モザンビーク・フィルム


 埼玉県川越市の中学生四人が、アフリカはモザンビークに体験留学することが決まった。
 過保護と仮想現実の箱庭の中で育った現代埼玉の中学生に、アフリカの大自然と、貧困と戦いながら学ぶ現地の学生生活を、体験させようという試みである。
 朝礼で演台に並ばされた四人は、それぞれ半ば用意されたままのセリフを、高らかな抱負として語った。全校生徒と教師陣が、それに儀礼的拍手を送った。
 この朝礼の模様は、総べてカメラによって収録されている。というのも、この体験留学の試みは、文部省推賞の実験であると同時に、巨大メディアによる演出でもあるからなのだ。彼等の留学生活には、総べてカメラがついてまわり、逐一番組の一部として収録される。その様子が、毎週お茶の間に流される、という仕組みなのである。
 こうして、男子三人、女子一人によって構成された埼玉の中学生達のアフリカ生活が始まった。

 ジャングルの一部を切り開いて作られた木造の校舎は異臭を放ち、想像以上の貧しい暮しがそこにはあった。学舎の周辺には、野放しにされた家畜がうろつき、草を噛んでいる。埼玉の学校からは考えもつかない野卑な状況であった。
 加えて、現地の人々は未だ、教育に対して猜疑心を抱いている。というのも、子供達は貴重な労働力でもあるからだ。
 しかし教師も、生徒達も、偏見と貧しさに反比例するかのように、目を輝かせ、日本の学校にはない熱気が教室を埋めている。教師達は、教育こそが国の未来を明るくすると信じ、生徒達は、学ぶことそのものの喜びに満たされている。
 埼玉の中学生四人は、最初こそ照れがあったものの、数日も経たないうちに、黒い肌に深緑の制服を馴染ませた現地の子供達と共に、はしゃぎまわるようになった。言葉の壁こそあるものの、子供同士には不思議な共感能力が備わっているかのようだった。
 熱心な教師陣の中で、とりわけ情熱に溢れていたのは、ヨーロッパのNGOから派遣された、白人の女性音楽教師だった。彼女はアフリカの子供達に、クラシック音楽を教えようとしているのだ。
 ただでさえも教育に批判的な保護者達の間では、彼女の評判は芳しくない。労働力を奪われた上、およそ子供達の人生に関わりのないように見える、ヨーロッパ上流社会の音楽など学ばせた所で、何になるのか、というわけである。
 しかし白人教師は負けていない。寄付によって集められた中古楽器を生徒達に配し、音楽の喜びを教え、卒業までには全員で交響曲を演奏できるようにすべく、全力を傾けている。彼女の信念は、音楽における調和が、子供達の情緒を良い方向に育て、やがては国の栄えに寄与する筈だ、というものである。
 日本の番組サイドとしては、日本人留学生達を、この試みに是非とも参加させたかった。貧しい黒人学生と日本人中学生が、白人の指導を得て、すばらしい交響楽を奏でる、そのようなシナリオを描いているのだ。
 しかし白人教師は、この留学プログラムを面白く思っていない。彼女はあくまで、貧しい国に音楽教育を普及させる為にやってきているのだ。駄食の国からメディアの張子のように送り込まれて来たひ弱なアジア人など、崇高な試みを阻む異物にしか見えないのだ。
 番組サイドと白人教師の間で、画面には映らない折衝が重ねられた。中学生四人は、いずれも、それなりの音楽教育を受けてきた現地の学生に比べて、演奏の技量に劣っている。とてもではないが、メインを任せる訳にはいかない。しかし番組としては、彼等を是非とも第一バイオリンに配し、生徒達の先頭に立たせる演出によって、お茶の間に感動をもたらしたいのだ。
 長い話し合いの結果、中学生のうち比較的音楽的才能に秀でた二人が、オーケストラにとりこまれることになった。

 当の四人の間でも、それなりの葛藤があった。彼等とて、丸っきりのメディアの操り人形ではない。現地の生活に馴染むに連れて、オーケストラの中でのポジションに対し、彼等なりに熱意を持つようになっていた。結果、メガネをかけた秀才タイプの男子と、唯一の女子が第一バイオリンに配されることが決定したとき、四人の中に一つの亀裂が走った。残り二人は、祝福しながらも、どこか卑屈な気持ちを抱かないではいられなかった。しかしもちろん、そのようなネガティヴな面は番組には反映されない。
 農繁期が終わり、オーケストラの練習が佳境に入る頃、番組の制作総指揮を司るプロデューサーSが現地に視察に入った。通例、このような過酷なロケでは、若手のディレクター達だけが現地に留まり、編成サイドが汗を流すことはない。しかしこのプロデューサーは、特別な野望を抱いていた。
 というのも、彼は本職のテレビスタッフではなく、高名な精神科医なのである。局と行政サイドの話し合いで、児童教育にも深い造詣を持つ彼が、番組の制作総指揮として配されたのだ。現場スタッフ達からは名誉職くらいにしか見られていなかったSであったが、彼なりに番組についての思惑を抱いていた。
 というのも、彼は学生時代、自主制作映画に熱をあげていた時期があり、若かりし頃には、映画監督になる、という夢を抱いたこともあったからだ。Sは映像作品について、並々ならぬ興味と熱意を持っている。できればこの番組を、二時間程のセミドキュメンタリー作品にまとめ、映画化したいとすら目論んでいたのだ。彼は自らの名前をアナグラムで変形した別名をもって、この作品を監督しようと考えていた。
 現場スタッフにとっては厄介者に過ぎないSではあったが、現地に入ると、あれこれと具体的指示を出し、作品への情熱を表した。同時に、精神科医としての直観で、四人の中に目に見えない軋轢が生じつつあることを察した。
 Sは、第一バイオリンに落選し、かつ四人の中でもっとも落ちこぼれでシャイな小柄な少年に目をつけた。一見普通の子供と同じく明るく振舞っている彼であったが、夜毎に学校で飼育するウサギを虐めるなど、鬱屈した一面があることを、Sはすぐに見抜いた。彼をポジティヴな方向に持っていってやらないと、このドラマ全体の調和が崩されるように思われた。逆に言えば、このような落ちこぼれに焦点を当てることによって、番組は、シャイな少年の成長劇としての新たにストーリーを膨らませる可能性を孕んでいるのだ。
 しかも少年は、学業や対人コミュニケーションにはいささか劣った所があったものの、奇妙な直観力を持っていた。Sは、これによって、番組の大きな裏仕掛けが見抜かれてしまうのを恐れたのだ。
 実は、番組のロケはアフリカではなくインドネシアで行われているのだ。予算と政治的事情から、インドネシア奥地の学校をモザンビークという設定にし、巧みなフィクション・ドキュメンタリーが構成されているのである。いわば壮大なヤラセが演出されているのだ。このことは、当の中学生達自身にも知らされていない。
 オーケストラに夢中になっている二人の少年少女は、そのような裏仕掛けに気付く様子もない。ただこの件の少年一人だけが、要注意人物であった。
 Sは短い滞在の間に、口酸っぱく彼に注意を払うよう現地スタッフに言付け、多忙なスケジュールによって日本へと連れ戻された。
 番組の裏仕掛けを見抜くヒントは、身近な所にあった。挨拶であるbonjourのイントネーションである。アフリカではbonの部分にアクセントがくるが、インドネシアではjourに強く発音されるのである。もちろんそのような言語学的知識を中学生が持っている訳がない。しかし少年は、不思議な直観で違和感を嗅ぎとりつつあった。
 オーケストラの発表会が迫っていた。現地スタッフはSの助言に耳を傾けず、白人女性による音楽教育と、その中に投じられた二人の少年少女を中心にカメラを回していた。残された中学生二人は、次第に画面に映る機会を少なくしていった。
 そんな折、予期せぬ事態が学校を襲った。テロリストが学校を襲撃したのである。
 イスラム原理主義を奉じる彼等テロリストは、白人NGOスタッフや資本主義の先兵たる日本人クル-達を容赦なく射殺した。そればかりか、抵抗する生徒達にまで銃口を向けたのである。もはや番組どころの状況ではなくなってしまった。
 事件後に現地入りした報道陣が目にしたのは、凄惨な虐殺の現場であった。西洋式の教育の熱気に溢れていた校舎は、無数の銃痕に傷つけられ、生徒や教師達の遺体が累々と連なっていた。白人音楽教師も、頭部の半分を吹き飛ばされ脳漿をばらまいた姿で廊下に横たわっていた。目を被わんばかりの悲惨な光景であった。
 日本人中学生達については、しばらくの間、行方がつかめなかった。遺体の中に、彼等の姿がなかったのだ。しかしテロリスト達の去った跡の中に、中学生のものらしき足跡が混じっているのが発見された。
 その痕跡を辿り推測されたことには、三人の中学生がテロリスト達に連行され、彼等の流儀で「処刑」されたということだった。その処刑方法とは、手首を縛られたまま沼地に向かって歩かせ、沼に脚をとられた所で、木の上から巨大なエンピツのような木製のヤリによって貫かれる、という残酷なものだった。ヤリは必ずしも急所を突くと限らず、三人の中には、長い間苦しんでから、肺を汚泥でいっぱいにして息絶えた者もいたようだった。
 そのような凄惨な現場は、もちろん、一切報道されず、番組も無言のうちに中断し、お茶の間の話題からも自然と消えていった。
 ただ一人の生き残りは、例の落ちこぼれ少年だった。ジャングルの奥で獣のようにうずくまり震えているのを、数週間後に発見されたのだ。少年についての報道は一切なされず、秘密裏のうちに日本へと送還された。

 二十年余りの歳月が過ぎた。少年はメディアの表舞台に出ることもなく、ただ、もって生まれた繊細さと強烈なトラウマによって病的な人生を歩んでいた。紆余曲折を経て、彼は今、アメリカの某所で低層労働者の一人として働いている。
 その職場でも、彼は無口なアジア人として、仲間の輪に加われないでいた。そんな彼の唯一の友人は、競争社会アメリカの学校でスポーツも勉強も出来ない冴えないアングロサクソンとして育った、一人の若禿げの男だった。
 元中学生がオーケストラに選ばれなかったように、このアメリカ人も、学校の演劇で端役に回された暗い思い出があった。劇の中で、彼は「tree 1」という木の役をやらされ、エリート学生の足げにされ、屈辱に喘いだのだ。その頃、彼は、劇でヒロインを演じていた少女に密かに思いを寄せていたのだが、そんな想いは届くべくもなかった。
 卑屈な日本人とアメリカ人、彼等は奇妙な連帯感で、仕事帰りに暗い酒場の隅でグラスを傾けあうことがあった。
「結局、女なんてのは、結婚だけが目的なのさ。エリート達は、うまくやっているようで、手玉にとられているだけなんだよ。そういう俺達は、そいつら以下の、クズだけどな」
 そう言って、二人は自嘲的な笑いを浮かべ、酩酊の中に自己を逃がしていくのである。

 暗いアルコールと労働の疲労に包まれて帰宅するのは、一人暮らしのうらぶれたアパートメントである。就寝前のしばしの時間、彼はテレビと共にすごす。孤独を紛らわす為に、興味もない番組をただ部屋に垂れ流すのである。
 煤けたアパートメントの壁を、ブラウン管の明かりが照らし出す。元中学生は力なくソファに体重を預け、安いカンビールを開ける。その目は虚ろなままで、決して画面を注視することはない。
 しかし、ふとテレビに映された相貌に、元中学生の目が引き付けられた。そこには懐かしい顔があった。精神科医のSである。
 Sは映画作品を完成させるという夢こそ果たせなかったが、その後、一般向けに書き下ろされた精神病理学の概説書を出版し、これがベストセラーとなって、さらに名を高めていた。最近になって、この本が英訳されることになり、彼はそのプロモーションも兼ねて、米国の教養番組に出演していたのだ。
 画面の中のSは、流暢な英語で、自らの本の概略、精神病理に関する私見などを語っていた。とりわけ、精神分析学において長らく問題とされてきている外傷神経症について、彼は独自の論を展開していた。
 他ならぬその外傷神経症を、元中学生は病んでいた。外傷神経症とは、事故や災害などの生還者が、その記憶のフラッシュバックなどに悩まされ続ける、という精神の病である。幼児期の虐待との関係も指摘されている。
 強烈な体験をした彼は、当然のようにこの症状を見い出され、帰国後の長い間、通院治療を受けた。しかし、彼の病気は完治することがなかった。
 それには、彼の側にも大きな問題があった。というのも、彼は自分の体験について、重要な核心を最後まで医師にもカウンセラーにも話すことがなかったのである。
 彼はテロリストに追われ、ジャングルに逃げ込んだ。エリート二人と肥満児だったもう一人の落ちこぼれは、すぐにテロリストの虜囚となった。だが彼は、ただ逃げていただけではなかったのだ。
 三人が連行され、「処刑」される様子を、彼は茂みの中から、一部始終目撃していたのである。当然、飛び出し助ける勇気も力もない。それどころか、凍りついたように指一本動かすことが出来ず、一方で目を閉ざすことも出来なかった。
 だが、不思議と恐怖は感じていなかった。余りの状況に、感覚が麻痺していたのかもしれない。しかしそれだけではなかった。彼は言い知れぬ興奮の中で、凄惨な「処刑」を見守っていたのだ。
 三人の中学生がヤリに貫かれ、泥沼に沈んでいく様を、彼は鼓動を高めながら見続けていた。まるで映画の一場面のようだった。とりわけ、女生徒の身体をヤリが刺し、それでも絶命することなく、泥にまみれもだえる姿は、彼の感覚を病的な興奮に高めていた。彼の性器はその時、固く勃起していたのだ。
 帰国後の治療は、テレビ局の配慮により、非常に心を配られたものだった。しかし、当のSの診察を受けることは最後までなかった。局としては、あの番組の企画自体を、一刻も早く霧散させたかったのだろう。
 一方で、元中学生は、Sこそは何か自分についての秘密を知っているのではないか、彼なら自分を治療できるのではないか、という思いを抱いていた。それを口に出すことはなかったが、彼は、自分が何かに気付きつつあったのを、Sが気付いていたのではないか、と感じていたのだ。
 そのSが、今、二十年の歳月を経て、今度はブラウン管の登場人物となっている。この遅すぎる皮肉に、彼は卑屈な笑みを浮かべ、いつものように睡眠薬をビールで流し込み、ベッドに横になった。
 毎夜強烈な悪夢にうなされる彼であったが、その晩見た夢はいつもと違っていた。
 Sが夢に現れたのである。
 夢の中のSは、彼の研究室で、学生に囲まれていた。しかしそこでのSは、いつもの威厳に溢れた様子ではなく、むしろ学生に侮蔑されているようで、若い女子生徒らに鞄を取り上げられ意地悪をされ、情けなく狼狽していた。

 次の日の晩も、彼はいつものように、若禿げのアングロサクソンと安酒場の隅に陣取っていた。酔いが回るのが早かった。特別な仕事をしたわけではないのに、彼は普段より困憊していた。理由は彼自身にも分からなかった。いつもは卑屈ながらも野卑な言葉を交わし暗い笑みを浮かべる彼であったが、その晩はその力もなく、帰宅する頃には足元もおぼつかなくなっていた。
 若禿げのアメリカ人は、友人を気づかい、彼をアパートメントまで送り届けた。

 その晩、二人はベッドを共にした。
 そもそもの初めから、そういうことだったのかもしれない。テレビも夢も見なかった。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。