日本人ムスリムによるムハンマド伝『預言者ムハンマド』鈴木紘司


4569693644 預言者ムハンマド (PHP新書 (475))
鈴木 紘司
PHP研究所 2007-08-11

 日本人ムスリム鈴木紘司氏によるムハンマド伝。
 護教論的なところや説教臭い部分がやや鼻にはつくものの、意外と言っては失礼ですが、今まで読んだムハンマド伝の中で一番カジュアルで面白かったです。
 著者がムスリムであるアドバンテージというと、「当事者にしか知りえない」「当事者ならではの」視点を考えがちですが、むしろ非ムスリムの研究者が書いた場合の「こういう言い方は失礼になってしまうのではないか」という遠慮から解放されている点が大きいでしょう。何でも当事者というのは、当事者ならではの足枷がある一方、特権的な立場にいます。多少ぶっちゃけな話をしても「当の本人が言っているのだから・・」と批判から身を守れる効果があるわけです。
 ムハンマド伝ではありますが、印象的なのはむしろその周囲の教友、そしてライバルたちです。イスラーム本を読んでいれば何度も目にしたことのある人物がほとんどですが、ただでさえも覚えにくいアラブ人の名前、研究書で触れると今ひとつ記憶の定着がよろしくないです。こうして生き生きとしたエピソードを交え物語風に語っていただけると、「ウマルいいヤツだけど暴れすぎっ」(スイマセン)と、心に住み着いてくれます。主な戦役には陣地の図解まで付いています。
 おそらく、こうした初期イスラーム物語(ハディースを噛み砕きに噛み砕いたようなもの)は、キリスト教文化圏の人間なら特段宗教熱心でなくてもアブラハムやヨセフやヨナと馴染みなように、イスラーム文化圏の人々にとっては知識以前の共有文化なのでしょう。日本人にとっての桃太郎のようなものです。

 印象的なキャラクターは多いのですが、個人的に気になったのはアブースフィヤーン(アブースフヤーン)。
 マッカ軍の総司令官ですから、イスラームにとっては「敵役」なのですが、その後のイスラーム勢力によるマッカ無血入城に際して大切な役割を演じます。
 イスラームに最初の大勝利をもたらしたバドル戦役、ほぼ敗北と言ってよいウフド戦役、そしてハンドク戦役での勝利を経て、ヤスリブ(マディーナ)のイスラーム勢力とマッカはフダイビーヤの休戦協定を結びます。
 その後マッカのクライシュ部族と同盟関係にある部族により、休戦協定は破られてしまうのですが、状況を憂慮したアブースフィヤーンはマディーナに赴きます。そこで彼は娘であり預言者の妻であるウンムハビーバに会うのですが、彼女は父親が寝具に座ることを許しません。
「娘よ。なぜその寝具をわしから遠ざけたのか」
「これは神の使徒さまの寝具です。父上は偶像崇拝者で汚れているから触れてはいけません」
 パパ、しょんぼりです。
 ウンムハビーバは元々イスラームに改宗した夫に続いてムスリマになった女性で、父からの迫害を避けるためにエチオピアに避難していました。ところがこの夫が当地でキリスト教に改宗してしまい、異郷の地に残され、かといって実家にも帰れず、と悲嘆に暮れていたところを、不憫に思った預言者が妻の一人として迎え入れた、というエピソードの持ち主です。
 イスラーム軍のマッカ出陣が避けられないと知ったアブースフィヤーンは、イスラームに入信し「アブースフィヤーンの家に入れば安全を保証する」という言質を取り付けます。
 マッカに戻ったアブースフィヤーンは、「手向かってはいけない、わしの家にいれば安全だ」と戦いを諌めるのですが、クライシュ族にとっては彼は裏切り者です。とりわけ、親族をムスリムに殺された妻の罵詈雑言が凄まじいです。
「この脂肪太り、その肥満体をたたきのめしてやる。部族の頭として面汚しよ」
 娘にも奥さんにもさんざんの言われようです。
 あまりカッコイイ役柄ではないわけですが、名を捨て実を取り無駄な流血を避けた功績は、「政治家」として評価されてしかるべきでしょう。
 アブースフィヤーンはウマイヤ朝の始祖ムアーウィヤのお父さんですから、ムスリムになったといっても、イスラームの歴史、とりわけシーア派から見ると、やっぱりあまり「善玉」ではないのですが・・。

 ちなみに、本書では聖典の呼称を「コーラン」でも「クルアーン」でもなく「コラーン」という表記で統一しています。アラビア語の語感に少しでも近づけるため、とのことですが、確かに耳で聞くと「クラーン」か「コラーン」です。
 途中からムハンマド(SAW)ではなく「預言者」の表記で通しているところも、個人的に好きです。