ish☆数えます

手作りスキンケアから現代思想まで

 ゴマちゃんは、まだ魚だった頃は川に住むメダカで、滝を登ったり降りたりしていた。
 なぜかというと、登って登ってどんどん登ると、これ以上先がなくなるからで、だから登ったら降りて登ったら降りていたのだけれど、うっかり流されすぎて海に出て、それからイナダになった。
 なぜイナダなのかというと、サンマほど細くないし、イワシみたいに腹がザラザラじゃないからで、黒潮に乗って北の海で暮らしていたのだけれど、タツノオトシゴと決闘するために南に下っていった。
 まだその時は魚のようなアザラシのような微妙な感じだったのだけれど、タツノオトシゴと一しきり戦って友情が芽生えた頃には、結構アザラシっぽくなっていた。
 出世してブリじゃなくてアザラシになった。
 それから地上に上がるのだけれど、それもムツゴロウみたいなビチビチした感じじゃなくて、結構華麗に地上に登ってきた。シュッとしてヒュッみたいな感じだった。
 そんなわけで、ゴマちゃんは今うちの部屋で暮らすようになった、という話を、昨日教えて貰った。
 お前も色々あるんだね。あと出世したね。

 狭い部屋の床や天井を、まるで重力がないかのように、猫が飛びまわる。跳躍というより、ボールが当たって跳ね返るように、上も下もなく凄い速度で延々と猫が閉鎖空間を飛びまわる。これが変猫嫌悪だ。
 変猫嫌悪は「ヘンビョウケンオ」と読む。
 身体が女性化する、という恐怖が根底にある、という見解があるが、変猫嫌悪は男性に特有のものではない。女性でも変猫嫌悪は起こりうる。女性の変猫嫌悪は、身体が社会的な女性の記号を負うことに対する抵抗が背景となっており、男性における去勢不安のような変猫嫌悪とは性質が異なる、という見方もあるが、確かなことはわかっていない。ただし、女性の変猫嫌悪は男性に比べると数は少ない。およそ三対一の割合で男性が主体だ。
 変猫嫌悪には器質的な要因が指摘されており、一種の中毒症状だ、という説が有力だ。脳の特定箇所にある種の重金属が蓄積されたためで、中毒説派はその箇所を脳幹の嗅覚に相当する部分としている。ただし、嗅覚そのものは変猫嫌悪で冒されることはない。その代わりというわけではないが、「音が聞こえる」という変猫嫌悪がある。
 幻聴と考えるのが普通だろうが、そうとも言い切れない理由がある。というのも、変猫嫌悪に陥った人々のうち、「音」が聞こえるようになった者は、共通して同じ音を聞くからだ。彼らには「通信」が聞こえるという。「モールス信号のようだが、意味はわかる」というのが、よく使われる表現だ。
 この音は動物たちの間での通信らしい。少なくとも、彼らは決まってそう主張している。変猫嫌悪の人々を同じ動物の前に連れてくると、同じ音を聞いているような言動を取る。「音」についての描写も一致する。ただし、機器等によりこの「音」が計測されたことはない。
 一方で、彼らの聞く通信の内容というのは、非常にパターンが限られていて、ほとんど決まったことしか言わない。通信の内容が複雑なのであれば、そこに本当に通信があるのか確認することができるが、同じような内容だけ聞くのであれば、証言の一致をもって、何らかの客観的対象を共通して聞いている、とは断定しにくい。

 臭覚が冒されて音が聞こえる、というのは奇妙な話だが、とにかく彼らによれば、音が聞こえる。その通信の意味は、大雑把に言って「神の賛美」だ。
 「神の賛美」と言ってしまうと、神々しすぎるかもしれない。別段讃美歌のような荘厳さがあるわけではなく、高揚感も崇高さもなく、むしろ業務連絡のような単調さで、神が賛美されているらしい。
 変猫嫌悪の男性の一人が、面白い表現をしている。
「人工衛星とか惑星探査機とか、ああいったものは一定時間ごとに通信を送ってくるでしょう。ネットワーク機器なんかでも、生存確認のために一定時間ごとに信号を発するものがあります。ああいう感じです」。
 いわゆるハートビートのような調子で、神が讃えられている、ということだ。
 ただし、通信はハートビートのためだけではなく、確かに内容があり、そのほとんどは単純な賛美だが、稀に複雑な内容や動物同士の符丁のようなものも交わされているという。これらは群れの動きを制御したり、遠くにいる同族とやり取りするためのものだ、と主張する者もいるが、多くの場合、「複雑な通信」は意味がよくわからない、とされる。その部分は、人間の言語のように構造化されていて、慎重に聞き込まないと意味が取れないらしい。しかも、「複雑な通信」は単純な賛美に比べて圧倒的に数が少ないため、解析できた者も少数だし、それが本当に解析なのかどうかを検証することもできていない。

 まとめて言えば、変猫嫌悪は、
・猫が狭い部屋の中をボールのように飛びまわる
・女性身体と関係があるらしい
・臭覚相当の部位に関係がある
・動物同士の通信が聞こえるようになる(すべてのケースではない)
・通信の内容は主に神の賛美である
 ということだが、いずれも不分明な要素が大きい。

 そもそも、なぜこれが「変猫嫌悪」と言われているのか。
 猫が飛びまわるのだから「猫」の文字が入っているのは分かるが、「変猫」とは何だろうか。「変な猫」というなら、確かに変ではある。そうではなく「猫に変わる」ことだ、とも言われ、この場合の「猫」は女性身体を象徴しており、このことが身体女性化不安とつながっている、とも言われる。
 一方で「猫」は本当は「病」で、「変病嫌悪」のことなのだ、という見方もある。これらが重ねあわせられているのかもしれない。
 「ヘンビョーケンオ」という音も独特だ。変猫嫌悪の人々は、現象が始まると「ヘンビョーケンオ、ヘンビョーケンオ、ビョーケンビョーケンオケンオケンオ」といった決まった叫び声をあげることが多い。

 変猫嫌悪の人々の中で、とりわけ信用に足る証言をしている人物がいる。元医師のM氏だ。
 彼は元々変猫嫌悪の調査に携わっていたのだが、二年ほど前に自らが変猫嫌悪に陥った。
「変猫嫌悪の飛んでいる猫は、空間を埋めようとしているのです。上も下もなく飛ぶのは、部屋という空間を埋め尽くそうとしているのです。変猫嫌悪の根本にあるのは、『隙間』に対する抵抗です。『隙間』の不安を埋めるために、猫で空間を満たそうとしているのです」。
「ですから、この猫は実は動物の猫とは異なります。実際、飛んでいる猫からは通信が聞こえません。あの猫は、猫自体が通信の一種であり、言語なのです。猫は意味であり、言葉と言葉の隙間、意味の空隙を埋めるために、飛びまわるのです」。
「変猫嫌悪は人間だけの現象であり、動物ではありえないはずです。なぜなら、動物は通信により常に神と接続されているからです。言わば、変猫嫌悪は通信の代わりなのです。通信による神との接続が絶たれているために、変猫嫌悪のような方法で意味を埋める必要があるのです」。
「変猫嫌悪を取り除こうとするなら、正にこの変猫嫌悪で聞こえる通信をよく見極め、ここから動物の方法を学ぶ必要があります。動物にはネットワークがあります。このネットワークは、神への賛美により神と接続されるものですが、神と動物の通信というより、神への賛美を通し動物同士がリンクする役割が重要です。神からはほとんど通信がありません。ブロードキャストのような神からの通信が時折ネットワークを埋めつくすことがありますが、頻度は極めて低く、ほとんどは動物からの一方的な賛美です。この賛美は神だけでなく他の動物も聞くことができるのですが、これにより相互に位置を確認する働きが重要なのです。人間も同様のネットワークを築くことができれば、変猫嫌悪は克服できるはずです」。

 変猫嫌悪は狭い密室で発生するが、一度変猫嫌悪が発生すると、この空間は「汚染」される。「汚染」された部屋では、高い頻度で次の変猫嫌悪が起こる。つまり、一度変猫嫌悪が発生した部屋に別の人間が入ると、この人も変猫嫌悪に陥る可能性が高い、ということだ。
 変猫嫌悪は人から人に伝染するものではないが、それが発生した場所には何かがある。それも、一番最初に変猫嫌悪が発生した箇所、つまり誰かが変猫嫌悪を最初に体験した箇所、というのが汚染度が高い。一度変猫嫌悪を体験すると、他の場所でも何度も発作的に繰り返すものだが、二度目以降の発生箇所では、同じ場所に足を踏み入れても、「感染」が拡大するケースは少ない。
 この為、政府は変猫嫌悪発生箇所を管理し、立ち入りを制限しようとしているが、公共空間の一部である場合、完全に立ち入り禁止にするのは難しい。しかも、変猫嫌悪は、一度も発生履歴のない箇所でも始まる。これらをすべて立ち入り禁止にしていては、入ることのできない部屋が際限なく増えていくことになる。

 一方で、そもそも変猫嫌悪は「克服」すべきものなのか、という問いもある。
 興味深いことに、変猫嫌悪の人々、当事者の中に、この主張をする人々が多く見られる。彼らにとって変猫嫌悪は「困った症状」ではなく、ある種の福音なのだ。
 変猫嫌悪には苦痛が伴なう。猫が飛んでいる時、当事者は非常に強い不安、パニックに襲われており、猫が去ってからもしばらく身動きも取れないほどだ。にも関わらず、当事者には変猫嫌悪を肯定する人々が少なくない。
「これは当然の試練なのです。目を伏せていたものが、見えるようになっただけなのです」。
「わたしたちは、変猫嫌悪を越えて、前に進まなければならない」。
 一方で、当事者以外、特に行政関係、医療関係者は、依然変猫嫌悪を「管理すべき対象」「根絶すべき病」と認識しており、変猫嫌悪発生箇所の管理と、原因の調査を求めている。

 この変猫嫌悪に対する姿勢の相違は、実は既にシビアな水準に達している。
 変猫嫌悪当事者の一部が、変猫嫌悪を「治癒すべき対象」ではなく、むしろ福音として迎えるべく、活動を展開しているのだ。その中心となっているのが、前述のM氏である。
 M氏が取り組んでいるのは、動物ネットワークの通信の解析だ。M氏はこの通信を元に、人間としての通信を築き上げれば、変猫嫌悪と共存することができる、と主張しているのだ。
 といっても、動物の通信は、現在のところ機器等で感知できてはいない。客観的実在すら疑われている。
 そのため、当事者グループが人力で通信を聞き取り、これを記録しようとしている。記録というより、記憶である。
 通信は「モールス信号」のように聞こえるが、一定のパターンがあり、動物の種によって速度や変調が異なる。しかし中核となるメッセージは同一で、訓練することにより聞き取りさらに発声することが可能だと言う。
 通信内容の記憶もさることながら、通信の「再現」にあたっては、音声的な特徴が重要となるため、この発音法の会得も壁となる。しかし、M氏とその賛同者たちは、既にかなりのレベルまで通信の再現に成功していると言い、実際、人間の声とは思えないような不思議な発音の混ざった「通信」を披露している。これは通常の人間の声によって行われているので、変猫嫌悪の経験如何を問わず、聞くことができる。
 変猫嫌悪発生時に当事者が叫ぶ「ヘンビョーケンオ」という音は、実はこの通信を真似ようとしたものらしい。当事者が本能的に通信の重要性を察知し、咄嗟に発声している、というのがM氏の考えだ。
 M氏の主張では、通信の変調方式は種によって異なるため、単純に動物の通信を模倣するだけでは駄目で、人間に適合した方法で発声する必要がある。しかし、訓練すれば十分発声可能であり、通常の速度でおよそ十五分ほどの「賛美のフレーズ」を暗記すれば、ほぼ動物と同様のネットワークを構築できるという。
 「賛美のフレーズ」を繰り返すと、変猫嫌悪の発作を抑制することができる。現時点で、医学会は何ら有効な「治療」法を提供でいていないが、M氏の方法で、とりあえず発作を抑えることができるというのだ。

 さらに、賛同者の一部は変猫嫌悪の素晴らしさを積極的に唱導し、変猫嫌悪の発生箇所、つまり次なる変猫嫌悪を誘発する可能性の高い場所に、敢えて一般の人々を招き入れ、変猫嫌悪人口を増やそうと試みている。これが、政府や医学会との間で最大の問題になっている。
 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。
 仮にM氏の主張通り、通信パターンの習得により発作が抑制できるとしたら、確かに変猫嫌悪当事者にとっては有効だろうが、敢えて変猫嫌悪の人々をこれ以上増やす意味がどこにあるのか。わざわざ変猫嫌悪になって、その上で抑制する、というのでは、全くの無駄骨ではないか。
「そのご指摘はよく理解できます。しかし、変猫嫌悪というのは、潜在的だった不安が表面化しただけのものなのです。発作は確かに苦しいですが、これはそれ以前からあった問題がハッキリと形になったに過ぎません。顕在化させてくれただけ、むしろ変猫嫌悪は歓迎すべきものなのです。この契機により、わたしたちは動物ネットワークの通信を耳にし、学ぶことができたのですから」。
 しかし、変猫嫌悪当事者のすべてが「通信」を聞くわけではない。
「通信を聞くこと自体が目的ではありません。また、すべての人が直接通信を聞く必要もありません。重要なのは、この通信の重要性を認識し、人間生活の中に取り入れることです。ですから、本当は変猫嫌悪そのものはなくても構わないものです。この契機があれば、より一層通信の重要性が認識しやすくなる、というだけです。変猫嫌悪が一人もいなければ、通信の再生など誰も試みなかったでしょう」。
 それでも、変猫嫌悪の人々を更に増やそうというのは、当事者の驕りではないか。
「それは違います。まず第一に、変猫嫌悪の発生した場所に立ち入ったからといって、すべての人が変猫嫌悪を体験するわけではありません。全く同一の条件でも、体験する人としない人がいます。次に、わたしたちは、無理やり発生箇所に一般の方を連れ込んでいるわけではありません。少なくともわたしは、そうした方法には反対です。賛同者の方の中には、変猫嫌悪普及を急ぎ過ぎている方がいるようですが、わたしはこうした方法を強く諌めています。わたしたちの再現メッセージが十分な完成度に達すれば、人々は進んで変猫嫌悪を選ぶはずです。数は重要ではありません」。

 M氏が主張する変猫嫌悪の素晴らしさとは、要するに何なのだろうか。
「繰り返しますが、変猫嫌悪そのものが重要なのではありません。わたしたち自身も、発作を抑制しようとしているのですから。重要なのは、通信の回復です」。
「通信の意味について、体験していない方にお伝えするのは難しいのですが、簡単に言うなら、『空間を埋める』ということです。変猫嫌悪は猫が空間を埋めることですが、これが発生するのは、逆に言えばそれまで空間が空いていたからです。動物はこの隙間がない。通信が隙間を埋めているのです。それが神の賛美ということです」。
「なぜ人間だけが、通信を生得的に持っていないのか、その理由はハッキリ申し上げられません。実は通信の傍受から、ある程度の推測は成り立っているのですが、断定できる水準には至っていません。一つ確かなのは、わたしたちが通信を持っておらず、尚且つ自らの努力次第で会得が可能である、という、この『可能性』自体が重要だ、ということです。これはあくまで可能性ですから、会得する人もしない人もいる。興味を持たない人もいる。そうした可能性の開き自体が、既にメッセージの一部なのです」。
「一つヒントを申し上げれば、ネットワーク上の動物自身は、神を賛美しているにも関わらず、それが神の賛美だということを自覚していません。皮肉なことに、賛美がデフォルトで実装されていない人間だけが、これを賛美と認識しているのです。人間と賛美は合わせて一つなのです。それができて初めて、動物と同じ水準にわたしたちは達するのです」。

 M氏の主張そのものというより、その賛同者の一部が変猫嫌悪当事者を増やそうとしていることについて、当局は神経を尖らせている。また、一部の変猫嫌悪当事者が、「通信の解析」に没頭する余り、社会性を失っている問題も取り上げられている。
 M氏は語る。
「当事者に向けて強く申し上げたいのは、通信の解析と再現はわたしたちの重要な任務ではありますが、社会生活を犠牲にして良いものではない、ということです。変猫嫌悪は、発作さえ克服すれば、通常の社会生活に何ら支障をきたすものではありません。普通に暮らすことを大切にしてください。発作をなんとか抑制できる程度の発音を習得したら、後は定期的にこれを繰り返すだけでも十分です。社会性を失ってはいけません」。
「一般人を無理に変猫嫌悪へと連れ込むこともよくありません。しかし、わたしたちには、変猫嫌悪を通じて得られたメッセージを伝える義務があります。その最小限の義務を果たす限りにおいて、わたしたちは抵抗します。ただし、それ以外について、徒に争うことがあってはいけません」。

追記:
 上記記述より二年あまりが経過したが、変猫嫌悪は収束を見せている。
 ここ四ヶ月、新たな変猫嫌悪体験者は報告されておらず、変猫嫌悪を誘発するとされた場所に立ち入っても、変猫嫌悪に陥ることがないようだ。また、元々変猫嫌悪を持っていた人々についても、発作が起きなくなっているという。
 その中にはM氏の教えに従い、賛美の通信を習得し発作を抑制した者もいるが、まったく無関係に発作が収まった者もいる。
 一方で、M氏の賛同者は数を増している。多くは変猫嫌悪の体験者だが、変猫嫌悪を一度も体験していないにも関わらず、教えに共感を示し、通信の発声法を練習している人が増えている。絶対数としては依然少数だが、発声の独特の美しさに惹かれた、というものが多い。
 変猫嫌悪発生箇所に一般人を連れ込む行為は抑制され、M氏の注意が行き届いたためか、誘発箇所を特別視する風潮はなくなったようだ。
 新たな変猫嫌悪体験者が現れない場合、彼らの言う「通信」を傍受できる人間はこれ以上増えないことになるが、賛同者たちは特に気にかけている様子はない。
 通信の発声は一日に数回、十五分程度行われるだけで、それ以外は変わった点はなく、賛同者たちの多くは通常の社会生活を営んでいる。通信の内容は、動物と同様に単純な賛美を繰り返すだけで、その他の要素は何もないという。一般人が通信を習得しても変猫嫌悪のような体験をすることはないし、特に何か効能があるわけでもない。
 医学的な研究は続行されているが、その後目立った成果はあげられていない。

 探しものを手伝って欲しいというので、玲子に連れられて古い家にあがった。
 玲子の家なのかと思っていたら、家族は誰もいない。長い間人の住んでいた気配のない、古い造りの家だ。家の裏側がそのまま蔵に増築されていて、この地方の伝統的な建築に見える。
 一体誰の家なのか尋ねようと思ったけれど、玲子はあちこちの押し入れを開け中に潜り込み、探しものに夢中になっている。
 何を探すのかもよく分からないのだけれど、とにかく古い箱に入っているものらしいので、適当に棚を開けて覗き込んだ。
 あちこちからすきま風が吹き込んでくるし、何の暖房設備もないので、芯から冷え込んでくる。それでも勝手に帰ってしまうわけにもいかないので、順番に棚や押し入れを開けて中を探ってみた。
 ふと見ると、日焼けした畳の上にポツンと古い漆の箱が置いてある。その箱が探しものだったらしい。
 玲子の姿が見当たらないが、箱を開けてみると、中には水のようなものが入っていた。
 水のようだけれど、どことなく粘性があり、ちょっと揺らしたくらいではこぼれてくる様子がない。スローモーションのフィルムで見る水のようだ。
 どこかで見たような気がして、薄ら寒くなり、玲子を呼んだけれど返事がない。
 とにかく探しものは見つかったのだから、と、漆の箱を抱えて家を出た。
 いつの間にか雪が降り出していて、辺りは一面の銀世界になっていた。
 箱を抱えて車に向かった。走ろうにも、雪に足を取られて思うように進めない。
 車のドアを開けると、車の中まで雪でぎっしりと埋まっていた。雪を除けないと、ここから出ることもできない。
 しかし、雪を除けると、その下から死体が出てくる気がする。
 恐ろしかったが、このままでは車に入ることもできない。わたしはかじかむ手で必死で雪を除けた。
 玲子がいなくなって、箱が残っていたから、この水のようなものは玲子なのかもしれなかった。それは雪の下に埋まっている死体かもしれなかった。しかし、生きるためには、死体が埋まっているかもしれない雪をかき分けるしかなかった。

 タナッキーの部屋に行った。
 タナッキーは大学一年生の時に同じサークルだった男の子で、そのサークルは映画サークルだったのだけれど、わたしは二年生の時にそりが合わなくて辞めてしまったのだけれど、彼個人はイイヤツで、その後も時々集まりに誘われたりしていたのだった。
 タナッキーの部屋は銀閣寺の近くの、今出川の緩い登りをジワジワ東に登って交差点のちょっと手前辺り、天下一品銀閣寺店の少し東の北側にあった。この登りは、歩いているとあまり気にならない程度なのだけれど、自転車だと「あぁ、登っているな」という感触があり、京都も東の端まで来たのだな、と実感する。
 タナッキーの部屋は九龍城のような巨大で複雑な建物の中にあり、夜だったせいでこの建物が一体何階建てなのかわからなかった。てっぺんの辺りは闇に飲まれてしまって見当もつかなかった。
 内部にもいくつものエレベータがあり、廊下も妙なところで直角に折れていたりして、見通しの効かない奇妙な建物だった。一階から七階のエレベータ、三階と十七階専用のエレベータなどがあり、それぞれに縄張りがあるようだったが、事前にタナッキーに渡されていたメモにしたがって、入り口の一番近くにある古いエレベータでタナッキーの部屋の下の階まであがり、一階だけ階段を使った。彼の階にはエレベータが止まらないらしい。
 部屋をノックすると、いつものひょうきんなタナッキーの声が聞こえた。声に促されて中に入ると、部屋の中は真っ暗で、どこに何があるのかさっぱりわからなかった。目が慣れてくると、星空が見えるのがわかった。部屋全体がガラス張りで、しかも突起物のように建物から突き出していて、そのまま空が見えるようだった。
 部屋そのものは物凄く狭くて、車の中と同じ構造になっていた。ドアを開けて入ってすぐのところは、普通のワンルームマンションのようなのだけれど、左手にユニットバスのドアがあり、そこから先に進むと狭い個室で、一段高くなったところにちょっと大きめのセダンくらいの形そのままに、四つのシートが並んでいた。タナッキーは助手席のシートをリクライニングして、星空を眺めながら焼酎を飲んでいた。
 わたしはタナッキーの斜め後ろの、運転席の後ろの席に座った。車のドアがないのに、シートだけは車と同じなのが不思議だった。シュミレータかレーシングゲームのようだった。前がガラス張りなので、コックピットのようにも見える。
 高い座席に登ると、部屋は単に上半分がガラス張りなだけでなく、張り出した前方については、床部分も一部ガラス製であることがわかった。
 狭い部屋だけれど、窓からは広大な京都の海が一望できて、素晴らしい眺望だった。
 丸太町から南は、夜になるとほとんど全部海で、緩いカーブを描いた湾が、南側に開いている。白川の東になると山がせり出していて、その東側の山が三浦半島に連なっている。
 東の側はタナッキーの部屋からだとよく見えないけれど、右京の向こう側あたりから南向きに半島になっていて、伊豆半島には近すぎるから、これも三浦半島なのだろう、と思った。

 わたしの実家は、三浦半島を付け根から少し下がったあたりの東側、金沢八景の少し沖合の海底にある。タナッキーの部屋は南に面しているので、右手にある方の三浦半島を少し下った辺りにあるはずだった。
 楊家太極拳の創始者楊露禅にそっくりの太ったお父さんが、建売の水中ハウスに住む、と言い出して、家族の反対を押し切って引っ越したのだった。もちろん、完全気密で換気もしっかりしているし、騒音もないしバスも来るから大丈夫、ということだったけれど、お母さんは水の中に住むのが不安そうで、わたしも気が進まなかった。
 しかも、実際に住んでみると、会社の説明とは違って、時間帯により汚れた潮の流れが家のすぐそばまで来ることがあった。ゴミの混じった帯のような流れが、巨大な生き物のように家をかすめて揺れているのは不気味だった。お父さんはまず謝った方がいいのに、それより怒って会社に電話して、何度も抗議していた。

 お父さんの怒りを大きくしたのは、そもそもゴミを垂れ流しているのが建築会社の関連会社だった、ということだった。一度わたしは、お父さんに無理やり連れられて、会社の事務所に押しかけたことがある。お父さんは、抵抗する社員を太極拳で投げ飛ばしたりしながら、社長室まで押しかけた。辿り着き扉を蹴破ると、意外なことに社長だけは物わかりの良い人物だった。じっくり話すと事情を分かってくれ、一件落着かと言うところに、理事を名乗る男が現れた。
 彼の出現のお陰で、また一から事情を説明せざるを得なくなり、さらに急遽十数名による会議がその部屋で催されることになった。そのメンバーの中には、なぜか先輩の大岡さんが混じっていた。しかも、大岡さんはわたしたちが誰なのかに気づきもしないようで、状況の説明と称して自分の過去を延々と語り始めた。別の社員の注意にも耳を貸さず、自分の女遍歴や学生時代の思い出を話し続けた。その中には、小学生の時に覚えた柔道の技や、服を脱がずに水着を着る方法が含まれていた。
 大岡さんの話がいつまでも終わらないし、話の内容が気持ち悪いので、わたしは気づかれないようにこっそりと社長室を抜け出した。
 お父さんの暴力的な乱入にも関わらず、建設会社の社員達は普段と変わらずに業務をこなしていた。廊下を歩く内に、コピーの束を抱えた女子社員やせわしなく歩き回る背広姿の男達と何度もすれ違った。
 ビルは予想以上に巨大で、たちまちわたしは自分の所在を失ってしまった。迷路のような廊下を進む内に、次第に人気が少なくなってきた。同じ作りの扉が一定間隔で並んでいたが、その扉に記された部署名は知らない外国語で書かれていた。
 無数の階段を上り下りし、曲がりくねった廊下を歩いたが、一度も窓を見ることがなかった。気が付くと、嫌に天井の低い金属質の通路を歩いていた。まるでSF映画に出てくる宇宙船の通路のようだった。
 通りがかった部屋の入り口で、ピッチリとした銀色の服を着た二人の男が、入れ歯のパーツについて語り合っていた。その話を盗み聞きしたところでは、実はこの世界全体が巨大な入れ歯であるらしい。
 長い長いダクトのような通路の突き当たりの扉を開くと、遂に建物の外に出ることが出来た。あたりは薄闇で、夕暮れが迫っているようだ。空には真っ黒な重い雲がゆっくりと流れており、一方向に風が吹いていた。
 振り返ると、そこにはただ果てしない壁がそびえ立っているように見えるだけで、建物全体が入れ歯の形になっているのかどうか、見当をつけることもできない。建物は、町一つくらいの大きさの壮大な建築物らしかった。
 この建物の巨大さに比べて、外界はただただ草原の続く異様に空虚な空間が広がっていた。生命活動の総てが背後の巨大建造物の中に押し込められているようだ。入れ歯状の巨大建築は、超未来におけるド-ム都市のような役割を果たしているようだった。
 見渡す限り暗い草原が広がっているだけだったが、地平線にポツリと点のような家屋の陰が見えた。巨大建築からおそらくはその家屋に向けて、雑草に沈みかけた道路が通っていた。離合も困るような細い道路で、何十年も放置されたようにアスファルトがひび割れている。吸い込まれるように、その道路を歩き始めた。
 道には車も人影もなく、また交通標識や信号機もなかった。ガードレールもなく、ただ古い木製の電柱が一定間隔で続いている。歩き始めると、まるで生物のように電柱に付いた暗い蛍光灯が点灯し始めた。しかしその光は鈍く、時折瞬きながら空よりもなお低く青白い霊気を発していた。
 点のように見えた家屋は、近付くにつれいくつかの建造物の集まった集落らしいことがわかってきた。灰色の3,4階建てほどのビルディングがいくつがあり、建物の窓には明かりが見えた。
 暗闇に紛れて分かりにくいが、目をこらしてみると、草原には等間隔で巨大な高圧送電塔がそびえていていた。電線はどこまでも続き、地平線の彼方で闇に溶け込んでいる。
 一時間ほど歩いて、やっと集落に辿り着いた。そこは五本くらいの道が集まった交差点をなしていて、雑居ビルのような建物以外にもいくつかの商店や事務所めいた建物が集まっており、古びたラブホテルもあった。商店のシャッターは下り、もう何年も営業していないようだ。ビルの窓からは灯が漏れていたが、中にいるのはヒト以外の知的生命体か、機械生命のようなものらしかった。低いダクトの唸りと共に、正確に機を織るような機械音が響いてくる。
 ラブホテルの中には複数の生きて動くものの気配があり、それらが突然喧嘩でも始めたかのようで、嫌らしい高い叫びを発し、物が倒れる音がした。この世のものとは思えないような、ぞっとするキチガイじみた声だった。

 わたしは怖くなって、走って逃げ出した。その後のことはよく覚えていないけれど、必死で走ったので、京都大学に合格できた。実家が三浦半島を少し下がった東側だったから、あの建築会社の建物は、三浦半島の付け根より少し南あたりで、京都から見ると右京の下あたりだったのだと思う。そこから北東の方に走ってきて京都大学に入ったのだろう、と思うのだけれど、あんまり必死だったのでよくわからない。
 とにかく、わたしが大学に受かった時には既に家族とは離れ離れで、それから一度も家族とは会っていない。お父さんは無事に水中ハウスに帰れたのだろうか。お母さんは今もあの窮屈な家で暮らしているのだろうか。今では、もう水中ハウスのこともよく覚えていない。住み始めてすぐに大学に入ってしまったし、あの時とは身体の感覚もものの感じ方も随分変わった気がする。大学に入って生活が変わったからなのか、水中ハウスのそばを流れていたゴミの影響なのか、沢山走ったせいで身体が入れ替わったのか、よくわからない。
 ただ、年をおうごとに、水中ハウスのような部屋のことを考えることはなくなって、タナッキーの部屋に来たのも久しぶりだった。こういう複雑な建物に呼ばれたのは、前がいつだったのか思い出せないくらいだ。
 タナッキーの部屋に来たせいで、あのラブホテルみたいな建物にいた気持ち悪い生き物のことも思い出したけれど、そういうことも全然考えなくなった。この建物も大きくて複雑なので、似た生き物が住んでいる気がするけれど、あの街の建物に比べれば全然大したことがない。

 タナッキーの建物の中には、フォトスタジオがあって、そこでわたしは、花嫁さんと一緒に写真を撮った。二人花嫁がいるのではなく、わたしは花婿さんの役のようなのだけれど、花嫁さんと違ってわたしはなかなか可愛く写真に写れず、何度も撮り直した。花嫁さんのようになりたい、と思った。

 わたしと彼氏は同じアパートの別の部屋に住んでいて、わたしが一階で彼が三階だ。でも彼は三ヶ月間東アフリカの旅に出かけてしまい、彼の部屋はがらんどうのままだ。うまくすると、わたしの部屋から廊下に出ずにそのまま彼の部屋に行けるのだけれど、彼がいなくなってから天井が少し高くなり、廊下に置いてある本棚の本も増えている気がする。
 彼の部屋にはいつでも入れるわけではなく、タイミングがあって、うまく角度を調整してヌルンと身体を斜めにして入らなければならない。だから、毎日見ているわけではないのだけれど、それでも行く度に広く複雑度が増している。今では3LDKくらいになって、しかも広いダイニングというのはなくて、小さい部屋が細かく増えているようだ。
 でも、彼の部屋の複雑さは、不気味な感じがない。いつ行っても、昼下がりのような穏やかな光がレースのカーテン越しに入ってきていて、攻撃的なところがない。
 何となく、昔見た建築会社やラブホテルの複雑さと、タナッキーの建物の複雑さの関係に似ている。複雑になっても、切羽詰った感じがなく、穏やかで、攻撃性がないのだ。
 彼のいない部屋でも、この温かみの中でなら暮らせる、と思う。

 タナッキーの建物から出ると、そばのお弁当屋さんのテレビで、宇宙船の打ち上げのニュースをやっている。
 ふと振り向くと、今出川通りがお祭りのように可愛い装飾を施されている。真冬なのにお祭りの飾りがあるのは、宇宙船の発進を祝うためらしい。
 見上げると、タナッキーの建物の上の方から、自動車くらいの大きさの部分がゆっくりと空中に滑り出している。手漕ぎボートくらいのスピードなので、目を凝らさないと前に進んでいるのか単に浮かんでいるのかわからないくらいだ。
 あれはタナッキーの部屋ではないのか、タナッキーの部屋は実は本当に宇宙船のコックピットで、タナッキーがあのまま宇宙に発進したのではないか。そう思ってニュースの映像と空に浮かんだ小さな宇宙船らしきものを見比べたけれど、よく分からない。
 そばにいた京大生の男の子の会話を盗み聞きすると、宇宙船はゆっくり進んでいるように見えるけれど、それは光が歪んでいるせいで、相対性理論の影響らしい。本当はもの凄いスピードで進んでいるのに、銀閣寺にいるわたしたちの目には、亀のような遅さに見えてしまうようだ。

 子供の頃は、そういう宇宙船に乗ってみたい、と思ったことがあったけれど、今ではそんなこともすっかり忘れていた。あの不気味な街を抜けて走って逃げてから、色んなことが随分変わった。本当に、何もかもが良くなったと思う。
 以前は、ああいう悪いものをなくす為には、戦ったり焼き払ったりするしかないと思っていた。でもそれは間違いだ。焼き払っても焼き払っても、部屋はどんどん複雑で暗くなり、悪い蔦植物が増えるばかりだ。蔦植物は火のエネルギーを吸って、部屋や街を不気味で昆虫的なものに変えてしまうのだ。
 だから、ラブホテルのようなものをなくすには、戦ったり火を使ってはダメなのだ。もっと静かに、ただ黙って待って、何も考えなければ、多少部屋が複雑になっても、それは悪い複雑さではなく、昆虫的で歯止めの効かない攻撃性を発揮することもない。沢山眠って、忘れてしまえばいいのだ。

 もう宇宙なんか行きたくない、宇宙はタナッキーが行けばいい、工学部が行けばいい。
 わたしはアフリカで沢山だ。アフリカに行っている彼氏の部屋がスクスク育っているのを、陽だまりの中で待っているだけで、十分幸せだ。

 池田君の実家を訪ねることにした。
 池田君は以前バイト先が一緒だった友人で、そのバイト先が潰れた後、長い間職がなく、とうとう実家に引きこもってしまったのだ。
 以前抑鬱性神経症を患っていた彼は、現在でも覇気に乏しく、無口で大人しい。様々な技量と優しさを持ちながら、仕事を探しに出ることすらできなかったのも、この性格のせいだろう。
 長い無職生活の間、彼は自分の篭り癖をなんとかしようと、ただひたすらに散歩を続けたこともあるという。多くを語らないが、今でもカウンセリングを受けたりしているようだ。
 しかし決して人嫌いな訳でないことは、一緒に働いた時を持つ私には分かる。池田君は、恐ろしくシャイなだけで、心の底では人との接触を求めている。私にはそんな池田君が愛おしく思え、実家に帰ってしまった後でも、心配でならなかった。
 別の友人との間で、彼のことを「野生のタヌキ」と呼んでみた。野生のタヌキは、庭先に置かれたエサを拝借することはあっても、決して人の手から直接食べることなどない。それでも彼はきっと、エサを置いてくれる人間のことを悪くは思ってはいない筈なのだ。
 そんな彼の実家は、隣県の聞いたこともない小さな町にあった。乗り継いだ先の電車は、二両編成の単線列車だった。まるでバスのような小さな列車が、山間を抜けて、時折無人駅で静かに扉を開く。乗降する客はほとんどいない。駅を辿るにつれ、乗客の数も次第に減っていく。
 辿り着いたのは、小さな港町だった。メールで尋ねた住所を頼りに、彼の家を探す。労せずして、池田家は見つけることができた。駅から歩いて十分ほどにある、小さな古い木造二階建て住宅だった。
 玄関先に、池田君は姿を現した。いつものように、力ないが、確かな微笑みを浮かべて、私を招き入れてくれた。
 家は本当に小さく、まるでプレハブのオモチャのようだった。それも相当に古い作りで、台風でも直撃されたらひとたまりもないように見えた。壁の素材が、厚いダンボールのような不思議な素材で出来ているのが奇妙だった。
 池田君の部屋は二階にあった。というより、二階にはその部屋一つしかないのだ。しかも部屋の中には古い型式のマッキントッシュが一台あるだけで、何の飾り気もない。まるで池田君の心象風景を映し出すかのように、ガランとした部屋だった。
 両親は外出中のようで、私と池田君は二人きりになった。異様なまでの静けさだった。この家だけではなく、町全体が過疎化の為に活気を失っているようだった。そういえば、池田家に着くまでに、ほとんど人にすれ違うこともなかった。見かけるのは半ば幽霊のような老人の姿だけだった。
 池田君の無口も手伝って、部屋はますます寒さを増していた。私が土産の菓子を出すと、池田君は小さく「ありがとう」といって、梱包を解いた。私達は、何かの儀式のように、静かに菓子を食べた。
 私はなんとか池田君の心を開きたかったが、私自身、決してコミュニケーションの巧みな方ではない。彼程ではないにせよ、どちらかと言えば話すのが苦手な口なのだ。私と彼はほんの一メートルほどを隔てて対座していたが、その距離は無限に開いていくようだった。
 私はやや無理のある笑みを浮かべ、こう提案した。
「散歩にでも行こうか」
 池田君も気まずさを感じていたようで、また弱々しい微笑を浮かべて同意してくれた。
 外に出てみても、やはり人気はなかった。まだ秋口の筈が、冬のように寒々しかった。抜け殻のような空家ばかりが目立った。朽ちた木製の電信柱の上で、ハシボソガラスが細く声を上げた。
 しばらく歩くと、小さな港に出た。港といっても、腐りかけた漁船が数隻停泊しているだけの、オモチャのようなものだ。かつては活気ある漁村だったのかもしれないが、今では地図からも消え去ろうとしている、そんな港だった。
 池田君は、彼なりに気を使って、子供の頃に遊んだ場所などを案内してくれた。テトラポットの上に飛び乗る彼は、いつもよりは活気に満ちて見えた。私にはそんな些細なことが嬉しかった。私も一緒にテトラポットに乗り、すれ違うように手の甲を触れあわせたりした。
 彼は飛び石のようにポットを亘り、漁船の上に乗り込んだ。そこから振り返り、私に手招きした。私はおぼつかない足どりで彼の跡を辿った。
 漁船は、今はもう使われていないのか、ただ魚臭い匂いを漂わせるだけで、総ての備品が錆を浮かせていた。その船が、緩い波に揺られて、静かに上下していた。
 そういえば、彼の父は漁師なのだろうか。池田君は、とても漁師の息子には見えない。公務員だという話を聞いたような覚えがあるが、記憶が定かではない。それでも、少年時代の遊び場が港であったのは間違いないのだろう。彼は微力ながら目を輝かせて、漁船の内部へと私を誘った。部品の一つ一つに触れ、追憶を辿っているようだった。
 突然、船が大きく揺れた。私はバランスを崩し、倒れそうになった。それを池田君が支えてくれた。彼の手の温もりは、いつもの印象と違い、熱く私の背中に伝わった。
「大丈夫?」
「うん」
 船の搖れはおさまらなかった。突然に風が強くなったようだった。
「ちょっと見てくるね」
 池田君は私をおいて、船上に上がった。彼の背中がシルエットになって、低い空に映った。
 その姿が、佇立したまま動かなくなった。しばらく待ってみても、何一つ口にしない。私は心配になって、彼を追って甲板に上がった。
 驚いたことに、船は港を離れて、海上をを漂っていた。もやいが弛んでいたのだろうか。既に港は数百メートルは離れて、波の間に小さく揺れていた。
「池田君!」
 私は動揺して声をかけたが、彼は返事をしなかった。ただその目は、いつもとは異なり、力強く輝いていた。長い間、この時をまっていたかのような希望に満ちあふれていた。
 風が強くなっていた。灰色の空は、雨が近いことを予感させた。私は不安になり、彼の腕につかまって再度呼び掛けた。
「池田君」
 彼はやっと私を振り返った。逞しい男の顔つきだった。
「大丈夫」
「でも……」
 彼は本当に何も心配していないように、船首の方に向かった。そこで船頭のようにすっくと立ち、荒れ始めた海の彼方を見つめた。
 私は心配と混乱で、何をしたらよいのか見当もつかなかった。ただ池田君だけが頼りだった。しかし考えてみれば、彼に操船の技術があるとはとても考えられない。このまま手をこまねいていれば、ますます沖へと流されるばかりだ。
「池田君」
 私は必死で呼び掛けた。彼はゆっくりと振り返り、暖かい笑みを浮かべて言った。
「来る」
 何のことだか分からなかった。だが一瞬の後、突然の恐慌が古い船を襲った。
 何かが群れとなって、海面から飛び出し、船の上に飛び込んできたのだ。私は慌てて頭を覆い、うずくまった。とどまることなく、次から次へと細長いものが海からジャンプしてきた。
 よく見ると、マルアジのようで、イカも混ざっていた。どういう訳かわからないが、魚とイカの大軍が、飛び魚のように船に飛び乗ってきたのだ。甲板には累々とその魚体が積み重なっていく。成す術もなかった。
 そうこうする間に、魚の重みで船が傾き始めた。私は必死で船の一部に捕まり、なんとか振り落とされないように踏み止まった。池田君は相変わらず何の支えも要することなく、力強く船首に立っていた。
 船はますます傾き、魚の群れは止まる所を知らず、沈没は時間の問題だった。
「沈む、沈むよ!」
「大丈夫」
 池田君はポケットからライターを取り出し、船体に火を放った。湿ったはずのボロ船が、枯れ草のように爆発的に燃え上がった。
 すると甲板の魚たちはビチビチと飛び跳ねながら、火を避けるように船から滑り落ちていった。新たな飛翔も止んだ。
 しばらく経つと、火は自然に消火した。甲板上の構造物は総べて灰になり、ボディの部分だけがかろうじて残っていた。しかし、傾いた姿勢は相変わらずだった。これ以上傾斜を強くすることはないにしても、漂流の状況は何も解決されていなかった。
 それでも池田君は、何かに導かれているかのように、確信に満ちた目をしていた。傾いた甲板に座り、じっと海の向こうを見つめていた。
 既に日は落ちかけていた。このまま夜になってしまえば、事態はますます悪くなるに決まっている。しかしどうすることもできなかった。
 壊れかけたイカダのようになった船の上で、私と池田君は二人きりだった。
 天啓のように奇妙な考えが浮かんだ。ここで池田君とセックスすれば、救われるかもしれない、と。それは密かに私が望み続けていたことだった。しかし人一倍臆病な彼がアプローチしてくることなど考えられず、私からも何も言い出せないでいた。だが、今の彼なら、何かしてくれるかもしれない、そんな気がした。
 池田君が私を振り向いた。私の心臓が高鳴った。
「キューバだ」
 彼は宣言した。
「寒い海を通って、キューバに行くんだ」
 池田君は栄光に満ちていた。私は彼に総てを任せるしかない、と思った。何故か、既に妊娠しているような至福に包まれていた。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

 急に肌寒くなった空の低い日、私は両親と弟と共に鎌倉駅にある湖に出かけた。
 湖の回りは横須賀線の線路によって囲まれており、中に入るには駅舎を通らなければならない。
 駅舎には人陰がなく、コインロッカーの陰に黒い小熊が一匹いた。小熊は私達を見て怯えているようだったが、弟達は小熊に気付くこともなく、無人の改札を通って湖に降りていった。小熊は真っ黒な長い毛に全身を被われ、瞳も体毛に被われて定かには分からない。私は小熊の震える様子が気になり、しばらくじっと見つめていたが、父の声に促されて改札を抜けた。
 湖は深い霧に包まれ、まるで視界がきかなかった。駅前より更に数度気温が低いように感じた。父は湖の辺に二艘の手漕ぎボートを見つけ、私達を呼んだ。私はあまり気乗りがしなかったが、父に促されてボートに乗り込んだ。
 父の漕ぐボートは静かに水面に滑り出し、霧の中に飲み込まれていった。振り返ると、岸の輪郭が白い霧に溶けこもうとしていた。弟は母と一緒のボートに乗っているようだった。
 私の父は楊家大極拳の創始者楊露禅そっくりの恰幅の良い大男である。閉ざれれた視界は私を不安にさせたが、父はまるで気にしていないようだった。
 水は不気味な程透き通っていたが、魚の姿はなかった。静かな湖面に、オールのたてる小さな水音と父の鼻歌だけが響いていた。
 十分程進むと、突然亡霊のような巨大な岩が霧の中に現れた。湖に浮かぶ小さな小島のようだった。ボートはゆっくりと島に近付き、舟の側面から静かに接岸した。父は当たり前のように岸にあがって歩き出す。私も慌ててボートを後にした。
 島は湖面に突き出た小さな山のようで、ごつごつした岩で被われている。水面に接する周囲は岩が砕かれて平面になっているが、その幅は五メートルもない。切り立った断崖のような岩が唐突に湖から突き出している格好だ。足下で砂利を踏み締める音がする。島の周囲を巡るうちに、岩の腹に洞穴を見つけた父は、まるで歩度を緩めることなく中に入っていった。
 洞穴の中はすぐに地下に向かう階段になっている。奥からは灯がもれていて、人の気配がする。階段を降りるにつれ、洞窟の奥から大勢の人間の嬌声が響いてくる。突然洞窟は大きな空洞に抜け、そこでは大勢の労働者風の男達が騒いでいた。まるで週末のビアホールか何かのようだ。見ると、空洞の中央がリングになっていて、そこで二人の半裸の男が組み合っている。どうやら男達は賭けプロレスに興じているようだった。
 父は喜んで近くのテーブルから唐揚げと焼酎を取り、男達と一緒になってプロレスに見入っている。私は男達に見つからないか気が気でなく、空洞の入り口の陰からこっそりと中を伺っていた。男達は口々に汚い野次を飛ばし、プロレスに夢中になっている。どの男も灰色の薄汚れた恰好をして、真っ黒な疲れた手をしている。リングの上の男の一方は、額から血を流しながら攻撃に耐えている
 ふと、男達の一人が私達を見つけると、一際高い叫びをあげ、罵り初めた。それに気付いた男達が次々に振り返り、プロレスに向ける以上の熱気で、言葉も聞き取れないような怒りの声を浴びせかけた。男達は叫びながら私と父を目掛けて獣のように飛びかかってきた。父は片手に唐揚げを持ったまま数人をいなすと、巨体に見合わぬ俊足で階段を駆け登って逃げた。私も二三人を蹴り倒し、父の後を追った。
 湖岸に出ると、父は私のことを放ってボートを漕ぎ出そうとしていた。間一髪でボートに飛び乗ると、タイミングを外した男が数人、湖に転がり落ちた。ボートは瞬く間に島を離れ、湖岸で叫ぶ男達も霧の中に沈んでいった。
 岸に着いた私達は、母らと共に駅舎に戻った。父は賭けプロレスの男達のことなどまるで気にしていないように、上機嫌だった。
 駅舎のコインロッカーの陰では、来た時と同じように小熊が震えていた。私は熊を連れていこうか迷ったが、大きくなった時の苦労を考えて諦めた。私達は車に乗って駅を後にした。
 しばらく行くと、いやにパトカーが多いのに気付く。湖程ではないが、駅の外も濃い霧が立ちこめている。白い視界の中に、突然パトランプの光が現れては消えていく。霧のせいか、ほとんど他の車や人陰もないのに、パトカーだけがあらゆる交差点で張り込んでいるようだ。
 突然、霧の中に警官が現れ、車が止められる。四人の警官が青い交通整理用のベストを着て検問に立っている。警官の一人が運転席の窓から父に何か尋ねている。
 私はふと、洞窟の中の男の一人が「鎌倉の警察は……」と言いかけていたの思い出した。そして警察が賭けプロレスの男達とグルなのを直観した。こんなことなら熊を人質に連れてくるべきだった、と後悔した。鎌倉や逗子の警察は京都の警察より質が悪いのだ。
 警官は中々質問を止めず、父は苛立って語気を荒げていた。それに気付いた仲間の警官が、私達の車に集まってくる。私は運転席後部の座席で、無言のまま、この状況を打破する方法を必死で考えていた。
 ふと、上空からヘリコプターの音が聞こえ、幾人かの警官達が何気なく空を見上げた。霧を裂くような爆音は次第に大きくなり、父を問いつめていた警官も視線を上にやった。父もつられて窓の外を見上げる。爆音は急速に大きくなり、地面に吹き付ける風を感じた。風はすぐさま突風になり、霧が渦をまいて流れていく。
 霧の中からするすると縄梯子が現れ、更にその梯子にぶら下がっている白装束の老人が目に入った。病院から逃げ出してきたような、骨と皮だけの痩せ細った老人だ。その老人が、ヨレヨレの襦袢のような抜の布を風にはためかせながら、片手片足で縄梯子につかまっているのだ。老人は空いた手を私達の方に差し出し、何かを大声で叫んでいる。爆音に邪魔されて良く聞き取れないが、歌を歌っているようだ。命を削るような、絶叫のような歌だ。
 警官達は帽子を飛ばされないように押さえながら、号令のようなものを掛け合い、銃を抜いて空に向けた。父は黙って老人を見つめている。紙切れやクズが風に舞い上がって、霧の中に真空のように開けた空間を舞っていく。私はふと、老人の歌っているのが、私の小学校の校歌だということに気付いた。
 
 
初出:「文藝」2000年春号(河出書房新社)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

hatena bookmark

 家に帰ると、妻が知らない男と寝ていた。
 二人はすぐに私に気付いたが、とっさに交合を解けないようで、私も妻も男も、数秒の間惚けたように固まっていた。それから私はゆっくりと戸を閉じ、部屋を出た。私は一言も言葉を発することなく、表情も変えないで家を出ると、もと来た夜道をゆるゆると歩き始めた。
 背後で妻の声がしたような気がしたが、よく聞き取れなかった。私はただ夜の住宅街を、機械仕掛けのように歩いていた。
 私達の住む町は、正確に四角に区切られたブロックが延々と続く、新興住宅街だ。国道まで出ないとコンビニすらないような、ベッドタウンである。
 どのくらい歩いたのか、私は公園にいた。ベンチに腰掛けてひと息付いた。ブランコとシーソー、小さな鉄棒と砂場があるだけの小さな公園だ。周囲は、寝静まり、物音一つしない。吐く息が白く、ただブランコの鎖が冷たく光っている。
 ふと見ると、私の正面に十代半ばくらいの少女がしゃがんでいるのに気付いた。一瞬前まで気配すらなかったのに、少女はずっとそこに生えていたかのように私を見つめていた。話し掛けくるわけではなく、膝を抱えてただ私をじっと見ている。
 少女は季節に合わない薄手のワンピースを着ていた。光の加減で深緑にも見える長い髪がまっすぐに伸びている。私は少女の服の胸元が弛んで、覗けそうになっているのに目が離せなくなった。少女の胸の膨らみが見えそうで見えないでいるのが気になって、無遠慮にじっと見つめかえしてしまった。
 突然少女が立ち上がり、公園の隅の方に向かって走り出した。ミニ丈のワンピースから覗ける白い足が月明かりに光っている。少女の行く方を目で追うと、公園の一画が異様な蔦の群生で被われていて、そこだけが違う惑星の原生林のように見える。少女はその蔦の中に入ると、ふっとかき消すように消えてしまった。
 私は立ち上がって、ゆっくりと蔦のある方へ歩いて行った。見ると、蔦の中に草でできたトンネルがあって、それが斜下の方に向かってずっと伸びている。丁度すべり台状の非常用脱出チューブのようで、どこまで続いているものか見当も付かない。しかもトンネルを構成する蔦は、まるで触手ようにゆっくりと動き続けている。私は逃げ出そうとも思ったが、不思議と足が動かず、誘われるようにトンネルの中に身を投じてしまった。
 一旦入ると、トンネルの内側はつるつる滑って、とてもゆっくり伝って降りられるようなものではない。私は諦めて、思いきってウォータースライダーのようにチューブの中を滑っていった。
 トンネルは時折緩やかに曲がりながら、どこまでも続いていた。耐えきれない程加速したところで程よくカーブがかかるので、ほぼ一定の速度で滑り続ける。そうしてしばらく下ったところで、はっとチューブの先が開けた。
 そこには先ほどの少女が横たわっていた。私は咄嗟に避けることが出来ず、まともに少女の上に飛び下りてしまった。そのまま二転三転し、私の身体はようやく転がるのを止めた。
 そこは相変わらず夜の住宅街にある公園だった。同じように周囲は静まり返り、ブランコの鎖だけが外灯に光っている。それでも、何かが少しずつ違っている。遊具の配置が異なるし、隣に建っている家も別の家だ。微妙に異なる新興住宅街が上下二層に重なって造られているようだった。
 少女は倒れたまま動かない。そっと歩み寄ると、唇の端から血を流して死んでいた。
 取りかえしのつかないことをしてしまった、と思い、血の気が引いて行くのがわかった。が、周囲に人陰はない。このまま逃げ去れば、誰も目撃者はいない。私が殺したとは誰にも分からないだろう。早く逃げなければ、と思った。しかしそう思うと、急に捲れ上がったワンピースから見える少女の身体が気になり出した。
 私はじっと少女の太股を見つめていたが、思いきってそっと手を触れてみた。まだ暖かい。しかし何の反応もない。ゆっくりと少女の服をまくってみた。少女は布切れのようなワンピースの下には何も身に付けていなかった。私は少女の乾いた陰部に手を伸ばした。そうしてさらさらとした陰毛を指に巻き付けると、思いきって引っ張ってみた。陰毛が何本か抜けて、手の中に残った。私はそれをポケットにしまい、捲れ上がった服をそのままにして、公園を後にした。
 しかし一体ここがどこなのか見当も付かない。何の特徴もない住宅街の一画のようだが、いくら歩いても宅地から抜けだせない。綺麗に整備された宅地は縦横の道路に区切られていて、その無機質な区画がどこまでも続いている。
 ほとんどの家が変哲のない二階建て住宅で、大抵の家には灯がともっている。しかし物音は全くしない。まるで人の気配がない。車の音もしなければ、虫の声すらしない。どこかの家で道を訪ねようかとも思ったが、何かとんでもない事になるような気がして出来なかった。私は気味が悪くなって、とにかくこの町を早く抜け出そうと、ひたすらまっすぐに歩き続けた。
 いつまで経っても住宅街は終わらなかったが、公衆便所を一軒見つけた。まるで人の住む建物のような立派な造りで、築後間もないように見えた。デパートのトイレのように清潔な便所だった。私はとりたてて尿意があった訳でもなかったが、歩き疲れていたので、その便所に足を踏み入れた。
 中に入ってみると、そこには小便器がなく、大便器だけがいくつも剥き出しで並んでいた。便器の間はユニットバスにあるような半透明のシャワーカーテンで仕切られているが、丸見えも同然である。私は女子便所に入ってしまったのかと思って確かめたが、入り口は一つしかなく、男子とも女子とも表示がなかった。
 もう一度中を覗くと、やはり大便器だけが並んでいる。それも三十はくだらないだろうという数が、二列になって続いている。便器には蓋がなく、便座だけがあり、傍らにレバーがある。どの便器も滅菌処理を施されたかのように清潔だ。私は手近な便器にそのまま腰掛けた。
 ふと、便所の奥の方で人の気配がした。よく見てみると、薄暗い便所の一番奥に、人がいるようだ。気付かれないように近付くと、シャワーカーテンの向こうに、壁に寄り掛かって立つ人陰がある。影は女のようで、立ったまま時折身体をくねられせている。私は女が自慰に耽っているのだと悟った。
 私は息を飲んで、そのまま女の自慰の様子を眺めていた。カーテン越しには女の容姿も恰好もはっきりとは分からないが、無人の便所の中に女の吐息が響いてくる。私は便座の傍らに身をかがめて、凍り付いたようにその様子を眺めていた。
 次第に足が痺れ、バランスを崩した拍子に、レバーに肘がかかってしまった。音を立てて水が流れる。女はやっと私に気付いたようで、カーテンの向こうで固まっている。私はとにかく便所を出ようと思ったが、凄まじい勢いで水が流れて来て、それが一向に止まらない。見る見る間に水が便座を溢れ、床に流れていった。
 私は何とか水を止めようとしたが、便器の水は変わらず滝のように溢れてくる。女はカーテンの向こうで息を潜めたままだ。水は便所の床を覆いつくし、靴を濡らしてきた。私はもう何もかも捨てて逃げ出そうと思い、水の上を走って便所から飛び出した。
 便所から出ると、遠くでサイレンの音がした。先ほどまで全く生気がなかった住宅街が、にわかに活気づいているようだった。しかしそれは人間の気配というより、何か見知らぬ生物達が蠢いているような様子だった。どの家からも何か物音が聞こえ、それがただ普通に暮らしていて出るような音には聞こえなかった。総ての家で一斉に夫婦喧嘩が始まったような陰惨な物音だった。いくつかの家では動物のような叫び声が上がっていた。それでも、道路には依然として人陰がなかった。
 私は急激にせき立てられるような不安に包まれ、全力で道路を走り出した。サイレンの音がますます大きくなり、包囲するように四方から響いてくる。しばらく走ると、住宅街のまん中を一文字に線路が貫いていた。踏み切りも何もなく、唐突に線路だけがあった。見ると、線路の上を貨物列車が走ってくる。貨物列車は私の前まで来ると減速して、コンテナの一つで扉が開いた。
 中には見覚えのあるベレー帽の初老の男がいて、早く早くと手招きしていた。私は何も考えずにコンテナに飛び乗った。男が扉を閉めると、途端に電車は加速して、一直線の線路を進み始めた。
 ベレー帽の男は知人のように見えたが、誰だか思い出せない。探偵のような恰好をして、眼光が鋭い。沢山の人間を見続けてきた男だ、と直観した。
 男は内ポケットから何枚か写真を出すと、それを私に見せ、私の妻でないか確認してきた。それは先程の少女の遺体の写真だった。少女は写真の中で、陰部を曝したままの格好で無惨に横たわっていた。しかしよく見てみると、それは間違いなく私の妻の姿だった。
 私はもうお終いだ、と思い、正直にそれが妻であることを認めた。すると男は何も言わずにコンテナの隅の麻袋の上に腰を下ろした。男はポケットから煙草を取り出して火を付けると、言った。
「大丈夫、一命は取り留めたよ」
 私はほっとすると同時に、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。何もかも正直に話そう、と思った。家に帰ったら妻にも謝らなければならない。あの家にいた男とも、よく話せば友達になれるのではないか、と思った。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

CK

hatena bookmark

 その男達に最初に気付いたのは、弟の七回忌の日だった。
 七回忌と言っても、両親と私で墓参し、簡単に食事をするだけだ。ただ、私は正月にも里に帰らないような男なので、弟の命日は両親と顔を合わせる数少ないイベントでもあった。礼服を着る必要もないのだが、友人のいない私は慶事に用いる機会もないので、一応黒いネクタイを締めてみたりした。しかしその日は、春先にも関わらず七月上旬なみの異常な暑さで、私は少し後悔していた。
 一年ぶりに両親と会っても、別段話すこともない。我々は黙って弟の墓石を流した。それだけでも額に汗が吹き出してくる。枯れた花を片付けながら、順に墓前にしゃがんで、祈るような恰好をしてみせる。その間も、私はただ予期しない暑さを呪っていた。
 母が目前で何か念じている時、私はふと背後に視線を感じた。振り帰ると、二十メートルほど向こうで、男が墓石の陰に隠れた。Tシャツ姿の長身の若者だ。じっと見ていると、男はとってつけたように墓の周りを掃き始めた。一見ただの墓参りの男のようだが、私は直観的に何か不穏なものを感じた。それでもその時は、思い過ごしだろうと自分に言い聞かせ、両親と共に霊園を後にした。私には時々、何かを根拠なく思い込んでしまうという習癖があるのだ。

 翌日、私は海へ散歩に出た。私の実家は、海から歩いて三十分ほどの所にある。子供時分を思い出すように、海岸線に沿ってあてどもなくぶらぶらと散策した。海は有名な海水浴場で、夏には芋を洗うような人なのだが、さすがに数人のサーファーが浮かんでいるだけだ。本当なら、季節がら海風が辛い道なのだが、昨日に続いて初夏のような気温で、散歩にはちょうど良かった。サーファーにとっては尚更のようだ。
 散歩中、私はほとんど風景を見ないで空想に耽っている。そのせいで、飛び出してきた自転車などにぶつかりかけることがしばしばある。実際、子供の頃には歩いていて溝にはまったり電柱に突っ込んでしまったことが何度もある。歩行のリズムによる振動は、脳を適度に刺激するというが、私の場合は度が過ぎる。
 その時、突然奇妙な感覚が私を襲った。体液が沸き立つような不吉な感覚だ。昨日墓地で感じた予感めいたものと同じだった。
 立ち止まって周囲を見回すと、道路を隔てて反対側を一人の男が歩いていた。小さなバッグを片手に持ち、Tシャツにチノパンという出で立ちの若者だ。もちろん、昨日の男ではない。こちらに気付いている様子もない。しかし何故か、それが気付いていないフリをしているだけであり、彼が昨日の男と何か関係あるということが、はっきりと感じ取れた。
 私はさりげなく靴の紐を結び直し、男に気付いていることを悟られないようにした。男はそのまま私と同じ方向に歩き続けた。私はそろそろと立ち上がり、道路を隔てて男の斜後ろに位置するように歩き出した。先程までの空想的気分は吹き飛び、私の集中は極度に高まっていた。
 散歩を装いながら、常に視界の隅で男を捉えていた。男は変わらない調子で歩き続ける。
 男はしばらく歩いた後、道路脇の駐車場に入った。私は立ち止まるわけにいかない。視界の切れる寸前に、車のそばで立っている女に、男が何か告げているのが見えた。十メートルほど歩いたところで、駐車場から出た白いカローラが私を追い抜いていった。
 カローラが見えなくなって、やっと私は散歩の演技を止めた。防波堤に寄り掛かり深く呼吸すると、全身から嫌な汗が吹き出してくるのを感じた。私は記憶の糸を手繰りながら、尾行される理由を考えた。何も思い当たらない。私は平凡な語学講師であり、重要な役職に付いている訳でもなく、人から恨みを買う憶えもない。はっきりしているのは、彼等が私を見張っているという事実だけだ。

 次の日、私は新幹線で故郷を離れた。一晩眠ると、不思議と昨日の不安は消えていた。この不安は夢の中の恐怖に似ている。追いつめられ死に瀕し、絶望の淵で感じる恐怖なのだが、目覚めて五分もすると輪郭も定まらなくなる。私は思い込みの激しい性分なのだ。鞄から読みかけの小説を取り出して開いた。車内はエアコンの風が心地よく、私は読書に引き込まれていった。
 発車から三十分ほど経った時だ。駅と駅の中間で、人の乗降もないのに、一人の男が後ろの車両からやってきた。男は私の隣に空いている座席を見つけ、腰をおろした。瞬間、私の体に例の感覚が走った。
 三十過ぎくらいの眼鏡をかけた地味な男だ。Tシャツにジーンズという格好で、会社員には見えない。だからといって、見るからに怪しいという訳でもない。男は私のことなどまるで気にしていないように、マンガ雑誌を開いている。しかし彼が私を目標にしていることは明らかだった。
 私は読んでもいないページをゆっくりとめくった。自然な読書を装い、視線を落とす。一体この男達は何者なのだ。実家の周囲だけならともかく、新幹線の中にまで付いてくる。フランクな格好だけに、余計に不気味だ。とにかくこの場を去らなければならない。しかし走行中の電車から降りる訳にもいかないし、いま立ち上がったら余りにも不自然だ。私はなるべく平静を装い、一定時間ごとに機械的にページをめくり、ひたすら時を待った。
 駅が近付くと、私は努めてゆっくりと立ち上がり、網棚から荷物を降ろした。その時初めて男は私の方を向き、荷物を取りやすいように膝を反対側に寄せた。私は降ろした荷物を抱きかかえ、じっと電車が減速するのを待った。アナウンスが流れると、私は再び立ち上がり、男の前を抜けて通路に出た。去り際に見ると、男はマンガ雑誌に夢中の様子だった。私は早足を抑えきれずにデッキに出て、停車と同時にホームへと逃げ去った。車内とは対照的な、粘るような熱気が私の体を包んだ。
 電車の扉が開いている間、私は男が追ってこないことをひたすら祈っていた。一分にも満たない時間だったが、私は総てのドアに神経を配らせ、乗降客の一人一人を確認した。発車のベルが鳴る。ベルは異常に長い時間ホームに響いていた。
 ドアが閉じると新幹線はゆっくりと加速し、男と共に消えていった。私は途中下車したホームに取り残されていた。
 斜前に立っているくたびれた中年男が、スポーツ新聞を広げた。バッと開く新聞紙の風圧を感じた。新聞を開く音が奇妙に大きく聞こえた。「鳩山兄弟云々」という見出しが目に止まった。その時初めて、私は男達の目的が弟に関係していることを悟った。
 考えてみれば当然の話だ。彼等が付きまとうようになったのは、弟の七回忌からなのだ。彼等は弟を追って、私に行き着いたのだ。こんな当然のことに今まで気付かなかった自分に、少し驚いた。ある考えに集中している時、些細な明白事に盲目になるのはしばしばあることだ。それにしても私は間が抜けている。
 それよりも問題は、彼等が弟の何に興味を持っているのか、ということだ。とにかく、それは私にも関係している何かなのだ。私は心を緊張から解き放ち、見落としのないよう総ての事に考えが及ぶように努めた。

 職場に戻ってからも、男達の監視は続いていた。郷里と私の現在の住まいは、新幹線で二時間以上の距離だ。これだけの広範囲にわたって私の追跡を続けるということは、余程重大な目的があるのだろう。
 加えて、目にする男は毎回違う人間が現れる。決まって二十代から三十代前半の若い男ではあったが、容姿は様々で、普通に見ていれば何の共通項もない男達だ。一人の人間の尾行に多人数を配置できるということは、相当に巨大な組織が背後にあることを示している。
 弟は生前、宇宙の始まりについて研究していた。ビッグバンとか虚数時間とか、そういった話だ。私は物理学の詳しいことは分からない。文学部卒業の語学講師に、量子力学が理解できるわけもない。ただブルーバックス的な、噛み砕いた「理系の話」にはことのほか興味があり、元々SFファンでもあった私は、弟の研究に興味を持っていた。
 正直に言えば、そんな研究の出来る弟を少なからず羨ましく思っていた。私は自分の才覚から結局哲学や文学の研究に向かったが、自然科学への関心を失った訳ではなかった。弟と会う度に、私は研究について尋ねた。弟は文系人間向けに散文化して、研究内容を知らせてくれた。その多くは私の理解の範疇を越えるものではあったが、決して退屈するものではなかった。総合的学力ではそれほど優れていなかった弟が、いつの間にか高度な量子論を語るのに驚いた。知らない間に、私は弟に大きく水をあけられてしまったようだった。
 弟は志半ばで逝った。男達は弟の研究を狙っているのだ。しかし弟が関わっていたのは、数学的な、いわば虚学に属する分野の学問だ。直接実用に供し、利害を生む類いのものではない。それが何故組織の関心を呼ぶのか。依然として謎は残っていた。

 異常な暑さは止まることを知らなかった。七回忌から既に一か月以上が経っていたが、猛暑は衰えることなく春を通り越してそのまま夏に突入してしまった感さえある。テレビでは季節外れの蝉のニュースが流れている。各地で植物や昆虫の異常な行動が報告されている。地球温暖化の影響を懸念する声もあったが、識者は一時的な異常気象だとしてその憶測を退けていた。しかし、これ程持続するものが本当に異常と言えるのか。それは異常を過ぎて一つの恒常となっているのではないか。世界は変わりつつあるのではないか。
 暑さと共に、男達の監視も厳しさを増していった。初めの頃は二三日に一度目にする程度であったのが、次第に毎日、更に一日に数度見かけるようになった。それが私の注意力の向上によるものなのか、実際に監視が増しているのかは、容易には断じれない。しかし、いかに私の神経が研ぎすまされていっているとはいえ、この数の増加は、やはり実質的なものと思わざるを得ない。とにかく、その度に私は監視に気付いていない演技をしなければならなかった。尾行に気付いたら、まず気付いていることに気付かれないようにしなければならないのだ。
 男達は次第に、私の職場や私生活の中にも浸入してくるようになった。ある時は私の学生に混じって男の姿があった。さらに私の学生や同僚が、いつの間にか男達の一味になっていたりした。通勤途中でも多くの男達が私を見張っていたし、アパートの住人の何人かは、組織に取り込まれていた。
 弟の死因は交通事故だ。しかし今となっては、それが本当に事故だったのかどうか疑わなければならない。弟は殺されたのだ。おそらくは組織によって。しかし何の為に。量子論的な宇宙の始まりが、それ程壮絶な抗争を生み出すものなのか。私は宇宙の始まりについていくらか調べたが、私に可能な範囲では何も分かる筈もなかった。かといって、人に助けを求める訳にもいかない。どこに男達が潜んでいるか知る術もないし、周囲の人間を巻き込んでしまうわけにはいかない。このことは両親にも誰にも知られる訳にはいかないのだ。

 監視する男達を逆に観察することで、私は彼等の特徴をいくつか掴みつつあった。一つは年齢的な問題で、以前から察していた通り、極端に若い者や高齢者がいない。
 それから、彼等の服装だ。スーツ姿の会社員風の場合がない。特別奇抜な恰好をしているわけではないが、カジュアルな雰囲気の場合が多い。目立たない服装であることは尾行の上で当然だが、同じ平凡な恰好でも、学生風の変装をしている場合がほとんどだ。
 そしてある時気付いたことは、彼等のシャツに、決まって同じロゴが刻まれていることだ。それは「CK」というアルファベットだった。私は仮に彼等を「CK団」と呼んでみた。それは「死刑」あるいは「私刑」という言葉を連想させた。彼等は私を殺めるつもりなのだろうか。いや、もしそうだとしたらとっくにやっている筈だ。そのチャンスはいくらでもあった。そうでないとすると、「死刑」は弟の虐殺を意味しているのだろうか。いや、そうではない。そうだ。「CK」は弟のイニシャルではないか。彼等は私の弟のイニシャルを胸に刻んで私を狙っているのだ。
 このことに気付いてから、私は男達に対する見方を変えなければならなくなってきた。男達が弟の研究を狙って私を追い回しているのだとばかり考えていたが、もし彼等が弟を奉じるものだとしたらどうなのか。弟は彼等に殺されたのではないことになる。すると弟は誰に殺されたのか。弟を首領とする組織が狙うのが私だとすると、殺人者は私ということになる。馬鹿な。
 確かに私は弟を嫉妬していた部分がある。そして弟の死因には今一つ不明なところが残る。弟が死んだ時、私はしばらくそれを現実のこととして受け止められなかった。不思議と悲しいとも思わなかった。悲嘆に暮れる両親の間で、奇妙な罪悪感に悩まされた。素直に兄弟の死を悲しめない自分が不気味だった。
 葬儀の席で、私は友人の前で泣いた。しかしそれは、葬儀という雰囲気、友人の言葉を失った様子に泣いたにすぎない。いわば私は、弟を失った兄の役を演じていたのだ。役になりきって、絆されて泣いていたのだ。その感情は外からやってきたものであり、私の内から生まれたものではない。私の内面は空虚なままだったのだ。
 だから私は、弟の死を悲しんでいない。その事に自分でも気付いていた。それ故に、私は自分を罪深いと感じたのだ。未だに基本的な所での私の気持ちは変わっていない。私は人間としての正常な感情を欠いてしまっているのだろうか。
 しかし、もし私が弟を殺したのだとすれば、総てに説明が付く。確かに私には弟を殺したという記憶はない。その証拠もない。だが何らかの原因、精神的外傷などでその記憶を喪失しているのだとしたらどうか。事実としての殺人の記憶は失っていても、感情は残り、悲しみを受け付けない。衝撃だけが残り、弟の死は意味を喪失する。いや、それは私の一つの成功として、罪として残る。CK団は弟の死の真相を嗅ぎ付け、七年の歳月をかけてついに私を追い詰めたのではないか。
 ならば何故、彼等は草々に私を始末しないのか。それはやはり、弟の研究が鍵になっているのだ。弟は裏切り者の私に、無意識の内に研究の秘密を託したのだ。私自身の内面、記憶の淵に、弟の研究の秘密が眠っているのだ。それは世界の始まりに関するものであり、同時に大組織を動かす利害の絡むものだ。つまり、世界の始まりと同時にその終わりを解き明かすものであるのに違いない。

 私の生活は、遂にそのほとんどが男達の監視下にあるようになった。一人でいる時でも、テレビやラジオを通じて私を見張っている。私はテレビのニュースの音に、モールス信号のようなものが混じっているのに気付いた。気を付けてみると、それは町中でも時折耳にするものだった。私は勿論、モールス信号を知らないが、その意味する所は分かった。それは私を追い詰め、脅迫する内容だった。同時に、私の脳に埋め込まれた情報を引き出す為の、暗合鍵の役割を果たしていた。
 モールス信号が聞こえる度に、私は耳を塞いでそれを遮らなければならなかった。コードが私の脳に達すれば、途端に秘密は解読され、私の役目は終わる。それは私の生の終わりをも意味している。何故なら、秘宝を受け渡した私は、ただの裏切り者でしかなくなるからだ。そうなれば私が弟同様、事故にでも見せ掛けて始末されるのは目に見えている。いや、弟を殺したのが私だとすると、私は自殺を偽装されるのに違いない。何と言う皮肉か。

 ある日の夕暮れ、私は商店街の電気店でテレビを目にする。テレビは、末期的な異常気象を報じている。農業の大不作と大規模な水不足が予言される。それに混じって、私の脳を切り開くメスのような信号が浸入してくる。空は不気味な紫色にそまっている。その紫を映すように、毒に染まった水が川を流れている。細いドブ川にかかる古い石橋は、商店街の丁度中央に位置し、西と東を分け隔てている。私には声が聞こえる。それは、世界の始まりから終わりを語っている。

 兄は自転車を使って、A町から8キロメートル離れたB町まで毎時12キロメートルの速さで行き、そこで休憩したのち、行きと同じ道を、毎時16キロメートルの速さでA町まで戻ったところ、A町を出発してから1時間30分経過していた。
 弟は兄がA町を出発すると同時に、兄が通る道と同じ道をB町からA町へ毎時4キロメートルの速さで徒歩で向かった。弟は途中で休まない。
 兄と弟が最初に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから丁度30分後のことである。これが兄と弟の最初の出会いである。兄と弟はすれ違う。初めての対面に、二人は互いに抱き締め合おうとするかもしれないが、歩みを止めることは許されない。兄は弟を、弟は兄を、愛おし気に見つめるかも知れないが、長い間互いを見ていてはいけない。二人の向かう先は逆の方向にあるからだ。
 兄と弟が二番目に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから、丁度1時間20分後、兄と弟が最初に出会ってから、丁度50分後のことである。これが兄と弟の二番目の出会いである。兄は弟を追い抜く。二度目の邂逅に、二人は運命を感じるかも知れないが、歩みを止めることは許されない。兄は弟を、弟は兄を、愛おし気に見つめるかも知れないが、兄は長い間弟を見つめていてはいけない。二人の向かう先は同じであるが、兄は弟の先を走るからだ。
 兄と弟が最後に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから、丁度2時間後のことである。これが兄と弟の最後の出会いである。兄は弟を出迎える。しかし兄が弟を抱擁することはない。兄はこの時既に屍となっているからである。弟が兄の屍にすがることもない。弟もB町に着くと同時に屍となるからだ。
 
 黄昏れの空の下を、子供達が駆けてくる。子供達は皆、両手を空に掲げている。油の中を泳ぐように、子供達はスローモーションで橋を渡ってくる。彼等の胸には、CKの文字が刻まれている。商店街の風景が、水に落とした絵の具のように歪んで溶けていく。声が聞こえる。私は初めて自転車に乗った日のことを思い出す。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

 時化た冷たい海を、大型の軍用ゴムボートがゆられている。空が低い。
 六人の軍人が武装してボートに乗っている。暗いトーンの迷彩服に、同じ配色のライフジャケットを身にまとっている。二人は銃身を切り詰めたパラトル-パ-用のアサルトライフルを持ち、二人はドイツ製のサブマシンガンを抱えている。一人はオ-ストリア製のブルパップ方式のライフルを持ち、最後の一人がボートのエンジンを操作している。様々な人種の兵隊が混ざっている。全員が傭兵なのだ。そのうち二人がボートの突端で立ったままバランスを保ち、他は寒さから身を守るように体を丸くして座っていたり、だらしなく縁に背を預けている。
 ボートは「暗殺作戦」に向かっている。見込みのない作戦だ。失敗に終わったとしても、闇から闇に葬り去られ、タブロイド版の記事にもならないように巧妙に計画されている。だからこそ正規の軍人ではなく、傭兵が用いられているのだ。
 船尾に腰かけてライフルを抱えている男がいる。中途半端に伸びたグレイの髪に無精髭を生やした痩せた白人だ。アイルランド人に見えるが、定かではない。一見軍人らしからぬ弱々しい風情だが、眼光は鋭い。湿って火もつかないくたびれた煙草をくわえている。
 「ゴルバチョフ機関」はこの男を追っている。男が〈裏切り者〉だからだ。
Read the rest of this entry

 大西洋遥か上空の闇を切り裂きながら、オットー・リリエンタールは睡魔と闘っていた。
 史上初の飛行機による単独大西洋横断をめざし、ライアン単葉機<スピリット・オブ・セント・ルイス>がニューヨークを発って、既に二十時間余りが経過していた。食欲は用意したサンドイッチにより満たすことが出来たが、それが彼を襲う睡魔をより一層強力なものにしていた。彼の単葉機には軽量化の要請から正面に窓が無く、ミラーによってかろうじて視界を保つ設計であった。ミラーから窺う上空には満点の星空があったが、下は漆黒の海、彼の意識もまたその闇の中に何度もとけ込もうとしていた。その度に彼は故郷デトロイドで待つ両親、兄弟のことを思い、そして飛行学校時代の苦難を思い出しては自分を勇気づけていた。
 彼がこの挑戦に至る苦難は並大抵のものではなかった。勇気は無謀と解され、嘲笑は彼の家族にまで及んだ。しかし彼の兄弟達は決して彼を責めはしなかった。周囲の人間が彼の狂気を疑った時も、兄弟達は静かにオットーのことを見守り、励ましてくれた。
 大西洋上空のビロウドの夜の中で、彼は左手で自分の太股をつねり、自分自身を叱咤した。耐えろ、オットー。今誘惑に負けたら今までの戦いは何だったのだ。自分はそれでもいい。しかし今まで謂れのない嘲笑にも負けず信じ続けてくれた家族、友人の思いを裏切るわけにはいかない。戦え、オットー、飛ぶんだオットー!
 しかしよく考えるとそれはリンドバーグのことだったので、オットー・リリエンタールには何でもないことだった。

 ひとしきり自分の苦しみを打ち明けると、オットーは恐る恐る先生の目を盗み見た。ヒゲノ閣下先生は軽蔑と諦めの混ざった視線を眼鏡の奥から発しながら、カルテの隅に三種類のクスリの名前を書き込んでいた。「貴方は今、ギリギリの所にいますね。つまり、これ以上いくと帰ってこられなくなる、丁度境界の場所です。クスリをお出しするので、試しに飲んでみて下さい。寝る前に一錠ずつ三種類飲んで下さい。では」
 耳元で小さな声がした。
 飛ぶんじゃないの、オットー?

 オットーはキチガイ扱いされながらも、空を飛ぶことを諦めなかった。村の人々は誰一人としてオットーをまともな人間としては見ていなかった。優しくしてくれる人がいても、その瞳の奥には隠しようもない侮蔑の光が潜んでいた。精神科医であるヒゲノ閣下先生ですら、あからさまにオットーを蔑んでいた。それでもオットーは空を飛ぼうとしていた。翼の形を変え、実験に実験を重ね、ただ大空に羽ばたくことだけを夢見ていた。しかし彼は失敗し続け、村人達はますます彼を疎んじた。
 ある年のクリスマスの夜。オットーの元にもトナカイに牽かれるサンタがやってきた。オットーは完璧なグライダーをサンタに期待していたが、靴下の中に入っていたのは平凡な向精神薬二週間分であった。しかも彼等は、オットーが夢見て止まない空中散歩を、翼も動力もなしでいとも容易にやってのけていた。オットーはうらやんだ。不条理だ、非科学的だと思うよりも前に、ただただ空を飛べる彼等が羨ましかった。
 憮然としながらプレゼントを受け取るオットーに、サンタはその豊かなヒゲをなでながら言った。
「君に必要なのは空を飛ぶ事じゃない。しっかりと地に足をつけて生きることだ。そうだ、君には特別にこれをあげよう」
 そう言ってサンタが手渡したのは、α波ミュージックのCDだった。ジャケットには白衣を着たイルカのイラストがあしらってあった。イルカは歯医者の使うような反射鏡を額につけ、そしてヒゲがあった。

 オットー・リリエンタールにはヒゲがなかった。

 向精神薬を飲むのは不思議な体験だ。効いてくる感触が不思議だというのではない。そんなものは何回か体験すれば慣れてしまうし、自分の精神の一部がある種の脳内物質の増減によって簡単に変化してしまうということを自覚するだけだ。不思議だというのは薬が効いてくる前の話だ。
 コップに水を注ぎ、何種類かの錠剤と共にそれを飲み干す。早ければ十数分、遅くとも一時間以内には自分は別の人間になっている。しかし今はそうではない。この待ち時間が不思議だ。神が降りてくるのを待つような時間。
 薬が効いてくると、今までの苛立ちがウソのように消えていく。嵐のようだった心が凪のように静かになってくる。同時に柔らかい睡魔が体全体を覆っていく。あちこちからレーザー光線のように飛んできていた他人の思念が消えてなくなっていく。心の中には穏やかな自分自身だけがある。誰も自分を責めていない。誰も自分を馬鹿にしていない。焦りもない。不安もない。自分が安らいでいることを他人も自分も誰も責めない。永遠に続くような平和。
 それでも小さな声がする。大きな声でがなり立てるのでもなく、情報を空間化して一気に送りつけるのでもなく、弱々しい呟くような小さな声がする。いつもの声とはまるで違う、無視されることを前提とするような弱い声がする。眠っている恋人に静かに語りかけるような声がする。「もう寝た?」と問うような絶対矛盾の小さなつぶやき。耳を澄ます。
 飛ぶんじゃないの、オットー?

 百二十二回目の飛行実験の失敗で、オットー・リリエンタールは前歯を失った。グライダーの失速と同時に丘の斜面に突き出た岩に顔面から突っ込んでしまったからだ。歯を折ったくらいで済んだのは奇跡的だった。
 訪れたクリニックの歯科医はイルカだった。しかもヒゲのあるイルカだった。オットーはこのイルカの歯医者さんをどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。そんなことより、今回の失敗の原因を探るので頭が一杯だった。歯医者を訪れたのも顔面を血で染めて丘から帰ってくるオットーを、見かねた村人が無理矢理連れてきたからだった。
 やがてオットーの名前が呼ばれ、白い長椅子のような診察台に彼は言われるままに横たわった。強力なライトをかざされ、ヒゲのあるイルカの歯医者さんの顔がのぞき込んできても、まだ彼はグライダーの事を考えていた。治療の方法を検討する声もどこか遠くで響く外国語の会話のようだった。やがてドリルが細い唸りを上げ、再びイルカの歯医者さんの顔が天井を覆い隠した。突然、両手両足に金属製の枷をはめられた。初めから長椅子に仕込んであった枷が、電気仕掛けで彼の四肢を捉えたのだ。
 オットーは身動きできなくなった。それでもオットーの心はグライダーにあった。痛くないですよ、という声がどこか遠くで聞こえた。瞬間、激痛が彼の体を貫いた。
 オットーは悲鳴を上げ、一気に現実に引き戻された。抗議のために声を声を上げようとすると、またドリルが彼の口内を抉り出した。口を閉じようとすると額と顎をベルトで固定され、口の中に綿を詰められた。イルカの歯医者さんは沢山の鋭利な道具でオットーの口を固定し、再びドリルで彼の歯を削りだした。神経に直接穴を開けるような激烈な痛みが彼の体を貫き、オットーは失神した。
 頭から冷水をかぶせられ、オットーは目を覚ました。再び開いた視界を強力なライトの光が埋め尽くした。イルカの歯医者さんは容赦がなかった。麻酔は、麻酔は、と叫ぶオットーの声を無視して、再びドリルが唸りを上げた。少し痛いですよ、という声が終わらないうちに、またも素人のバイオリンを聞くような神経の痛みが始まった。
 オットーは絶叫し、怒り、それが通じないと分かると泣き叫び、許しを乞い、四肢を緊張させ、それにも疲れて無防備に激痛にさらされ、失禁し、失神した。その度にイルカの歯医者さんは彼を現実に呼び返し、いつ果てるとも知れない治療が続けられた。

 一体どれほどの時間、この責め苦が続いていたのか分からない。オットーは何度となく意識を失い、再び取り戻した。現実の総ては暴力的な光と耳をつんざく金属音、全身を貫く激痛だった。逃げては引き戻され、襟首を捕まれ引きずり倒されるように何の救いもない現実に直面され続けた。
 今自分に意識があるのか無いのかも分からない。治療用ライトは瞳孔を狭窄させ、光と闇の区別も付かなくなった。ただどこか遠くの方で、イルカの歯医者さんの声がした。豊かに蓄えられたヒゲの感触が顎の辺りを微かにかすめた。
「治療は完了しました。よく頑張ったね」
 目を開いても、そこは相変わらず闇の中だった。手足の拘束は解かれているようだったが、相変わらず自由ではなかった。狭く息苦しい空間に無理矢理詰め込まれているようだった。それでもオットーはそれほど窮屈には感じなかった。自由を奪われながらも解放されている感覚があった。微かに風を感じた。耳元で風を切る音が聞こえ、それが音楽のように音程を変えながら遠くになったり近くにやってきたりした。それでも視界は漆黒の闇のままだった。
 オットーはゆっくりと首を左右に動かした。何もなかった視界の隅に微かな光が映った。光は暗闇の中でゆっくりと上下していた。船の上から眺める星空のように揺れていた。しかしその星空は次第に光を強くし、天上ではなく眼下に迫ってきていた。
 オットーの意識は研ぎ済まされていった。少し寒いと思った。同時に体の奥の方から外気に抗するような暖かみが伝わってきた。知覚が空間を浸食していった。もう誰の声も聞こえない。誰も自分を責めてはいない。自分は一人だ。一人であると同時に人とつながっている。しかしそれは向精神薬のもたらすまどろみとは違っていた。意識ははっきりしていた。オットーは完全に覚醒していた。同時に不安も苛立ちもなく、自信を持って一人で立っていた。オットーは飛翔していた。
 妖精のような小さな声がした。飛ぶんじゃないの、オットー? 
 飛ぶさ、オットーは声に出さずに答えた。眼下に光が迫っていた。
 翼よ、あれがパリの灯だ。
 
 
初出:文藝別冊「J文学をより楽しむためのブックチャート」(河出書房新社 1999年)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

Proudly powered by WordPress. Theme developed with WordPress Theme Generator.
Copyright © ish☆数えます. All rights reserved.