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手作りスキンケアから現代思想まで

 わたしが右目の下あたりの頬から入れた注射のせいで、彼は右腕を手首から、左腕を二の腕から切断しなければならなくなった。
 しかし彼は、穏やかな笑みを浮かべて、恐れているようにも怒っているようにも見えない。
 だがわたしの頬に打った注射のせいで、なぜ彼が手首を切断しなければならないのだろう。丁度頬から下あたりで、わたしは彼とつながっているようにも思う。
 ふと病室を見ると、一人の女がベッドに縛り付けられて喚いている。そう、あの女が右腕を手首から、左腕を二の腕から切断しなければならないのだ。女は全く納得できず、髪を振り乱して抵抗している。医師らは女をベッドに固定し、無理やり麻酔の点滴を施している。それで眠ってしまったら、目覚めた時には右腕を手首から、左腕を二の腕から切断されているのだ。女は眠るまいと、より一層激しく暴れる。
 すると彼は切断されなくてよいのだろうか。
 それとも、彼とあの女は一つで、彼は落ち着いているけれど女は喚き立てているということなのだろうか。
 しかし、彼と一つにつながっていて、注射で入れた弱い毒が回ってしまうのは、わたしではなかったのか。

 わたしの結婚が決まった。
 相手は右腕を手首から、左腕を二の腕から切断された男だ。
 男は元々足も不自由で、他にも色々と障害があったのだが、わたしは気にしていなかった。彼は穏やかで聡明なのだ。
 しかし正直に言うと、右腕を手首から、左腕を二の腕から切断されてからは、少し結婚に後ろ向きになっていた。
 いくら何でも、右腕を手首から、左腕を二の腕から切断されていては、不自由が過ぎるのではないかと思ったのだ。
 だが、周囲はもう結婚が決まったつもりでいる。
 向こうの薄暗い部屋にいる彼の影が、僅かに壁に映っている。人々はこちらの明るい部屋で結婚を前に騒ぎ立てている。わたしは暗い部屋の彼が気になっている。

 壁は真っ白で何の装飾もなく、ただ滑らかな窪みがある。真っ白く輝いているのに、光がどこから来ているのか分からない。その部屋の中央には、滑らかな曲線で構成されたテーブルがあり、その周りにこれも滑らかな形の椅子がある。正面にはホワイトボードのようなものがある。
 そこに監督が怒り狂って入ってきた。
 中にいた右腕を手首から、左腕を二の腕から切断された男と小野寺くんは、驚いた様子だった。
 二人は、今の今まで行楽の相談をしていてたのだが、本当は映画の撮影予定が詰まっているのだ。二人が出演を了解しながら、ちっともスケジュールを調整せず、その前に遊びに行く相談などをしていることに、監督は怒り心頭だったのだ。
 小野寺くんは元々ルーズな男だ。きちんと約束の時間を守った試しがない。それで何度も注意されているのに、悪びれた風もなく、へらへら笑って誤魔化すだけだ。それなのに綺麗なマッキントッシュを持っている。
 ふと思いだしたが、なぜ彼がマッキントッシュを持っているのだろう。彼は以前、ウィンドウズは優秀な女性秘書のようで、マッキントッシュはやたらと人懐こい男友達のようだ、と、ウィンドウズ派を語っていたのに。
 しかし監督は、マッキントッシュのことなど目もくれず、烈火の如く二人に怒鳴りつけた。小野寺くんはいつものようにヘラヘラと笑って誤魔化している。
 ホワイトボードの前にいた右腕を手首から、左腕を二の腕から切断された男には、白くまばゆい部屋に似つかわしくない影があった。白く書き込みの少ないマンガのコマの中で、彼だけが劇画調で描かれているようだ。その沈んだ様子で、小野寺くんが監督に怒鳴られているのを眺めている。
 小野寺くんは小太りでヘラヘラしていて、衣装もペラペラで真っ白い部屋と調子が合っている。合っていないのは男の方だ。
 だがよく見ると、怒っている当の監督も、男ほどではないにせよ、どこか劇画調だ。古い8ミリカメラを手に持って、服装も薄汚れている。小柄な身体で、自分より二回りも大きい小野寺くんに怒鳴り続けている。
 その時分かったが、右腕を手首から、左腕を二の腕から切断された男は、エジプトのニュースキャスターであるアフマド・ムスリマーニーにそっくりだ。

 少し落ち着きを取り戻したらしい監督が、狭い別の部屋にやって来た。
 白い部屋とは打って変わって、未来風でも何でもない、普通の部屋だ。わたしが子供の頃に使っていた部屋に似ている。壁中が本で囲まれている。
 その部屋に杉浦くんがいた。
 監督は言い過ぎたと思ったようで、杉浦くんに謝っていた。
 「医者のシーンだけだったら、一日で撮影も終わる。何なら、スタッフの方が皆んなで仙台まで行って撮影したっていいんだ。ロケ場所があるようだったら」。
 本当は監督の方も、ロケ場所の目処が立っていないのだ。役者たちの予定が立っても、ロケ場所が決まっていない。だから監督は、うまいこと言って、スケジュールの方を融通する代わりに、ロケ場所を杉浦くんに見つけて貰おうとしているらしい。
 しかし、なぜ監督が杉浦くんに謝るのか。
 よく見ると、確かに杉浦くんはアフマド・ムスリマーニーに似ている。落ち着いていて聡明だ。
 しかし彼は、右腕を手首から、左腕を二の腕から切断されてはいないのではないか。
 結婚して二人の子供までいるのだ。
 あるいは、右腕を手首から、左腕を二の腕から切断されていても、結婚して二人の子供を作れる、ということなのだろうか。

 小野先輩が道場を開いていた。
 小野先輩は、昔世話になった拳法道場の先輩で、その道場でほとんど唯一本当に強い格闘家だった。小さな道場で、道場主もそれほど実力があるとも言えず、趣味で拳法を学ぶ程度ならともかく、小野先輩のような才能ある人物がなぜこんな町道場でくすぶっているのか不思議なほどだった。
 その後わたしは拳法から遠ざかってしまったが、風の便りで先輩がその後他流派に移り、タイや中国に修行を積み、多くの戦績を上げて遂に自分の道場を開くまでになったことを知った。インターネットで検索してみると、たくさんのトロフィーに囲まれた先輩の笑顔があった。他流に移ったのだから、道場主の先生とはいざこざがあったかもしれないが、身近だった先輩の成功を見るのは嬉しかった。
 その冬の空の低い日、電車を乗り継いで先輩の教える町を尋ねた。小野先輩はわたしのことを覚えてくれていて、歓迎してくれた。ずっと疎遠だった兄弟弟子の何人かの顔もあった。
 「久しぶりに、一緒に稽古しないか」。
 でもわたしは、その前に家庭教師のアルバイトに行かなければならなかった。アルバイトが終わったらすぐに稽古に参加しようと、胸を踊ろせながら一度道場を後にした。

 アルバイトに向かう途中で、大学が学祭を開いていた。
 母校もすぐそばにあったが、別の私学の学祭だ。校門の周りは人だかりになっている。
 学生らしい男が寄ってきて、屋台のチケットを買わないか、と話しかけてきた。ひょろひょろで無精髭を生やし、髪を金髪に脱色してへらへらと薄ら笑いを浮かべた、少し軽薄そうな男だった。少し学祭を覗いってもいいかと思い、一枚だけチケットを買おうと思った。
 すると男は、手招きして校門とは別の方向に連れていこうとする。
 なぜチケットがすぐに売れないのか不審に思ったが、付いて行ってみると、校門の先を曲がった路地のところに、何台も錆び付いたバスが並んでいる廃車置場があった。急に空気が冷たくなった。ベージュのロングコートの襟を立てる。
 男は廃車置場にわたしを連れ込もうとしている。麻薬取引にでも使われていそうな薄暗い場所だ。アルバイトもあるし、拳法の練習にも行きたいのに、わたしは苛々してきた。
 「大丈夫、ここが安いんだ」。
 見ると、廃バスの一つにホームレスのような男が住んでいて、学生はその男と何か話している。バスの男は、薄汚くホームレス風ではあるものの、屈強で目に力がある。バスの中には生活用品がたくさんあり、ここに住んでいるらしい。また、座席には古本やレコードが山と積まれている。
 学生はわたしから三千円取り上げ、バスの男のところに戻り、何か交渉をまとめている。
 学生が戻ってくると、ヤニで黄色くなった歯を見せてニカッと笑い、得意げにDVDを差し出して見せた。
 「三千円で十枚だ」。
 それはアメリカのシチュエーションコメディのDVDで、わたしが少し興味を持っていたものだった。
 ただ、興味と言っても、語学の学習に使えるかと思っていた程度で、DVDを買ってまで見たいものではない。そんな怪しげなDVDに断りもなく三千円とられて、わたしは腹が立ってきた。
 学生は素早くわたしから逃れ、得意げな薄ら笑いを浮かべて廃車置場から走り去った。急いで追いかけると、角を曲がったところで下りの急坂になっていた。学生はいつの間にか自転車に乗って、物凄いスピードで坂道を下って逃げていた。
 急いで後を追ったが、到底追いつけるものではない。坂が急すぎて、うっかりすると転げ落ちてしまいそうなくらいだ。しかもどこまでもどこまでも不気味な下りが続いている。

 もう拳法の練習に間に合わないかもしれない。せっかく昔の仲間たちと一緒になれたかもしれないのに、どんどん時間が過ぎてしまう。
 走り疲れてトボトボと歩いていると、いつの間にかオフィス街のようなところに出た。
 八丁堀か、東京駅の近くのように見えた。
 あるビルの前に、とても背の高い体格の良い二人連れがいた。その一人が、高校の同級生の小野寺くんであることに気づいた。
 「小野寺くん」。
 小野寺くんはすぐにわたしが分かった。
 しかし小野寺くんは、確かに体格が良かったものの、こんなに背は高くなかった筈だ。今の小野寺くんは、二メートル近い体躯で筋骨隆々、スキンヘッドで赤黒い肌をして、赤鬼のようだ。分厚い肌で、白く粉を吹いているところがある。しかも、アメリカのインディアンのような模様が顔に描かれている。
 一緒にいるのは女性だったが、その女性も赤鬼のようで、天をつくような長身だった。彼女も顔に呪術的な模様を描いていた。
 ただ、二人とも服装はカジュアルな普通の格好で、背にスタイリッシュなリュックを背負っている。
 自転車でメッセンジャーのような仕事をしているらしかった。ビルの前に、競輪選手が乗りそうな細い自転車が二つ立てかけてある。
 小野寺くんは仕事の用事があるようで、わたしを置いてビルの中に入っていった。鬼の頭がてらてらと光った。
 一緒にいた彼女の鬼が、威圧的な体躯に似合わない柔和な笑みを浮かべてわたしに微笑んだ。
 「心配ないわ、大丈夫よ」。
 人里離れた僻地で自給自足の生活を送っている家族の、強い母のような微笑だった。
 その微笑を見ると、とろけるような安心感を覚えたが、同時にまた、何か収まりのつかないものがわたしの中にあった。
 それは拳法の練習に間に合わないということなのだろうか。きっともう手遅れだ。皆んなのところには戻れない。もう時間が経ちすぎてしまった。ちっとも大丈夫じゃない。
 しかし収まりのつかないのは、何か別のことのような気がする。
 そうして考えて、わたしはふと思いあたり、赤面した。恥じらいで赤鬼のような肌になった。
 「大丈夫」。
 彼女はそう言って、わたしはどんどん取り込まれそうになる。
 それは性的な愛撫を受けて、意に反しながら快楽の頂に導かれているようだった。

 寒空の下、細い林道をママチャリで何時間も走り、やっと帰ってきた。
 林道の割に起伏は激しくなく、枯れ木ばかりの林の中をくねくねと未舗装道路が続いている。木々もまばらで、北欧の森のようにも見えるが、一本一本の木がやせ細り、寂しい光景だ。
 時折現れる坂を登ったり降りたりして、舗装道路のあるところまでたどり着いた。
 ここまでくれば団地は目と鼻の先だ。
 自転車の籠には、買ってきたあずきバーの箱が入っている。あずきバーはもう何年も前のものらしく、箱も傷んでところどころ黒ずんでいる。中身も半分くらいは石のように固くなり、アイスとは別のものに変化してしまっているようだ。
 ただ、残った半分ほどのアイスは、何時間も自転車をこいできたにも関わらず、溶けずに冷たいままだった。空気が冷たいせいなのか、石化したアイスが作用しているのか、よく分からない。

 団地の前まで来ると、道路の両側の街路樹が燃えていた。
 三階か四階ほどの高さもある常緑樹が、オレンジ色の炎をあげて燃えているのだ。道路を挟んで向こう側も団地が続いているのだが、反対側の街路樹にも火が燃え移っている。
 ただ、団地に燃え広がる気配はなく、火の激しさに比して音がしない。よく見るとパラフィンで作った偽物の火のようにも見えるが、やはり燃えてはいる。周囲の人々は火にはまるで無関心で、気づきいてすらいないようだ。消防車の気配もない。
 しかしわたしの心臓は、冷たく凍りつきそうだった。
 この火事は、わたしがずっと昔に仕掛けた時限発火装置によるものなのだ。
 そんなものを仕掛けたことすらすっかり忘れていたが、間違いない。木のずっと上の方に、小鳥の巣のように時限発火装置をセットしておいたのだ。ちょっとした世間に対する反抗心の表現だったのだろう。なぜ仕掛けたのかも、今となってはよく分からない。
 ただ、こうして火事になってしまったら、警察が来て、焼け跡から発火装置の残骸を見つけるかもしれない。そうしたら、残った部品からわたしが割り出されるかもしれない。
 水を浴びたような冷たくなった。

 無音の林、無音の火事を越えて団地の部屋に戻ると、母が一人でテレビを見ていた。
 この狭いジメジメとした部屋で、老いた母とわたしは二人で暮らしている。奥から、チャンネル式の骨董品のようなテレビの光が漏れている。
 時限発火装置のことに母が気づくのではないか、と寒くなった。もしかすると、もう気づいているのではないか。母は少し痴呆の症状があるが、不思議な直観を働かせることがある。突然に火事の原因を言い当てるかもしれない。
 なぜあんなことをしてしまったのか、と悔やんだが、やってしまったことは消すことができない。もう火は広がってしまったのだ。
 自分をなだめるように買ってきたあずきバーの箱を開けると、やはり半分は石のようになっている。時間が経つとあずきバーはこんな風に変化するのだろうか。賞味期限を見ると、昭和の年号が書かれている。もうずっと昔の話なのだ。あずきバーは死んで石になっている。
 テレビではプロレス中継が流れている。筋書きのないシュートファイトなのだ、とリングの上のプロレスラーが叫んでいる。

 証すために、殺さなければならなかった。
 彼と二人で暮らす部屋は、どんよりと薄暗く狭苦しい。その狭い部屋に、わたしたちの他に動物たちがいる。敷きっぱなしの布団の向こうに、動物たちが暮らしている。
 その動物の一匹を、殺さなければならなかった。
 羊は大きすぎるし、わたしには殺せるか分からない。そこでアヒルを呼んでみた。
 アヒルも怒ると手の付けられない生き物なので、少し不安だったが、いつになく大人しくわたしのそばまで来てくれた。悟られないように優しく首に手をかける。彼はとなりの布団の上に座り、あまり関心なさそうに見ている。
 細い首にかけた手に、少し力を入れる。アヒルは大人しくわたしに寄り添ったままだ。これ以上力を入れたら暴れられて、クチバシで突かれるだろう。そこでもう片方の手も添えて、一気に捻った。
 雑巾を絞るように両手でアヒルの首を捻った。一瞬でも力を抜いたら、断末魔の苦しみの中でわたしも傷つけられ、凄惨な場面になると思った。捻った形で腕が固まるほど、全身の力を込めて首を捻った。
 アヒルは首が不自然な角度で曲がったまま、絶命した。最後まで一度も鳴かなかった。予想と違い、あっけないほど大人しく死んだ。
 恐怖でうちふるえていたのはわたしだった。
 可愛らしかった白いアヒルを、首を捻って殺してしまったのだ。
 アヒルが息絶えると、彼はまた無関心そうに布団の上で向こうを向いた。性行為の後に背を向けて煙草を吹かすようだった。

 証すために、殺さなければならなかった。
 しかし何を証すために。
 彼のためだろうか。あるいは、わたしが女であるために。
 だが、わたしの強さを証すためだったかもしれない。それができる、ということを示すためだけだったのかもしれない。

 余震の発生の仕方が奇妙だ。正確に同じ時間ごとに発生し、しかもその前後に、動物たちが仮死状態に陥る、という現象が見られる。地震の発生する一定時間前から仮死状態に陥り、丁度同じ時間だけ経過してから、何事もなかったように目覚める。
 この仮死状態には「向こう側」に抜ける秘密が隠されているようで、多くの科学者たちの興味を惹いている。
 そんな中、「火口付近」というタイトルで、TweetPicに一枚の画像が投稿された。そこには、二匹のてんじくねずみと一匹のウサギが「山」という字のように寄り添って眠っている姿が映っていた。
 「火口付近」という言葉は富士山爆発を連想させ、実際に火山活動が活発化する中、「不謹慎」であるとして、ネット上では大いに批判された。
 しかし「火口付近」の真意は、そんなところにあるのだろうか。
 これもまた、仮死状態の秘密に迫る一つのヒントなのだ。
 仮死状態は冷たく停止しているようで、実は噴火のように「向こう側」に抜けることと同義だ。なぜなら、二匹のてんじくねずみと一匹のウサギは、「山」の形に寄り添って眠っているからだ。
 しかしながら、いかに欲求不満が高まっても、目覚めてみればてんじくねずみが二匹とウサギが一匹。所詮は種が異なるということだ。

 ゴマちゃんは、まだ魚だった頃は川に住むメダカで、滝を登ったり降りたりしていた。
 なぜかというと、登って登ってどんどん登ると、これ以上先がなくなるからで、だから登ったら降りて登ったら降りていたのだけれど、うっかり流されすぎて海に出て、それからイナダになった。
 なぜイナダなのかというと、サンマほど細くないし、イワシみたいに腹がザラザラじゃないからで、黒潮に乗って北の海で暮らしていたのだけれど、タツノオトシゴと決闘するために南に下っていった。
 まだその時は魚のようなアザラシのような微妙な感じだったのだけれど、タツノオトシゴと一しきり戦って友情が芽生えた頃には、結構アザラシっぽくなっていた。
 出世してブリじゃなくてアザラシになった。
 それから地上に上がるのだけれど、それもムツゴロウみたいなビチビチした感じじゃなくて、結構華麗に地上に登ってきた。シュッとしてヒュッみたいな感じだった。
 そんなわけで、ゴマちゃんは今うちの部屋で暮らすようになった、という話を、昨日教えて貰った。
 お前も色々あるんだね。あと出世したね。

 狭い部屋の床や天井を、まるで重力がないかのように、猫が飛びまわる。跳躍というより、ボールが当たって跳ね返るように、上も下もなく凄い速度で延々と猫が閉鎖空間を飛びまわる。これが変猫嫌悪だ。
 変猫嫌悪は「ヘンビョウケンオ」と読む。
 身体が女性化する、という恐怖が根底にある、という見解があるが、変猫嫌悪は男性に特有のものではない。女性でも変猫嫌悪は起こりうる。女性の変猫嫌悪は、身体が社会的な女性の記号を負うことに対する抵抗が背景となっており、男性における去勢不安のような変猫嫌悪とは性質が異なる、という見方もあるが、確かなことはわかっていない。ただし、女性の変猫嫌悪は男性に比べると数は少ない。およそ三対一の割合で男性が主体だ。
 変猫嫌悪には器質的な要因が指摘されており、一種の中毒症状だ、という説が有力だ。脳の特定箇所にある種の重金属が蓄積されたためで、中毒説派はその箇所を脳幹の嗅覚に相当する部分としている。ただし、嗅覚そのものは変猫嫌悪で冒されることはない。その代わりというわけではないが、「音が聞こえる」という変猫嫌悪がある。
 幻聴と考えるのが普通だろうが、そうとも言い切れない理由がある。というのも、変猫嫌悪に陥った人々のうち、「音」が聞こえるようになった者は、共通して同じ音を聞くからだ。彼らには「通信」が聞こえるという。「モールス信号のようだが、意味はわかる」というのが、よく使われる表現だ。
 この音は動物たちの間での通信らしい。少なくとも、彼らは決まってそう主張している。変猫嫌悪の人々を同じ動物の前に連れてくると、同じ音を聞いているような言動を取る。「音」についての描写も一致する。ただし、機器等によりこの「音」が計測されたことはない。
 一方で、彼らの聞く通信の内容というのは、非常にパターンが限られていて、ほとんど決まったことしか言わない。通信の内容が複雑なのであれば、そこに本当に通信があるのか確認することができるが、同じような内容だけ聞くのであれば、証言の一致をもって、何らかの客観的対象を共通して聞いている、とは断定しにくい。

 臭覚が冒されて音が聞こえる、というのは奇妙な話だが、とにかく彼らによれば、音が聞こえる。その通信の意味は、大雑把に言って「神の賛美」だ。
 「神の賛美」と言ってしまうと、神々しすぎるかもしれない。別段讃美歌のような荘厳さがあるわけではなく、高揚感も崇高さもなく、むしろ業務連絡のような単調さで、神が賛美されているらしい。
 変猫嫌悪の男性の一人が、面白い表現をしている。
「人工衛星とか惑星探査機とか、ああいったものは一定時間ごとに通信を送ってくるでしょう。ネットワーク機器なんかでも、生存確認のために一定時間ごとに信号を発するものがあります。ああいう感じです」。
 いわゆるハートビートのような調子で、神が讃えられている、ということだ。
 ただし、通信はハートビートのためだけではなく、確かに内容があり、そのほとんどは単純な賛美だが、稀に複雑な内容や動物同士の符丁のようなものも交わされているという。これらは群れの動きを制御したり、遠くにいる同族とやり取りするためのものだ、と主張する者もいるが、多くの場合、「複雑な通信」は意味がよくわからない、とされる。その部分は、人間の言語のように構造化されていて、慎重に聞き込まないと意味が取れないらしい。しかも、「複雑な通信」は単純な賛美に比べて圧倒的に数が少ないため、解析できた者も少数だし、それが本当に解析なのかどうかを検証することもできていない。

 まとめて言えば、変猫嫌悪は、
・猫が狭い部屋の中をボールのように飛びまわる
・女性身体と関係があるらしい
・臭覚相当の部位に関係がある
・動物同士の通信が聞こえるようになる(すべてのケースではない)
・通信の内容は主に神の賛美である
 ということだが、いずれも不分明な要素が大きい。

 そもそも、なぜこれが「変猫嫌悪」と言われているのか。
 猫が飛びまわるのだから「猫」の文字が入っているのは分かるが、「変猫」とは何だろうか。「変な猫」というなら、確かに変ではある。そうではなく「猫に変わる」ことだ、とも言われ、この場合の「猫」は女性身体を象徴しており、このことが身体女性化不安とつながっている、とも言われる。
 一方で「猫」は本当は「病」で、「変病嫌悪」のことなのだ、という見方もある。これらが重ねあわせられているのかもしれない。
 「ヘンビョーケンオ」という音も独特だ。変猫嫌悪の人々は、現象が始まると「ヘンビョーケンオ、ヘンビョーケンオ、ビョーケンビョーケンオケンオケンオ」といった決まった叫び声をあげることが多い。

 変猫嫌悪の人々の中で、とりわけ信用に足る証言をしている人物がいる。元医師のM氏だ。
 彼は元々変猫嫌悪の調査に携わっていたのだが、二年ほど前に自らが変猫嫌悪に陥った。
「変猫嫌悪の飛んでいる猫は、空間を埋めようとしているのです。上も下もなく飛ぶのは、部屋という空間を埋め尽くそうとしているのです。変猫嫌悪の根本にあるのは、『隙間』に対する抵抗です。『隙間』の不安を埋めるために、猫で空間を満たそうとしているのです」。
「ですから、この猫は実は動物の猫とは異なります。実際、飛んでいる猫からは通信が聞こえません。あの猫は、猫自体が通信の一種であり、言語なのです。猫は意味であり、言葉と言葉の隙間、意味の空隙を埋めるために、飛びまわるのです」。
「変猫嫌悪は人間だけの現象であり、動物ではありえないはずです。なぜなら、動物は通信により常に神と接続されているからです。言わば、変猫嫌悪は通信の代わりなのです。通信による神との接続が絶たれているために、変猫嫌悪のような方法で意味を埋める必要があるのです」。
「変猫嫌悪を取り除こうとするなら、正にこの変猫嫌悪で聞こえる通信をよく見極め、ここから動物の方法を学ぶ必要があります。動物にはネットワークがあります。このネットワークは、神への賛美により神と接続されるものですが、神と動物の通信というより、神への賛美を通し動物同士がリンクする役割が重要です。神からはほとんど通信がありません。ブロードキャストのような神からの通信が時折ネットワークを埋めつくすことがありますが、頻度は極めて低く、ほとんどは動物からの一方的な賛美です。この賛美は神だけでなく他の動物も聞くことができるのですが、これにより相互に位置を確認する働きが重要なのです。人間も同様のネットワークを築くことができれば、変猫嫌悪は克服できるはずです」。

 変猫嫌悪は狭い密室で発生するが、一度変猫嫌悪が発生すると、この空間は「汚染」される。「汚染」された部屋では、高い頻度で次の変猫嫌悪が起こる。つまり、一度変猫嫌悪が発生した部屋に別の人間が入ると、この人も変猫嫌悪に陥る可能性が高い、ということだ。
 変猫嫌悪は人から人に伝染するものではないが、それが発生した場所には何かがある。それも、一番最初に変猫嫌悪が発生した箇所、つまり誰かが変猫嫌悪を最初に体験した箇所、というのが汚染度が高い。一度変猫嫌悪を体験すると、他の場所でも何度も発作的に繰り返すものだが、二度目以降の発生箇所では、同じ場所に足を踏み入れても、「感染」が拡大するケースは少ない。
 この為、政府は変猫嫌悪発生箇所を管理し、立ち入りを制限しようとしているが、公共空間の一部である場合、完全に立ち入り禁止にするのは難しい。しかも、変猫嫌悪は、一度も発生履歴のない箇所でも始まる。これらをすべて立ち入り禁止にしていては、入ることのできない部屋が際限なく増えていくことになる。

 一方で、そもそも変猫嫌悪は「克服」すべきものなのか、という問いもある。
 興味深いことに、変猫嫌悪の人々、当事者の中に、この主張をする人々が多く見られる。彼らにとって変猫嫌悪は「困った症状」ではなく、ある種の福音なのだ。
 変猫嫌悪には苦痛が伴なう。猫が飛んでいる時、当事者は非常に強い不安、パニックに襲われており、猫が去ってからもしばらく身動きも取れないほどだ。にも関わらず、当事者には変猫嫌悪を肯定する人々が少なくない。
「これは当然の試練なのです。目を伏せていたものが、見えるようになっただけなのです」。
「わたしたちは、変猫嫌悪を越えて、前に進まなければならない」。
 一方で、当事者以外、特に行政関係、医療関係者は、依然変猫嫌悪を「管理すべき対象」「根絶すべき病」と認識しており、変猫嫌悪発生箇所の管理と、原因の調査を求めている。

 この変猫嫌悪に対する姿勢の相違は、実は既にシビアな水準に達している。
 変猫嫌悪当事者の一部が、変猫嫌悪を「治癒すべき対象」ではなく、むしろ福音として迎えるべく、活動を展開しているのだ。その中心となっているのが、前述のM氏である。
 M氏が取り組んでいるのは、動物ネットワークの通信の解析だ。M氏はこの通信を元に、人間としての通信を築き上げれば、変猫嫌悪と共存することができる、と主張しているのだ。
 といっても、動物の通信は、現在のところ機器等で感知できてはいない。客観的実在すら疑われている。
 そのため、当事者グループが人力で通信を聞き取り、これを記録しようとしている。記録というより、記憶である。
 通信は「モールス信号」のように聞こえるが、一定のパターンがあり、動物の種によって速度や変調が異なる。しかし中核となるメッセージは同一で、訓練することにより聞き取りさらに発声することが可能だと言う。
 通信内容の記憶もさることながら、通信の「再現」にあたっては、音声的な特徴が重要となるため、この発音法の会得も壁となる。しかし、M氏とその賛同者たちは、既にかなりのレベルまで通信の再現に成功していると言い、実際、人間の声とは思えないような不思議な発音の混ざった「通信」を披露している。これは通常の人間の声によって行われているので、変猫嫌悪の経験如何を問わず、聞くことができる。
 変猫嫌悪発生時に当事者が叫ぶ「ヘンビョーケンオ」という音は、実はこの通信を真似ようとしたものらしい。当事者が本能的に通信の重要性を察知し、咄嗟に発声している、というのがM氏の考えだ。
 M氏の主張では、通信の変調方式は種によって異なるため、単純に動物の通信を模倣するだけでは駄目で、人間に適合した方法で発声する必要がある。しかし、訓練すれば十分発声可能であり、通常の速度でおよそ十五分ほどの「賛美のフレーズ」を暗記すれば、ほぼ動物と同様のネットワークを構築できるという。
 「賛美のフレーズ」を繰り返すと、変猫嫌悪の発作を抑制することができる。現時点で、医学会は何ら有効な「治療」法を提供でいていないが、M氏の方法で、とりあえず発作を抑えることができるというのだ。

 さらに、賛同者の一部は変猫嫌悪の素晴らしさを積極的に唱導し、変猫嫌悪の発生箇所、つまり次なる変猫嫌悪を誘発する可能性の高い場所に、敢えて一般の人々を招き入れ、変猫嫌悪人口を増やそうと試みている。これが、政府や医学会との間で最大の問題になっている。
 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。
 仮にM氏の主張通り、通信パターンの習得により発作が抑制できるとしたら、確かに変猫嫌悪当事者にとっては有効だろうが、敢えて変猫嫌悪の人々をこれ以上増やす意味がどこにあるのか。わざわざ変猫嫌悪になって、その上で抑制する、というのでは、全くの無駄骨ではないか。
「そのご指摘はよく理解できます。しかし、変猫嫌悪というのは、潜在的だった不安が表面化しただけのものなのです。発作は確かに苦しいですが、これはそれ以前からあった問題がハッキリと形になったに過ぎません。顕在化させてくれただけ、むしろ変猫嫌悪は歓迎すべきものなのです。この契機により、わたしたちは動物ネットワークの通信を耳にし、学ぶことができたのですから」。
 しかし、変猫嫌悪当事者のすべてが「通信」を聞くわけではない。
「通信を聞くこと自体が目的ではありません。また、すべての人が直接通信を聞く必要もありません。重要なのは、この通信の重要性を認識し、人間生活の中に取り入れることです。ですから、本当は変猫嫌悪そのものはなくても構わないものです。この契機があれば、より一層通信の重要性が認識しやすくなる、というだけです。変猫嫌悪が一人もいなければ、通信の再生など誰も試みなかったでしょう」。
 それでも、変猫嫌悪の人々を更に増やそうというのは、当事者の驕りではないか。
「それは違います。まず第一に、変猫嫌悪の発生した場所に立ち入ったからといって、すべての人が変猫嫌悪を体験するわけではありません。全く同一の条件でも、体験する人としない人がいます。次に、わたしたちは、無理やり発生箇所に一般の方を連れ込んでいるわけではありません。少なくともわたしは、そうした方法には反対です。賛同者の方の中には、変猫嫌悪普及を急ぎ過ぎている方がいるようですが、わたしはこうした方法を強く諌めています。わたしたちの再現メッセージが十分な完成度に達すれば、人々は進んで変猫嫌悪を選ぶはずです。数は重要ではありません」。

 M氏が主張する変猫嫌悪の素晴らしさとは、要するに何なのだろうか。
「繰り返しますが、変猫嫌悪そのものが重要なのではありません。わたしたち自身も、発作を抑制しようとしているのですから。重要なのは、通信の回復です」。
「通信の意味について、体験していない方にお伝えするのは難しいのですが、簡単に言うなら、『空間を埋める』ということです。変猫嫌悪は猫が空間を埋めることですが、これが発生するのは、逆に言えばそれまで空間が空いていたからです。動物はこの隙間がない。通信が隙間を埋めているのです。それが神の賛美ということです」。
「なぜ人間だけが、通信を生得的に持っていないのか、その理由はハッキリ申し上げられません。実は通信の傍受から、ある程度の推測は成り立っているのですが、断定できる水準には至っていません。一つ確かなのは、わたしたちが通信を持っておらず、尚且つ自らの努力次第で会得が可能である、という、この『可能性』自体が重要だ、ということです。これはあくまで可能性ですから、会得する人もしない人もいる。興味を持たない人もいる。そうした可能性の開き自体が、既にメッセージの一部なのです」。
「一つヒントを申し上げれば、ネットワーク上の動物自身は、神を賛美しているにも関わらず、それが神の賛美だということを自覚していません。皮肉なことに、賛美がデフォルトで実装されていない人間だけが、これを賛美と認識しているのです。人間と賛美は合わせて一つなのです。それができて初めて、動物と同じ水準にわたしたちは達するのです」。

 M氏の主張そのものというより、その賛同者の一部が変猫嫌悪当事者を増やそうとしていることについて、当局は神経を尖らせている。また、一部の変猫嫌悪当事者が、「通信の解析」に没頭する余り、社会性を失っている問題も取り上げられている。
 M氏は語る。
「当事者に向けて強く申し上げたいのは、通信の解析と再現はわたしたちの重要な任務ではありますが、社会生活を犠牲にして良いものではない、ということです。変猫嫌悪は、発作さえ克服すれば、通常の社会生活に何ら支障をきたすものではありません。普通に暮らすことを大切にしてください。発作をなんとか抑制できる程度の発音を習得したら、後は定期的にこれを繰り返すだけでも十分です。社会性を失ってはいけません」。
「一般人を無理に変猫嫌悪へと連れ込むこともよくありません。しかし、わたしたちには、変猫嫌悪を通じて得られたメッセージを伝える義務があります。その最小限の義務を果たす限りにおいて、わたしたちは抵抗します。ただし、それ以外について、徒に争うことがあってはいけません」。

追記:
 上記記述より二年あまりが経過したが、変猫嫌悪は収束を見せている。
 ここ四ヶ月、新たな変猫嫌悪体験者は報告されておらず、変猫嫌悪を誘発するとされた場所に立ち入っても、変猫嫌悪に陥ることがないようだ。また、元々変猫嫌悪を持っていた人々についても、発作が起きなくなっているという。
 その中にはM氏の教えに従い、賛美の通信を習得し発作を抑制した者もいるが、まったく無関係に発作が収まった者もいる。
 一方で、M氏の賛同者は数を増している。多くは変猫嫌悪の体験者だが、変猫嫌悪を一度も体験していないにも関わらず、教えに共感を示し、通信の発声法を練習している人が増えている。絶対数としては依然少数だが、発声の独特の美しさに惹かれた、というものが多い。
 変猫嫌悪発生箇所に一般人を連れ込む行為は抑制され、M氏の注意が行き届いたためか、誘発箇所を特別視する風潮はなくなったようだ。
 新たな変猫嫌悪体験者が現れない場合、彼らの言う「通信」を傍受できる人間はこれ以上増えないことになるが、賛同者たちは特に気にかけている様子はない。
 通信の発声は一日に数回、十五分程度行われるだけで、それ以外は変わった点はなく、賛同者たちの多くは通常の社会生活を営んでいる。通信の内容は、動物と同様に単純な賛美を繰り返すだけで、その他の要素は何もないという。一般人が通信を習得しても変猫嫌悪のような体験をすることはないし、特に何か効能があるわけでもない。
 医学的な研究は続行されているが、その後目立った成果はあげられていない。

 探しものを手伝って欲しいというので、玲子に連れられて古い家にあがった。
 玲子の家なのかと思っていたら、家族は誰もいない。長い間人の住んでいた気配のない、古い造りの家だ。家の裏側がそのまま蔵に増築されていて、この地方の伝統的な建築に見える。
 一体誰の家なのか尋ねようと思ったけれど、玲子はあちこちの押し入れを開け中に潜り込み、探しものに夢中になっている。
 何を探すのかもよく分からないのだけれど、とにかく古い箱に入っているものらしいので、適当に棚を開けて覗き込んだ。
 あちこちからすきま風が吹き込んでくるし、何の暖房設備もないので、芯から冷え込んでくる。それでも勝手に帰ってしまうわけにもいかないので、順番に棚や押し入れを開けて中を探ってみた。
 ふと見ると、日焼けした畳の上にポツンと古い漆の箱が置いてある。その箱が探しものだったらしい。
 玲子の姿が見当たらないが、箱を開けてみると、中には水のようなものが入っていた。
 水のようだけれど、どことなく粘性があり、ちょっと揺らしたくらいではこぼれてくる様子がない。スローモーションのフィルムで見る水のようだ。
 どこかで見たような気がして、薄ら寒くなり、玲子を呼んだけれど返事がない。
 とにかく探しものは見つかったのだから、と、漆の箱を抱えて家を出た。
 いつの間にか雪が降り出していて、辺りは一面の銀世界になっていた。
 箱を抱えて車に向かった。走ろうにも、雪に足を取られて思うように進めない。
 車のドアを開けると、車の中まで雪でぎっしりと埋まっていた。雪を除けないと、ここから出ることもできない。
 しかし、雪を除けると、その下から死体が出てくる気がする。
 恐ろしかったが、このままでは車に入ることもできない。わたしはかじかむ手で必死で雪を除けた。
 玲子がいなくなって、箱が残っていたから、この水のようなものは玲子なのかもしれなかった。それは雪の下に埋まっている死体かもしれなかった。しかし、生きるためには、死体が埋まっているかもしれない雪をかき分けるしかなかった。

 タナッキーの部屋に行った。
 タナッキーは大学一年生の時に同じサークルだった男の子で、そのサークルは映画サークルだったのだけれど、わたしは二年生の時にそりが合わなくて辞めてしまったのだけれど、彼個人はイイヤツで、その後も時々集まりに誘われたりしていたのだった。
 タナッキーの部屋は銀閣寺の近くの、今出川の緩い登りをジワジワ東に登って交差点のちょっと手前辺り、天下一品銀閣寺店の少し東の北側にあった。この登りは、歩いているとあまり気にならない程度なのだけれど、自転車だと「あぁ、登っているな」という感触があり、京都も東の端まで来たのだな、と実感する。
 タナッキーの部屋は九龍城のような巨大で複雑な建物の中にあり、夜だったせいでこの建物が一体何階建てなのかわからなかった。てっぺんの辺りは闇に飲まれてしまって見当もつかなかった。
 内部にもいくつものエレベータがあり、廊下も妙なところで直角に折れていたりして、見通しの効かない奇妙な建物だった。一階から七階のエレベータ、三階と十七階専用のエレベータなどがあり、それぞれに縄張りがあるようだったが、事前にタナッキーに渡されていたメモにしたがって、入り口の一番近くにある古いエレベータでタナッキーの部屋の下の階まであがり、一階だけ階段を使った。彼の階にはエレベータが止まらないらしい。
 部屋をノックすると、いつものひょうきんなタナッキーの声が聞こえた。声に促されて中に入ると、部屋の中は真っ暗で、どこに何があるのかさっぱりわからなかった。目が慣れてくると、星空が見えるのがわかった。部屋全体がガラス張りで、しかも突起物のように建物から突き出していて、そのまま空が見えるようだった。
 部屋そのものは物凄く狭くて、車の中と同じ構造になっていた。ドアを開けて入ってすぐのところは、普通のワンルームマンションのようなのだけれど、左手にユニットバスのドアがあり、そこから先に進むと狭い個室で、一段高くなったところにちょっと大きめのセダンくらいの形そのままに、四つのシートが並んでいた。タナッキーは助手席のシートをリクライニングして、星空を眺めながら焼酎を飲んでいた。
 わたしはタナッキーの斜め後ろの、運転席の後ろの席に座った。車のドアがないのに、シートだけは車と同じなのが不思議だった。シュミレータかレーシングゲームのようだった。前がガラス張りなので、コックピットのようにも見える。
 高い座席に登ると、部屋は単に上半分がガラス張りなだけでなく、張り出した前方については、床部分も一部ガラス製であることがわかった。
 狭い部屋だけれど、窓からは広大な京都の海が一望できて、素晴らしい眺望だった。
 丸太町から南は、夜になるとほとんど全部海で、緩いカーブを描いた湾が、南側に開いている。白川の東になると山がせり出していて、その東側の山が三浦半島に連なっている。
 東の側はタナッキーの部屋からだとよく見えないけれど、右京の向こう側あたりから南向きに半島になっていて、伊豆半島には近すぎるから、これも三浦半島なのだろう、と思った。

 わたしの実家は、三浦半島を付け根から少し下がったあたりの東側、金沢八景の少し沖合の海底にある。タナッキーの部屋は南に面しているので、右手にある方の三浦半島を少し下った辺りにあるはずだった。
 楊家太極拳の創始者楊露禅にそっくりの太ったお父さんが、建売の水中ハウスに住む、と言い出して、家族の反対を押し切って引っ越したのだった。もちろん、完全気密で換気もしっかりしているし、騒音もないしバスも来るから大丈夫、ということだったけれど、お母さんは水の中に住むのが不安そうで、わたしも気が進まなかった。
 しかも、実際に住んでみると、会社の説明とは違って、時間帯により汚れた潮の流れが家のすぐそばまで来ることがあった。ゴミの混じった帯のような流れが、巨大な生き物のように家をかすめて揺れているのは不気味だった。お父さんはまず謝った方がいいのに、それより怒って会社に電話して、何度も抗議していた。

 お父さんの怒りを大きくしたのは、そもそもゴミを垂れ流しているのが建築会社の関連会社だった、ということだった。一度わたしは、お父さんに無理やり連れられて、会社の事務所に押しかけたことがある。お父さんは、抵抗する社員を太極拳で投げ飛ばしたりしながら、社長室まで押しかけた。辿り着き扉を蹴破ると、意外なことに社長だけは物わかりの良い人物だった。じっくり話すと事情を分かってくれ、一件落着かと言うところに、理事を名乗る男が現れた。
 彼の出現のお陰で、また一から事情を説明せざるを得なくなり、さらに急遽十数名による会議がその部屋で催されることになった。そのメンバーの中には、なぜか先輩の大岡さんが混じっていた。しかも、大岡さんはわたしたちが誰なのかに気づきもしないようで、状況の説明と称して自分の過去を延々と語り始めた。別の社員の注意にも耳を貸さず、自分の女遍歴や学生時代の思い出を話し続けた。その中には、小学生の時に覚えた柔道の技や、服を脱がずに水着を着る方法が含まれていた。
 大岡さんの話がいつまでも終わらないし、話の内容が気持ち悪いので、わたしは気づかれないようにこっそりと社長室を抜け出した。
 お父さんの暴力的な乱入にも関わらず、建設会社の社員達は普段と変わらずに業務をこなしていた。廊下を歩く内に、コピーの束を抱えた女子社員やせわしなく歩き回る背広姿の男達と何度もすれ違った。
 ビルは予想以上に巨大で、たちまちわたしは自分の所在を失ってしまった。迷路のような廊下を進む内に、次第に人気が少なくなってきた。同じ作りの扉が一定間隔で並んでいたが、その扉に記された部署名は知らない外国語で書かれていた。
 無数の階段を上り下りし、曲がりくねった廊下を歩いたが、一度も窓を見ることがなかった。気が付くと、嫌に天井の低い金属質の通路を歩いていた。まるでSF映画に出てくる宇宙船の通路のようだった。
 通りがかった部屋の入り口で、ピッチリとした銀色の服を着た二人の男が、入れ歯のパーツについて語り合っていた。その話を盗み聞きしたところでは、実はこの世界全体が巨大な入れ歯であるらしい。
 長い長いダクトのような通路の突き当たりの扉を開くと、遂に建物の外に出ることが出来た。あたりは薄闇で、夕暮れが迫っているようだ。空には真っ黒な重い雲がゆっくりと流れており、一方向に風が吹いていた。
 振り返ると、そこにはただ果てしない壁がそびえ立っているように見えるだけで、建物全体が入れ歯の形になっているのかどうか、見当をつけることもできない。建物は、町一つくらいの大きさの壮大な建築物らしかった。
 この建物の巨大さに比べて、外界はただただ草原の続く異様に空虚な空間が広がっていた。生命活動の総てが背後の巨大建造物の中に押し込められているようだ。入れ歯状の巨大建築は、超未来におけるド-ム都市のような役割を果たしているようだった。
 見渡す限り暗い草原が広がっているだけだったが、地平線にポツリと点のような家屋の陰が見えた。巨大建築からおそらくはその家屋に向けて、雑草に沈みかけた道路が通っていた。離合も困るような細い道路で、何十年も放置されたようにアスファルトがひび割れている。吸い込まれるように、その道路を歩き始めた。
 道には車も人影もなく、また交通標識や信号機もなかった。ガードレールもなく、ただ古い木製の電柱が一定間隔で続いている。歩き始めると、まるで生物のように電柱に付いた暗い蛍光灯が点灯し始めた。しかしその光は鈍く、時折瞬きながら空よりもなお低く青白い霊気を発していた。
 点のように見えた家屋は、近付くにつれいくつかの建造物の集まった集落らしいことがわかってきた。灰色の3,4階建てほどのビルディングがいくつがあり、建物の窓には明かりが見えた。
 暗闇に紛れて分かりにくいが、目をこらしてみると、草原には等間隔で巨大な高圧送電塔がそびえていていた。電線はどこまでも続き、地平線の彼方で闇に溶け込んでいる。
 一時間ほど歩いて、やっと集落に辿り着いた。そこは五本くらいの道が集まった交差点をなしていて、雑居ビルのような建物以外にもいくつかの商店や事務所めいた建物が集まっており、古びたラブホテルもあった。商店のシャッターは下り、もう何年も営業していないようだ。ビルの窓からは灯が漏れていたが、中にいるのはヒト以外の知的生命体か、機械生命のようなものらしかった。低いダクトの唸りと共に、正確に機を織るような機械音が響いてくる。
 ラブホテルの中には複数の生きて動くものの気配があり、それらが突然喧嘩でも始めたかのようで、嫌らしい高い叫びを発し、物が倒れる音がした。この世のものとは思えないような、ぞっとするキチガイじみた声だった。

 わたしは怖くなって、走って逃げ出した。その後のことはよく覚えていないけれど、必死で走ったので、京都大学に合格できた。実家が三浦半島を少し下がった東側だったから、あの建築会社の建物は、三浦半島の付け根より少し南あたりで、京都から見ると右京の下あたりだったのだと思う。そこから北東の方に走ってきて京都大学に入ったのだろう、と思うのだけれど、あんまり必死だったのでよくわからない。
 とにかく、わたしが大学に受かった時には既に家族とは離れ離れで、それから一度も家族とは会っていない。お父さんは無事に水中ハウスに帰れたのだろうか。お母さんは今もあの窮屈な家で暮らしているのだろうか。今では、もう水中ハウスのこともよく覚えていない。住み始めてすぐに大学に入ってしまったし、あの時とは身体の感覚もものの感じ方も随分変わった気がする。大学に入って生活が変わったからなのか、水中ハウスのそばを流れていたゴミの影響なのか、沢山走ったせいで身体が入れ替わったのか、よくわからない。
 ただ、年をおうごとに、水中ハウスのような部屋のことを考えることはなくなって、タナッキーの部屋に来たのも久しぶりだった。こういう複雑な建物に呼ばれたのは、前がいつだったのか思い出せないくらいだ。
 タナッキーの部屋に来たせいで、あのラブホテルみたいな建物にいた気持ち悪い生き物のことも思い出したけれど、そういうことも全然考えなくなった。この建物も大きくて複雑なので、似た生き物が住んでいる気がするけれど、あの街の建物に比べれば全然大したことがない。

 タナッキーの建物の中には、フォトスタジオがあって、そこでわたしは、花嫁さんと一緒に写真を撮った。二人花嫁がいるのではなく、わたしは花婿さんの役のようなのだけれど、花嫁さんと違ってわたしはなかなか可愛く写真に写れず、何度も撮り直した。花嫁さんのようになりたい、と思った。

 わたしと彼氏は同じアパートの別の部屋に住んでいて、わたしが一階で彼が三階だ。でも彼は三ヶ月間東アフリカの旅に出かけてしまい、彼の部屋はがらんどうのままだ。うまくすると、わたしの部屋から廊下に出ずにそのまま彼の部屋に行けるのだけれど、彼がいなくなってから天井が少し高くなり、廊下に置いてある本棚の本も増えている気がする。
 彼の部屋にはいつでも入れるわけではなく、タイミングがあって、うまく角度を調整してヌルンと身体を斜めにして入らなければならない。だから、毎日見ているわけではないのだけれど、それでも行く度に広く複雑度が増している。今では3LDKくらいになって、しかも広いダイニングというのはなくて、小さい部屋が細かく増えているようだ。
 でも、彼の部屋の複雑さは、不気味な感じがない。いつ行っても、昼下がりのような穏やかな光がレースのカーテン越しに入ってきていて、攻撃的なところがない。
 何となく、昔見た建築会社やラブホテルの複雑さと、タナッキーの建物の複雑さの関係に似ている。複雑になっても、切羽詰った感じがなく、穏やかで、攻撃性がないのだ。
 彼のいない部屋でも、この温かみの中でなら暮らせる、と思う。

 タナッキーの建物から出ると、そばのお弁当屋さんのテレビで、宇宙船の打ち上げのニュースをやっている。
 ふと振り向くと、今出川通りがお祭りのように可愛い装飾を施されている。真冬なのにお祭りの飾りがあるのは、宇宙船の発進を祝うためらしい。
 見上げると、タナッキーの建物の上の方から、自動車くらいの大きさの部分がゆっくりと空中に滑り出している。手漕ぎボートくらいのスピードなので、目を凝らさないと前に進んでいるのか単に浮かんでいるのかわからないくらいだ。
 あれはタナッキーの部屋ではないのか、タナッキーの部屋は実は本当に宇宙船のコックピットで、タナッキーがあのまま宇宙に発進したのではないか。そう思ってニュースの映像と空に浮かんだ小さな宇宙船らしきものを見比べたけれど、よく分からない。
 そばにいた京大生の男の子の会話を盗み聞きすると、宇宙船はゆっくり進んでいるように見えるけれど、それは光が歪んでいるせいで、相対性理論の影響らしい。本当はもの凄いスピードで進んでいるのに、銀閣寺にいるわたしたちの目には、亀のような遅さに見えてしまうようだ。

 子供の頃は、そういう宇宙船に乗ってみたい、と思ったことがあったけれど、今ではそんなこともすっかり忘れていた。あの不気味な街を抜けて走って逃げてから、色んなことが随分変わった。本当に、何もかもが良くなったと思う。
 以前は、ああいう悪いものをなくす為には、戦ったり焼き払ったりするしかないと思っていた。でもそれは間違いだ。焼き払っても焼き払っても、部屋はどんどん複雑で暗くなり、悪い蔦植物が増えるばかりだ。蔦植物は火のエネルギーを吸って、部屋や街を不気味で昆虫的なものに変えてしまうのだ。
 だから、ラブホテルのようなものをなくすには、戦ったり火を使ってはダメなのだ。もっと静かに、ただ黙って待って、何も考えなければ、多少部屋が複雑になっても、それは悪い複雑さではなく、昆虫的で歯止めの効かない攻撃性を発揮することもない。沢山眠って、忘れてしまえばいいのだ。

 もう宇宙なんか行きたくない、宇宙はタナッキーが行けばいい、工学部が行けばいい。
 わたしはアフリカで沢山だ。アフリカに行っている彼氏の部屋がスクスク育っているのを、陽だまりの中で待っているだけで、十分幸せだ。

 池田君の実家を訪ねることにした。
 池田君は以前バイト先が一緒だった友人で、そのバイト先が潰れた後、長い間職がなく、とうとう実家に引きこもってしまったのだ。
 以前抑鬱性神経症を患っていた彼は、現在でも覇気に乏しく、無口で大人しい。様々な技量と優しさを持ちながら、仕事を探しに出ることすらできなかったのも、この性格のせいだろう。
 長い無職生活の間、彼は自分の篭り癖をなんとかしようと、ただひたすらに散歩を続けたこともあるという。多くを語らないが、今でもカウンセリングを受けたりしているようだ。
 しかし決して人嫌いな訳でないことは、一緒に働いた時を持つ私には分かる。池田君は、恐ろしくシャイなだけで、心の底では人との接触を求めている。私にはそんな池田君が愛おしく思え、実家に帰ってしまった後でも、心配でならなかった。
 別の友人との間で、彼のことを「野生のタヌキ」と呼んでみた。野生のタヌキは、庭先に置かれたエサを拝借することはあっても、決して人の手から直接食べることなどない。それでも彼はきっと、エサを置いてくれる人間のことを悪くは思ってはいない筈なのだ。
 そんな彼の実家は、隣県の聞いたこともない小さな町にあった。乗り継いだ先の電車は、二両編成の単線列車だった。まるでバスのような小さな列車が、山間を抜けて、時折無人駅で静かに扉を開く。乗降する客はほとんどいない。駅を辿るにつれ、乗客の数も次第に減っていく。
 辿り着いたのは、小さな港町だった。メールで尋ねた住所を頼りに、彼の家を探す。労せずして、池田家は見つけることができた。駅から歩いて十分ほどにある、小さな古い木造二階建て住宅だった。
 玄関先に、池田君は姿を現した。いつものように、力ないが、確かな微笑みを浮かべて、私を招き入れてくれた。
 家は本当に小さく、まるでプレハブのオモチャのようだった。それも相当に古い作りで、台風でも直撃されたらひとたまりもないように見えた。壁の素材が、厚いダンボールのような不思議な素材で出来ているのが奇妙だった。
 池田君の部屋は二階にあった。というより、二階にはその部屋一つしかないのだ。しかも部屋の中には古い型式のマッキントッシュが一台あるだけで、何の飾り気もない。まるで池田君の心象風景を映し出すかのように、ガランとした部屋だった。
 両親は外出中のようで、私と池田君は二人きりになった。異様なまでの静けさだった。この家だけではなく、町全体が過疎化の為に活気を失っているようだった。そういえば、池田家に着くまでに、ほとんど人にすれ違うこともなかった。見かけるのは半ば幽霊のような老人の姿だけだった。
 池田君の無口も手伝って、部屋はますます寒さを増していた。私が土産の菓子を出すと、池田君は小さく「ありがとう」といって、梱包を解いた。私達は、何かの儀式のように、静かに菓子を食べた。
 私はなんとか池田君の心を開きたかったが、私自身、決してコミュニケーションの巧みな方ではない。彼程ではないにせよ、どちらかと言えば話すのが苦手な口なのだ。私と彼はほんの一メートルほどを隔てて対座していたが、その距離は無限に開いていくようだった。
 私はやや無理のある笑みを浮かべ、こう提案した。
「散歩にでも行こうか」
 池田君も気まずさを感じていたようで、また弱々しい微笑を浮かべて同意してくれた。
 外に出てみても、やはり人気はなかった。まだ秋口の筈が、冬のように寒々しかった。抜け殻のような空家ばかりが目立った。朽ちた木製の電信柱の上で、ハシボソガラスが細く声を上げた。
 しばらく歩くと、小さな港に出た。港といっても、腐りかけた漁船が数隻停泊しているだけの、オモチャのようなものだ。かつては活気ある漁村だったのかもしれないが、今では地図からも消え去ろうとしている、そんな港だった。
 池田君は、彼なりに気を使って、子供の頃に遊んだ場所などを案内してくれた。テトラポットの上に飛び乗る彼は、いつもよりは活気に満ちて見えた。私にはそんな些細なことが嬉しかった。私も一緒にテトラポットに乗り、すれ違うように手の甲を触れあわせたりした。
 彼は飛び石のようにポットを亘り、漁船の上に乗り込んだ。そこから振り返り、私に手招きした。私はおぼつかない足どりで彼の跡を辿った。
 漁船は、今はもう使われていないのか、ただ魚臭い匂いを漂わせるだけで、総ての備品が錆を浮かせていた。その船が、緩い波に揺られて、静かに上下していた。
 そういえば、彼の父は漁師なのだろうか。池田君は、とても漁師の息子には見えない。公務員だという話を聞いたような覚えがあるが、記憶が定かではない。それでも、少年時代の遊び場が港であったのは間違いないのだろう。彼は微力ながら目を輝かせて、漁船の内部へと私を誘った。部品の一つ一つに触れ、追憶を辿っているようだった。
 突然、船が大きく揺れた。私はバランスを崩し、倒れそうになった。それを池田君が支えてくれた。彼の手の温もりは、いつもの印象と違い、熱く私の背中に伝わった。
「大丈夫?」
「うん」
 船の搖れはおさまらなかった。突然に風が強くなったようだった。
「ちょっと見てくるね」
 池田君は私をおいて、船上に上がった。彼の背中がシルエットになって、低い空に映った。
 その姿が、佇立したまま動かなくなった。しばらく待ってみても、何一つ口にしない。私は心配になって、彼を追って甲板に上がった。
 驚いたことに、船は港を離れて、海上をを漂っていた。もやいが弛んでいたのだろうか。既に港は数百メートルは離れて、波の間に小さく揺れていた。
「池田君!」
 私は動揺して声をかけたが、彼は返事をしなかった。ただその目は、いつもとは異なり、力強く輝いていた。長い間、この時をまっていたかのような希望に満ちあふれていた。
 風が強くなっていた。灰色の空は、雨が近いことを予感させた。私は不安になり、彼の腕につかまって再度呼び掛けた。
「池田君」
 彼はやっと私を振り返った。逞しい男の顔つきだった。
「大丈夫」
「でも……」
 彼は本当に何も心配していないように、船首の方に向かった。そこで船頭のようにすっくと立ち、荒れ始めた海の彼方を見つめた。
 私は心配と混乱で、何をしたらよいのか見当もつかなかった。ただ池田君だけが頼りだった。しかし考えてみれば、彼に操船の技術があるとはとても考えられない。このまま手をこまねいていれば、ますます沖へと流されるばかりだ。
「池田君」
 私は必死で呼び掛けた。彼はゆっくりと振り返り、暖かい笑みを浮かべて言った。
「来る」
 何のことだか分からなかった。だが一瞬の後、突然の恐慌が古い船を襲った。
 何かが群れとなって、海面から飛び出し、船の上に飛び込んできたのだ。私は慌てて頭を覆い、うずくまった。とどまることなく、次から次へと細長いものが海からジャンプしてきた。
 よく見ると、マルアジのようで、イカも混ざっていた。どういう訳かわからないが、魚とイカの大軍が、飛び魚のように船に飛び乗ってきたのだ。甲板には累々とその魚体が積み重なっていく。成す術もなかった。
 そうこうする間に、魚の重みで船が傾き始めた。私は必死で船の一部に捕まり、なんとか振り落とされないように踏み止まった。池田君は相変わらず何の支えも要することなく、力強く船首に立っていた。
 船はますます傾き、魚の群れは止まる所を知らず、沈没は時間の問題だった。
「沈む、沈むよ!」
「大丈夫」
 池田君はポケットからライターを取り出し、船体に火を放った。湿ったはずのボロ船が、枯れ草のように爆発的に燃え上がった。
 すると甲板の魚たちはビチビチと飛び跳ねながら、火を避けるように船から滑り落ちていった。新たな飛翔も止んだ。
 しばらく経つと、火は自然に消火した。甲板上の構造物は総べて灰になり、ボディの部分だけがかろうじて残っていた。しかし、傾いた姿勢は相変わらずだった。これ以上傾斜を強くすることはないにしても、漂流の状況は何も解決されていなかった。
 それでも池田君は、何かに導かれているかのように、確信に満ちた目をしていた。傾いた甲板に座り、じっと海の向こうを見つめていた。
 既に日は落ちかけていた。このまま夜になってしまえば、事態はますます悪くなるに決まっている。しかしどうすることもできなかった。
 壊れかけたイカダのようになった船の上で、私と池田君は二人きりだった。
 天啓のように奇妙な考えが浮かんだ。ここで池田君とセックスすれば、救われるかもしれない、と。それは密かに私が望み続けていたことだった。しかし人一倍臆病な彼がアプローチしてくることなど考えられず、私からも何も言い出せないでいた。だが、今の彼なら、何かしてくれるかもしれない、そんな気がした。
 池田君が私を振り向いた。私の心臓が高鳴った。
「キューバだ」
 彼は宣言した。
「寒い海を通って、キューバに行くんだ」
 池田君は栄光に満ちていた。私は彼に総てを任せるしかない、と思った。何故か、既に妊娠しているような至福に包まれていた。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
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