都市生活者は唯一神と移動する

 都市と抽象度の高い唯一神(非偶像的=非イメージ的神)の関係について考えています。

 イスラームが都市の商人の中から生まれた思想であること、この都市が砂漠=外部との関係において抽象される< 都市>であること、そして都市とは移動性そのものである(移動に「住む」)ことについては、「webは「砂の文明」である」「イスラームは「砂の思想」なのか」等で触れました。
 都市とサンボリックな神(土着性の低い神)という意味ではイスラームに拘泥しない方が適切なのかもしれませんが、イスラームにはやはりその典型が見出されると思われるため、これを契機として考えてみます。
 
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「くん」付けのエロス

 「くん」付け、嫌いです。
 こういうことを言うと「ジェンダーフリー」みたいで寒気がするのですが、男性を「くん」付け、女性を「さん」付けする文化が、学校臭くて生理的に耐えられません。
 原則として性別・年齢を問わず「さん」付けしています。
 ちなみに、呼び捨て文化も相当鬱陶しいです。
 周囲に体育会系人間が多く、彼らが時に後輩を呼び捨てにするのは「親愛の情」の表れなのかもしれませんが、これまた生理的に受け付けません。端から見ているだけで仕事する気がなくなります。
 時々センムが女を呼び捨てにしていることがあり、他人事なら張り倒してやろうかと思います。そのセンムも、わたしを呼び捨てにするほど人生投げてはいないのが、かろうじて助いですが・・・。

 と、書いたのですが、言いたいのは「お互い『さん』付けにしよう!」などというお説教では全然なく、デフォルト「さん」付けくせに、「くん」を付けたくなる、つい付けちゃう、そういう時のお話です。

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あなたの読解がわたしの真意、神のネタには全力マジレス

 muse-A-muse 2ndさん「善悪の彼岸 (飽き味?)」「人に感謝しない者は、神にも感謝しない」についてこう書いてくれています。

まず最初にishさんのエントリを誤解してるように受け取られてるんだろうなぁと思うのでちょっと補足。ishさんのこれまでの流れ(考え)をおってきた人なら分かると思うけど、ishさんのアレは「宗教に依存」って感じではなく「敢えて踏み込む」って感じでの宗教回帰(あるいは利用)って事なんだと思う。(・・・)なんつーか、「全力で釣られる」って感じなんだと思う。

 こんな風に理解して下さる方がいるというのは、有難いことです。感謝します(笑)。
 muse-A-museさんは「suVeneのあれ: 「釣り」について」も引き、以下のように続けます。

 ぼく流に解釈すれば、「釣りかどうかが重要なのではなく、その話題をきっかけとしていろいろ考えた時間が大切なんだ」、ってこと。(・・・)
 つまり、「結果よりも過程」ってことなんだろう。「神様を信じたからってなにかしてくれるの?」っていう人がいるけどこういう人は「結果(見返り)」を求めていることになるんだと思う。そうではなくて信じることで得られる心理的安定や、それを通じて得られるコミュニティとの繋がりが大切なのだ。そしてそういったことを通じて「善く生きていく」ということ。

 少なくとも前半については、概ねわたしの意図を代弁してくれています。そしてこういう「冷静な人」がいてくれるお陰で、わたしは好き勝手言えるわけです。美人って得で困っちゃう♪
 一つ付け加えれば、「誤解」が生じることはわたしも分かっており、かつそれで良いと考えています。

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性犯罪と9・11いたずら

 「兎美味し 蚊の山」さんを眺めていて、このバナーが目に止まりました。

性犯罪を「いたずら」と呼ぶのをやめよう

 タイトルそのままの主張です。
 この冗談のような言葉についてわたしが思うことは、usauraraさんのエントリに全部書いてあるので、繰り返しません。
 こんなことを取り上げると、市民派っぽくて気持ち悪いですし、ファシストとしての格が下がりそうでイヤなのですが、サバイバーの活動家の方とはほんのちょっとだけ接触を持ったことがあります。おそらく今のわたしを彼女は認めないでしょうし、かなりの確率でむしろ「敵」なのですが、「身体が受け入れられない」「愛する人との性行為を拒絶してしまう」どうしようもない等が、極私的に胸に刺さりました。

 と言いつつ、バナーは張りません。理由は、ただ単にデザインが好きになれないから1。「ガラじゃない」というのもありますけれど。
 わたしとしては、むしろ「9・11いたずら」「地下鉄サリンいたずら」という呼び名を広めたいです。大目に見てやりなさいよ、いたずらなんだから。

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  1. なぜ空色なのでしょうね。該当サイトをもっとよく見たら理由が書いてあるのかもしれませんが、実はそれほど深く見ていません。この主張プロパーには共感しますが、サイトや運営団体には興味ありません。むしろ嫌悪感を抱きます。
    さらに話がズレますが、わたしは青という色が昔から好きになれません。貧しい色だと思います。映像を扱っていたとき、青がイージーでイヤで、なんとかして青が入り込まないよう苦心していたくらいです。「はてな」も青じゃなければもうちょっと好きになれた気がします。 []

「脳は存在しない」くらい言ってみる

 「人に感謝しない者は、神にも感謝しない」に、次のようなコメントを頂戴しました。

「神」という概念の捉え方かもしれない。あなたが感謝し、祈る「神」は私にとっては脳が作り出したゴーストだ

 まず、お断りしておくこととして、この方個人への反論や批判を試みようという意図はなく、また「無神論」に対するヒステリックな反応をするつもりもありません1。こうした立場はよく理解できますし、わたしもベースになっている物事の捉え方は、むしろ「そちら側」のように思います。わたしは「狂信者」であって「信仰者」ではありませんから(笑)、奉仕活動をしたり手相を見たりするような「宗教の人」ではありません2
 また、イスラームに大変惹かれてはいますが、ムスリマではありませんし、十分に深い知識があるわけでもありません。諸般の事情から、入信しようとしても断られる恐れすらあります。万が一にも、このブログで書いている内容をムスリムの考えなどと勘違いしないで下さい。

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  1. 現代日本人(多分、現代だけではないですが)の多くが「神を特に信じていない」としても、これは西洋的な意味での「無神論」ではありません。そもそもセム的な信仰という枠組みを持っていないわけですから、こうした「信仰の無さ」を「無神論」と呼ぶのは適切ではないでしょう。 []
  2. 「わたしが原理主義者です」参照 []

小口容子『ワタシの王子』

 「常に自分が主役」で「必ず脱ぐ」孤高のマゾヒスト映像作家小口容子。その2005年作品『ワタシの王子』を拝見しました。

小口容子『ワタシの王子』

 「王子」とは「理想的サディスト」を指す彼女の用語。
 作品は、「王子」を求めSM伝言ダイヤルに電話する彼女の、無言のモノローグとして展開します。
 正確には、そこにあるのは「展開」の無さ自体です。自意識を消滅させてくれる「王子」は、決して現れません。それを予期しながら、小口は電話をかけ続け、男と会い続ける。現れる男は「王子」に程遠く、善良で害がなく、ただ照れ隠しのような世間話を話続ける。

若い男はどうでもいいことをしゃべり続ける
そんなことはいいから早く
自由がきかないようにして、そこの床の上に転がしてくれ

 それを聞く小口も、世間なみのそれなりに安全な女になってしまっていることに、多分気づいている。

私はあいづちを打ちながら
遠くにいる気がしている
ときどきふと気づく
やはり自意識を捨てることができない

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人に感謝しない者は、神にも感謝しない

 先日のNHKテレビ アラビア語会話の最終回(と言っても半年サイクルでリピートしている)で、講師のアルモーメン・アブドゥッラーさんが仰った言葉が素敵でした。

 من لا يشكر الناس لا يشكر الله
 マン・ラー・ヤシュクル・ッンナース・ラー・ヤシュクル・ッラーハ

 「人に感謝しない者は、神にも感謝しない」といった意味です。
 一般的には素直に「感謝は大事よ」くらいで受け止めておくのでしょうが、個人的には格別感慨深かったです。
 言い換えれば「神に感謝するには、人に感謝しなさい」「神がいないなら、人にも感謝なんかできるか」ということです。いや、モーメンさんも他のアラブ人もそんなひねくれた意味で使っているわけではないでしょうが、わたしにはその方がしっくり来ます。

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Akismetのスパムフィルターが強力すぎる件

 WordPressでスパム対策にAkismetというプラグインを利用しているのですが、このフィルターがかなり強力です。
 しばらく前から「3件のスパムからあなたのサイトを保護しました」という表示がダッシュボードに出ていたのですが、「そのうちまとめて消そう」と思って放置していました。
 今日、何気に見てみたら、うち2件は普通のトラックバックでした。
 何が言いたいかというと、トラックバックを放置しまくっていた言い訳です。すいません!

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NHKラジオ アラビア語講座

 ヨロヨロとアラビア語を学んでいます。
 昼休みと通勤時間くらいしか使えないため、遅々として進みませんが、レベルが低いだけにちょっとの進歩が嬉しいです。どこからどこまでが一文字なのかすら謎だったアラビア文字を判読できるようになっただけでも、格段の進歩に感じられます。小市民なので、敢えてハタから見ないで小さな幸せを噛み締めておきます。

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