哲学から宗教へ、アシュアリー、極左経由の極右


 「宗教から哲学へ」という流れは、少しでも西洋哲学に接したことのある人々にとっては、大変馴染みのあるものでしょう。これは、西洋哲学がキリスト教文化の中で涵養されてきた、ということだけでなく、宗教とこれを包囲する神学それ自体の深化の中で、近代合理主義にも連なる哲学が生み出された、ということです。
 こうした「哲学のルーツ」は別段キリスト教文化圏に限ったことではなく、イスラームにおいても同様に「宗教から哲学へ」の流れがあり、そしていずれの場合においても、哲学は「異端」とされる危険と隣り合わせでした。哲学とは理性に訴えるものであり、合理を極めようとすれば、宗教の教条主義的側面や具象化した戒律等は、いずれ軽視されることが宿命付けられています(※1)。たとえ「神の存在証明」を巡る哲学であったとしても(実際、近代哲学の一大課題はここにあったわけですが)、そこで「証明」を目論まれる「神」は既に宗教的「神」ではなく、往々にして宗教的権威にとっての「危険思想」となってしまうからです。そもそも、宗教的権威における「神」は、理性により存在を証明してもらわなければならないような「弱い」神ではありません。
 以上は大変大雑把なまとめ方であって、不正確極まりないものです。また、「宗教」と「哲学」の関係を語ろう、などという究極の大風呂敷を広げるつもりもありません。ただ少なくとも、現在のわたしたちの社会状況に連なる歴史の中で、「宗教的・因習的・具象的」なものから「哲学的・合理的・抽象的」なものへ、という枠組みが、言わば既定の方向性として、暗黙的に想定されてきたことを確認したいのです。
 これは広義の「宗教」についての、「部族宗教から普遍宗教へ」という、西洋的な視点ともオーバーラップします。そして「世界宗教」のコスモポリタニズムを再-共同体化の楔を振り切り実現するものとして、社会主義的思想が構想されてきたことも事実でしょう。柄谷行人氏は『世界共和国へ』で、「普遍宗教は、商人資本主義・共同体・国家に対抗し、互酬的(相互的)な共同体、つまりアソシエーションを志向するものとしてあらわれた」とまとめています(※2)。

 こんな話題を持ち出したのは、実はその正反対、「哲学から宗教へ」という方向に惹かれているからです。


 「哲学から宗教、そして科学へ」という流れは、「既定」としてわたしたちの思想状況を作り上げてきましたが、今日、このような直線的ヴィジョンをナイーヴに信じている人はそういません。とりわけ、わたしたちの文化においては、こうした直線的時間観自体が外来的であり、「流行り」を失った時の退潮は西洋社会より一層極端なものになるでしょうし、実際になっています。
 ただし、そうした潮流の大勢は「哲学から宗教へ(抽象から具象へ、コスモポリタニズムから地域性へ・・・)」というよりはむしろ、ただ単に「宗教」、つまり日常的因習から一歩も出ることなくそこに留まる、というナイーヴな判断停止であり、特筆すべきような対象ではありません。いつの時代でも、大衆は因習的なものです。
 気になるのは、「哲学」を究めた末に「宗教」に戻る、という人々です。ファシズムが「極左経由の極右」であるように(※3)、「哲学経由の宗教」者というものが存在します。
 井筒俊彦氏の『イスラーム思想史』で、アシュアリーという好例に出会うことができました。

 アシュアリーは西暦紀元9世紀の人物で、ムアタズィラ派という、アッバース朝前期にイスラーム界を席捲した合理主義的思想潮流の中枢にいた「哲学者」です。ムアタズィラは理性を真理の標準と定めた思想家であり、神を人格的に表象することや予定論を否定しました。もちろん、ムアタズィラ派にとっても神は絶対であり、現代日本的な(異常な)標準からすれば「宗教的」なわけですが、そこで議論される神とは「目で見ることのできない」抽象度の高いもので、時のカリフ・マアムーンによる「哲学寄り」の治世がなければ、即座に弾圧の対象となっておかしくない「哲学」でした。この時代に広く導入されたギリシャ哲学とも通じる潮流だったのです。
 そうした理性第一の流派に属していたアシュアリーが、四十歳の時に突然「転向」します。

彼は或る日、不意に人々の裡から姿を消し、十五日間一人家に籠っていたが、或る日、礼拝堂に現われ、説教壇に上がって言うには、「諸君、私がここ数日間、諸君のところに姿を見せなかったのは、私の信念が動揺を来し、就くべき所を知らず、真理(haqq)と虚偽(batil)との間を彷徨するに至ったので、これに深く思いをひそめようとしたからであった。私は神の尊い御導きに身を任せ、幸いにもその御手引を受けて、ここに持参した書物に詳しく記述しておいたような信仰に到達させていただいたのである。今や私はこの古い外被を潔く脱ぎ捨てると共に、従来私が信じてきたことすべてを脱ぎ棄てようとするものである」。(・・・)
「諸君、私はここに明言する、私は今までまったくイスラームを信じてはいなかったのだ。私はこの時、この処で真のイスラームの信仰に入り、後悔の涙と共に、従来信じて来たムアタズィラの意見から背き去ろうとするものである」(・・・)。

 そのアシュアリーの思想の要旨からいくつか抜書きしてみると、

神はクルアーンの多くの章句により、手をもち、眼をもつ。正し、これ以上に詳しくそれは如何にあるかということは問わずに、そのまま受け入れねばならぬ。

神の言葉は創造されたものではないことを信じる。またあらゆる事物は、神の「在れ」という言葉によって始めて創造されたものと信じる。

イスラームとは信仰よりさらに広いものであって、イスラームのすべてが信仰なのではない。

預言者ムハンマドから語り伝えられたハディースによって、我らは信仰とは言葉と行為の両者を含み、従って信仰には当然増減があることを主張する。

 といったものがあります。
 これだけでは「超反動」ということで、何ら思想的意義があるようには見えないでしょう。実際、アシュアリーの評価は、信仰に背離しない神学体系の構築に求められるようです。
 しかしここで注目したいのは、とにかくアシュアリーのような「超反動」が、合理主義的哲学の中から生まれてきたことです。
 今日、イスラームというと、復古志向のイスラーム主義などが注目を浴びますが、原点回帰的運動はイスラームの草創期から存在するものであり、どんな宗教・文化にも見られる現象です。むしろイスラームはキリスト教以上に「直線的」であり、潜在的な「哲学志向」を秘めている思想とも言え、実際、ギリシャ哲学を近代へと橋渡ししたのはイスラーム文化圏の力によるものでした。ですから、「超反動」の真価を考えようとしたら、その伝統主義を(現代日本大衆的な判断停止ではなく)、合理へと向かう強力な意志にこれまた全力で抗い、極左から極右へと突き抜けるアクロバットとして理解する必要があるでしょう。
 伝統主義と合理主義の振り子を「円環」として捉えるなら、「泥の文明」的な時間が(※4)、西洋的・直線的時間を包んでいるようにも見えますが、一方でこれは単なる循環ではなく、強力な「直線性」があっての振り子の力です。そして「直線性」の側から見れば、円環の文化自体が「悪しき因習」への撞着であるわけで、無理に俯瞰するとしても「スパイラル」として理解すべきですし、おそらくこの全体を俯瞰する場所などありません。
 正にこの「全体を見渡そう」という精神こそ、哲学的・合理主義的志向の賜物であり、「左派」的な発想です。といっても、これを全否定しようとするのではなく、アシュアリーがムアタズィラの中から生まれ、おそらくはそこからしか生まれ得なかったように、一度は通過する必要があります。そればかりか、何度となく「遠心への回帰」という逆説すら求められるでしょう。
 しかし「全体を見渡す」場をただ求め、ただその志向にのみ希望を見出すのであれば、それは「何もしない相対主義」でしょう。アソシエーショニズムの夢想などがいささか滑稽なのは、遠心のそのまた遠心にしか、自らの根拠を見出せないところにあります。

 アシュアリーの伝統主義、「極左経由の極右」は、「直線的なものが円環的に帰ってくる」という逆説です。それは反動というより、直線性の極みが、地平線を辿り背中に突き刺さるような曲芸飛行です。
 抽象から具象への回帰は、可能的なものから何かを選び取り、何かを捨てることですが、ここで選ばれるのは「選べなさ」自体です。選べるはずのないものを「既に選んでしまっている」と引き受ける、あるいは「選ばれてここにある」という選択不可能性から一歩も出ていないことへの気づきです。
 もちろん円環が閉じきることもまたなく、「選ばれてあるもの」を捉えきることなど不可能です。しかしだからこそ、「余りがある」ことを承知の上で、コミカルなまでの具象を断言してしまう姿の方が、美しいように思うのです。

『イスラーム思想史 (中公文庫BIBLIO)』 井筒俊彦 『イスラーム思想史』 井筒俊彦

※1
 ここでの「合理」は、日常語における「合理」とは少し異なります。現代日本語での「合理的」は「ムダがない」といった意味のことが大抵で、つまり何らかの「理屈」に基いて行動や状況が整理されている、ということです。その「理屈」のオーソリティは、主に「経験主義的科学」に求められています。
 西洋哲学史の教科書に登場する(確か高校世界史の教科書にも載っていたw)「大陸合理論」「イギリス経験論」等の「合理」は、「内的理性の敷衍・演繹」に主眼があり、こうした直観的ベースを否定する経験論との対比として用いられます。つまり、わたしたちの日常語における「合理」とは、一面で正反対となる部分もあります。
 言うまでもなく、こうした議論が成立するのは、「経験を経験として認識できるのは内的理性による」「いやいや、その内的理性自体が経験により獲得されたもので」という決定不可能性があるからで、翻せば、二つで一つの「理性を巡るイチャつき」を構成している、と考えられます。日常語の「合理」は、この「イチャつき=懐疑」が欠落しているが故に、「経験論的」でもなく、むしろ反-哲学的・因習的・教条主義的性質を帯びています。

※2
 「『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』 柄谷行人」参照。

※3
 これは外山恒一さんが声高に叫ばれていることです。わたしは彼の論のすべてを支持するわけではありませんが、この点については賛成しますし、この限りで「ファシスト」でありたいと思っています。

※4
 以下参照。
 「webは「砂の文明」である」
 「文化と文明、サイボーグ・ファシズムと母の殺害」
 「mixiと女社会と「泥の文明」」
 「『民族と国家』ナショナリティ・エスニシティ・パトリ」

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