう不安、ポータブルスキルを磨くようにアドバイスする気持ち、これらもよくわかります。
 で、ここで話題にしたいのは技術がどうのシステムがどうのといった実際的なことでは全然なく、「保守すること(で生きること)」と「個人ベースで生きること」についてです1

 ryozo18さんのご指摘通り、「今まで動いていたものを今まで通りに動かす」ということは、世の中にとってとても大切なことだと思います。地味ながら高度な技術が要求されることも、しばしばでしょう。
 ただ、当たり前ですが、「保守」が大切で、そこに携わる人間が(大抵は)それなりの評価と地位を維持できるのは、端的に長年かけて積み上げられてきた仕組みの現状を維持するからであって、「難しいから」ではありません。保守は難しいこともあるし、簡単なこともあります。
 保守で生きていくということは、川のそばに済んで、その川を管理し水を得て生きる、ということです。年中氾濫する大変な川もあれば、滅多に荒れることのない大人しい川もあります。
 重要なのは、とにかく川のそばに住んでいる、ということです。何の技術もなく、ただ単にたまたま川のそばに生まれたので、ボサーッと突っ立ているだけで水に困らない、という人も存在します。
 別段「既得権益がどうの」と社会派っぽいことが言いたいわけではありません。川から遠く生まれたのも神の意思ですから、諦めましょう。
 もちろん、川の遠くでボサーっとしていては、生きていけません。普通は、川の傍に移り住んだり、川の近くの住民と仲良くして、水を分けてもらったりします。
 ものすごいパワーがあれば、利根川工事のように川を付け替えることもできるかもしれません。大自然への反逆です。
 付け替え工事は革命級のエネルギーがあって初めて成り立つことで、そうでなければただの犯罪です。
 もう一つ方法があります。水をかっぱらうことです。
 これも普通、犯罪です。

もうね、なんていうか、「個人の成長=善」って考え方はやめたほうがいいよ。社会ってのは、「利益」を出したやつが「利益的には」正しいわけで、新技術を追うことだけに特化している奴なんてごく一部しかいないんだし。

 「個人ベースで生きること」には、どこか川の付け替えとかかっぱらい的な匂いがします。水が欲しければ、素直に川の傍に住んだら良いのです。大自然に逆らわずに生きるのです。
 「個人の成長=善」どころか、個人で考えること自体、悪への第一歩なのです。
 もちろん、件の増田氏も、彼または彼女にアドバイスされている方も、犯罪者ではありません。悪人でもないでしょう。
 でも、個人を基本に考えてポータブルスキルを身に付け「いざとなればこんな会社辞めてやる」というのには、ほんのちょっとだけ反社会的くさい匂いがする、ということです。

 さて、本題はここからです。
 果てしなく川から遠ければ、かっぱらいでも何でも水を手に入れないわけにはいきません。今思いつきましたが、独立機動的に井戸を掘る、という方法もあるかもしれません。
 でも、件の増田氏は、もう川の傍に住んでいるわけです。2年目で水が600万なら立派なものでしょう。ryozo18さんの仰る通り、それだけ大切なことをされているのだと思います。
 それなのに、水をかっぱらいたい。いや、かっぱらうとは言っていませんね。川の付け替えロマンみたいなものに、ちょっと惹かれちゃう。野望に燃えていないことに、むしろ後ろ暗ささえ感じてしまう。
 これは、神の意思で川から遠く生まれてしまった人が、やむにやまれず策を練るのとは違います。人間には、こういう「抜け駆けてやろう」なココロというのがあるのです。
 本当のことを言えば、川から遠く生まれたとしても、付け替えたりかっぱらったりする理由に「川が遠いからいけないんだっ」というのは、言い訳です。虎屋の羊羹持って挨拶に行くチャンネルだって、あるに決まっているのですから。
 羊羹買うのが口惜しいからかっぱらうのです。それが後ろ暗いから、自分への言い訳として、一応やむにやまれない理屈を付けてみるのです。
 要するに、理屈抜きに、かっぱらいたいのです。その方が面白いから。
 いや、みんながみんなかっぱらいたいわけではないですね。世の中には、川が近かろうが遠かろうが、かっぱらいたくなってしまう人種というのがいくらか存在します。
 少なくとも、わたしはかっぱらいたくて仕方ありません

 エンジニアの方々はスキルやらキャリアプランやらの話が大好きなようで、webにはその手の話題が溢れています2
 そういう時に、「生き残り」だの世知辛い視点しか出てこないのが、実につまらないです。
 あなたが「個人くさいもの」を大事にしたいのは、ただ生きるためなのですか。あるいは、可能性だけは潤沢に備えて、資格マニアのように悦に入りたいのですか。お金のためですか。それなら、羊羹買って挨拶に行けば良いのです。大自然には逆らわないのが、一番「合理的」です。
 世の優秀なエンジニアの方々は、わたしと違って論理的な脳みそをお持ちなので、人並み以上に辻褄を付けたくなってしまうのかもしれません。「やむにやまれない」必然性があると考えなければ、自分を説得できないのかもしれません。
 でも、そんなものに別段理屈なんて要らないんですよ。
 要するにかっぱらいたいんでしょう? もう、素直じゃないんだからっ♪
 かっぱらいたければ、かっぱらったらいいじゃないですか。
 それは全然「合理的」ではないし、大抵は虎屋の羊羹より高くつくのですが、ある種の人間はどうしてもかっぱらわずにいられないのです。
 個人的なことは、犯罪的なことです。だから楽しいのです。
 漢なら、かっぱらいたい時は理屈をつけずにかっぱらえ。キンタマ付いてんのかよ。
 ちなみにわたしは付いてないです。

 「保守」は重要で、かつ手堅い生き方です。
 多少退屈かもしれませんが、世の中に貢献し、喜ばれる人生です。
 川の傍で既に十分に水を得ている人が持ち逃げを考えたり、そういう人に「かっぱらったら?」とアドバイスするのは、全然「合理的」ではありません。
 もちろん、件のエントリプロパーについて言えば、世の中的に「合理的」な面もあるかもしれません。でも、そんなものは偶然・結果論にすぎず、ことの本質ではありません。
 「川全然荒れないし面白くないなー、ちょっと付け替えてみよっかなー」、そんな妄想をしている人に「土日に河川工事の勉強を」などと助言するなら、余程腹黒いか、頭が悪いか、面白がっているだけです。
 わたしは腹黒くて頭が悪くて面白がりなので、是非付け替えの方向でがんばって貰いたいです。面白ければ、死んでも天国に行けるでしょう。

 あなたが付け替えるなら、わたしがかっぱらいます。

  1. 誤解されてしまったかもしれないので一応補足しておくと、ここで「保守」と呼んでいるものは、システムの保守管理等の文字通り「保守」と呼ばれる業務に限らない、遥かに幅広く大雑把な概念です。取り立てて先進的ではなく昔からあるものは全部「保守」です。八百屋さんも大工さんも出版社も基本「保守」です。もちろん、大工さんの業界には業界で、先進な技術もあるでしょうし、比較的ポータブルな技術と潰しの利かないものがあるかと思います。ですから、大工さん的に「非-保守」よりの個人というのは十分あり得ると思いますが、業界全体としては「保守」寄りでしょう。というか、業務に限らず文化も宗教も基本は「保守」なのであって、IT屋などという半年単位でコロコロ際物が現われて、「勤続十年?何それ?」という商売がトチ狂っているだけだと思います。 []
  2. 一応わたしもエンジニアのハシクレとして日銭を稼いでいるらしいのですが []