他人の記憶を思い出すこと、「覚え書き」を覚えていたのは誰なのか

 先日お邪魔した「アラブの音を聴け」での師岡カリーマ・エルサムニーさんと常味裕司さんのトークの中で、ウードの譜面が話題になりました。
 常味さんは基本的に西洋式の譜面を利用されているようですが、ウード独特の伝統的な記法もあるようです。そしてこの記法に触れた時、常味さんが「でもこれは覚え書きのようなもので」と仰ったのに、ハッとさせられました。
 「覚え書き」というのは、楽譜に音楽の構成要素が還元されておらず、楽譜だけでは楽曲を再現できない、ということです。
 似たことを、アラビア語についても感じることがあります1。アラビア語には原則的に母音そのものの表記がなく、文脈等から文章構造を認識し、最終的な発音につなげる他にありません2。そうしたところも、アラビア語が「音楽的」と評されたり、詠唱が重視される一因になっているのでしょう。ただ、アラビア語が多少極端だとしても、統語構造の認識抜きに完全な発音が決定できない、というのは、どんな書き言葉にも言えることです。
 要するに「覚え書き」とは、「それ自体で情報媒体として完結しておらず想起という契機を要するもの」です。そして書き言葉とは、厳密には洗練された「覚え書き」に過ぎません。
 しかしここで言いたいのは、「言葉はまず耳から!」というナイーヴな語学講師的「パロール至上主義」でも3、逆に「原的パロールなど存在しない」といった安っぽい90年代大学生的ポストモダニズムでもありません。
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  1.  アラビア語については、依然わたしは初心者であって、本当はこんな偉そうなことを語る資格はありません。スイマセン。 []
  2.  クルアーンや学習書、子供向けの本には母音記号が付いている []
  3.  この認識には厳密には賛成しかねますが、実際的な語学学習の要諦としては十分妥当だと思いますし、わたし自身の学習でもそういう傾向が強いです。ダムの設計をするのに量子力学を持ち出す人はいないでしょう。 []

イプサ ファウンディション・キットの化粧ポーチ

 考えてみると、ファウンディションだけはずーっとイプサです。
 またエッセンスイン・クリームファウンデイションをリピート購入しようとしたところ、限定のファウンディション・キットが販売されていました。
イプサ ファウンディション・キット
 ミニサイズのメイク落とし、デイシェルター・ブライトビジョンのミニボトル、ポーチがついてきます。メイク落としはジェル・オイルのいずれかから選べ、それぞれスーパーモイスチュアオイルとスーパークリアオイル、モイスチュアジェルとスーパージェルがあるので、四種類の中から選択することになります。
 「ファウンディションの価格にプラス500円で、お得だと思いますよ」と言われ、「あ、じゃぁそれで♪」と即断してしまいました。タイムリセットのキットのときと同じパターンです(笑)。
 でも、確かにこれはお買い得。プロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンは、毎年紫外線の一番強い時期に愛用していて、そろそろ使い始めようと思っていたところ。去年の分も残っていますが、丁度良かったです。SPF30 PA+++と、「紫外線の強い時期だけれど、屋外にいるわけではない」日常使いにぴったりのスペックで、しかも付け心地もサッパリなオススメ下地です。
 それよりも、個人的注目はポーチ。
 実はワタクシ、前にイプサで貰った化粧ポーチをずーっと愛用しています。
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サイボーグが選ぶ五丁のエロい銃

 何となく、デザインが好きな銃をあげてみます。
 ガンマニアということはないですが、平均的日本国民よりは銃に詳しいです。自動車や芸能人よりは圧倒的によく知っています。
 機能的なことはあまり興味がないので、純粋に見た目とギミックだけで選びます。

H&K P7


 スクィズ・コッキングという、グリップを握るだけでハンマーがコックされるユニークな機構を備えた銃。『ダイハード』の敵役ハンスが使っていて、手慰みのように「カキン」とコックしている様子が印象的です。
 銃のエロさのポイントの一つは、コッキング音です。欲情します。ベスト5には入れませんでしたが、『アンタッチャブル』で敵を追い詰めた主人公が、屋上から狙いを定めながらデコック(トリガー半押しにしてハンマーを戻す)するシーンも好きです。多分コルト・ロウマンだったと思うのですが、よく覚えていません。
 オシャレでほどほどリッチなオジサマだけれど、仕事は怪しげ、なエロさです。車はもちろんドイツ製。

GLOCK 17


 強化プラスティックを主な素材とするグロック。銃の好きな方には嫌う人も少なくありませんが、諦めきっちゃった感じ、工業製品と割り切っている様子がメガネ男子っぽいです。
 同じコンセプトでアメリカ人が作ったら、さぞかしつまらない銃になったことでしょうが、オーストリアですからね。メガネです
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トークマスター専用ブースター付きAMアンテナを購入

 初代トークマスターが復活したので、最大の欠点「受信性能の悪さ」をカバーするため、トークマスター専用ブースター付きAMループアンテナAM-500を購入しました。
ループアンテナ
 箱を開けて見た最初の印象は「デカい!」。普通のコンポについているAMループアンテナより五周りくらい大きいです。写真ではサイズ比較のため横にペンを置いてみたのですが、アンテナの大きさを実感して頂けるでしょうか。
 AM-500は単なるループアンテナではなく、ブースター付きのアンテナ。単三電池を入れて、窓際などに設置します。
 ところで、トークマスターにはAM用のアンテナ端子がありません。
 ではどうやって増幅した信号を届けるのかというと・・・
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ワニと戦って人間に負ける

 先日ものすごい久々にゲーセンなどに行ったところ、ワニワニパニックのパーフェクトを目撃してしまいました。

ワニワニパニック

 わたしはワニワニパニックが結構好き、というか殴ったり蹴ったり全般が好きで、この日も確か87点くらいでなかなかのスコアだったのですが、パーフェクトには負けます。
 しかも、このスコアを出した人は悪いけれど運動神経が良いようには見えず、ちょっと悔しいです。
 ついでにプリクラ切抜きを貼り付けておきます。
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ドバイにある世界地図の形のリゾート「ザ・ワールド」、前田高行『アラブの大富豪』

410610251X アラブの大富豪 (新潮新書 251)前田 高行 新潮社 2008-02

 日本でアラブやアラビア語に興味を持つのは、一つは文化的なチャンネル、イスラームやアラブの音楽、ダンス等といったものがあるでしょう(両者は一面で相容れないのですが)。
 もう一つ、石油というものがあります。
 わたしは専らイスラームからアラブに関心を持つようになり(もちろん、アラブ即イスラームでもイスラーム即アラブでもありません)、今も脳の80%くらいは神様に使っている狂人なのですが、アラビア語を学びはじめてから、学習者の一大勢力として、石油会社関係者など、ビジネスを主目的としている人たちがいる、ということに気付きました。
 サウジアラビアが世界最大の産油国であり、わが国のエネルギーが中東に大きく依存していることは、普通の日本人なら一応知ってはいるでしょう。
 しかし、「アラブ」という言葉からすぐに連想するのは、どちらかというと文化的側面、もしくはパススチナ問題や「イスラーム過激派」等ではないでしょうか。この「アラブ」のイメージは、(単によく知らないせいで)どことなく神秘がかっているか、あるいは「貧しい」「虐げられた」「闘っている」人たち、というものでしょう。
 でもアラブ、お金持ちです。
 正確には、アラブ諸国の一部、いわゆる湾岸諸国の方々は尋常ではなく大金持ちです。サウジアラビアの歴史を学ぶに連れ、石油の重さと、これに振り回されたちょっとコミカルなまでのドタバタを知るようになりましたが、前田高行さんの『アラブの大富豪』は、もう笑うしかないようなスーパーリッチたちを紹介した本。
 正直、個人的な関心の中心ではないですし、サウジアラビアの歴史概略などは聞き飽きた話でもあったのですが、むしろこういう話題の方が一般の方には面白く読めるのではないかと思います。小難しいことより、とにかくスケールが滅茶苦茶で笑えます。

 本書の中で、アラブ首長国連邦の一つドバイにある「世界地図の形のリゾート」というのが登場します。「ザ・ワールド」というのがそれなのですが、Google Mapsではここになります。
 撮影時期のせいなのか、角度のせいなのか、今ひとつ世界地図っぽくないです。
 こちらの画像だと、モロ「世界地図」です。
ザ・ワールド
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チベット・中国・オリンピックは、胡散臭さの三題噺

 チベットと中国とオリンピックについて、何か書いても至極下世話で神様ウケ1しないなぁ、と思って傍観していたのですが、CrowClawさんがブックマーク「痛いニュース:アグネス・チャン、聖火リレー妨害について「政治的なことは持ち込んでほしくない」」に対し、

アグネスもちゃねらーも解ってないな。スポーツと政治は対立概念じゃないし、五輪はスポーツそのものの政治化でありナショナリズムへの隷属化。五輪を開催すること自体が完全に政治的な行為なんだよ。

 とツッコんでいるのを見て、驚きのあまりパニクってポストします2
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  1. ish用語で「人間どものことはどうでもいいが、神様に祝福されっぽい」の意。神様ウケするとポワンポワーンとなってコメカミのLEDが光るのですぐわかる []
  2. 念のためですが、こんなその辺のマセた中学生にも自明なことを今更他人にツッコまれている人間が地上に存在した、という驚きです< 追記:CrowClawさんが「マセた中学生」という意味ではありませんw []

奇跡を見たならば、それはあなたの奇跡だ

 先日表題作を取り上げたミヒャエル・エンデの短編集『自由の牢獄』。その末尾に「道しるべの伝説」という物語が収められています。
 商人の子として生まれた主人公ヒエロニムスは、空想的な物語を語る乳母の影響などから、奇跡を信じる信心深い少年に育ちます。彼は世界をどこか居心地の悪いものと感じ、自分のあるべき真の世界と「不思議」を求めます。
 実業の人である父は、宗教を重んじながらも、そこで語られる奇跡や不思議を否定し1、空想に耽る息子を叱咤します。
 父の死後、莫大な遺産を放棄したヒエロニムスは、奇術師に弟子入りします。しかしその奇術師も、忌の際に「奇跡などない、人は騙されるのが好きなのだ」と言い残し世を去ります。
 彼は「不思議」を信じていた心を裏切り、天才的「詐欺師」へと転進します。彼の奇術に人々は心地よく欺かれ、一国の財政の采配を委ねられるまでに至ります。
 ある時、騙された人々から逃れる途上、彼は偶然「真の奇跡の世界へと通じる清き心の門」を見つけます。奇跡を信じるのをやめた時、はじめて真の世界への道に出会ってしまうのです。その門をくぐるに自分は値しない、と考えた彼は、インディカヴィア、つまり「道しるべ」と名を変え、下界へと戻ります。
 インディカヴィアは奇術を続けますが、今度はそれがトリックに過ぎないことを明らかにし、「真の奇跡を証すためにこそ、芸を見せている」と語ります。「騙されるのが好き」な人々は、「率直」になった彼には魅了されません。落ちぶれたヒエロニムスは、ただ限られた人々にのみ、真の世界への道を示すことに専心します。

道しるべとは、それだけでは一片の板であり、値打ちもない。(・・・)道しるべはそこにかかれたことを自分では読めず、読めたとしても、何かわからないだろう。それに、道しるべはそれが指ししめすところへ決して自分では行けない。それどころか、道しるべの意義とは、それが立つところにとどまることにあるのだ。それはどこでもいい。ただ一箇所をのぞけばどこだって適所なのだ。その例外とは、それが指ししめすところである。そして、道しるべはそれが指ししめすところに立たないからこそ、そこへ通じる道をさがす人々の役に立つのだと。

 現代思想に少しでも触れたことのある人なら、ナイーヴとは知りながらも、シニフィアンの概念について想起しないでいられないでしょう。
 「道しるべ」として俗世に留まることを受け入れることで、物語は収束するかに見えます。ところが、インディカヴィアは、真の世界に旅立ったとばかり思っていた可憐な少女と、意外な場所で再会することになります。場末の売春宿です。彼女は売春宿の醜い女主人となり、真の世界などなかった、お前のせいで身を持ち崩した、と彼を責めるのです。
 希望を失った彼は、酒に溺れ、気が付くとあの「門」の前に立っています。門は「おまえが自分自身を裁けると思ったことへの仕置き」を与えた上で、彼を受け入れます。彼が道を「示した」人々は門を見つけることができず、信じる心を裏切ったインディカヴィア自身が、最終的に門をくぐるのです。
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  1.  こうした宗教の「二重性」はとても重要で、一般に多数派となった宗教は常に「ホンネとタテマエ」の構造を成し、「言行一致」させようとするファンダメンタルな態度や神秘主義を弾圧します。しかし、これは単に宗教的権威の実体が世俗的だからではなく、信仰そのものの本性に根ざしたものです。わたしたちが日常で「現実」と呼ぶような現実性、つまりイマジネールなものを宗教は否定しようとしますが、それが完全に無になってしまっては、信仰そのものが成り立たない。疑義の可能性を理屈上残し、これに抗いながら続く運動が宗教なのです。 []

アラビア語学習のpodcast

 最近気に入っているアラビア語学習のためのpodcast。

ArabicPod

 動画もあります。

 フル動画やスクリプトを入手するには登録が必要ですが、podcastを利用するだけなら登録も不要です。
 先生と生徒の対話形式の講座で、ノリはかなりカジュアル。初歩的な内容がメインですが、ブリティッシュ・イングリッシュでかなり聞き取りやすいです。
 純粋にアラビア語の勉強、ということでも楽しいのですが、「英語圏の人はソコにツッコむのかっ」なポイントも面白いです。
 例えば、「ハル・タサーイドゥニー هل تساعدني」という「Will you help me?」みたいな意味のフレーズがあって、「ハル」はyes/no questionを作る疑問詞、「タサーイドゥ」は「help」、「ニー」は「me」みたいに説明されていくのですが、生徒が「え、じゃぁyouはどこ?」と質問するのです。もちろん、先生は「it’s a complicated problem」と大喜び(笑)。
 アラビア語に限らず、動詞の活用が厳密な言語を学ばれた方はおわかりでしょうが、「タサーイドゥ」という動詞だけで、既に二人称・男性・単数・未完了という情報が入っています1。英語圏の先生は「hidden subject」のような説明をされていました。
 日本語ネイティヴの場合、逆に主語が明示されないことに慣れてしまっていて、人称が違う表現をしようとして初めてハタと気づく、という形になるのではないでしょうか。同じ「hidden」でも、アラビア語の場合は動詞の活用という形で明示されているのに対し、日本語では文が主語なしで成り立つケースが多いため、まったく意味が異なります。
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  1. 厳密には、三人称女性単数未完了も同型のため、この単語だけでは弁別できない []