元OL、元早大生、途切れない経歴


 草さんが「元OL」って何だで、

OL(サラリーマンって言葉と対で使われる)って日本語、性差別的だよな。何歳までOLなんだろうか。OLって言い方からイメージされるのって、わりと若い女性のような気がするんだけど。

 と書かれていて、性差別云々ということは割とどうでもよいのですが、「元」の方が気になりました。
 この方の場合はつい先日まで「OL」だったのでしょうし「元OL」でも自然なのでしょうけれど、四十歳くらいの新左翼の人が逮捕されて、新聞に「元早大生」などと書かれていることがあります。
 「元早大生」って、早稲田の卒業生全員でしょ。いつまで「元」なんですか。
 逆に、大島渚さんがずーっと映画を撮っていなくて、でもテレビ出演の時には「映画監督」とテロップが出ているのに対し「元映画監督って名乗りなさいよ」としょうもないことをグチグチ言っていたことがあるのですが、ちゃんと映画を撮って亡くなってしまいました(追記:まだ死んでいませんでした。なぜか亡くなったと信じていました。とんでもないことですが、面白いのでこのまま残します。やっぱりわたしって頭おかしいわ)。

 「元早大生」に戻ると、要するにこの方は卒業か中退か以降、逮捕されるまでコレという職業についていなかったのでしょうね。ペンキ屋さんでアルバイトしていても、「塗装業者が鉄パイプで・・」と書くと左翼じゃなくてヤンキーのケンカみたいだから、「元早大生」ということにしているのでしょう。
 この国には「わかりやすい身分の途切れている人は不審」という妙な文化があるので、過激派でも「元早大生」くらいは言っておかないと、物語としての座りが悪いのかもしれません。
 この「身分の途切れはダメ」は本当におかしくて、大学を四年で卒業して一年バンド活動をしたりお遍路さんに出ていたりすると、親のスネを一年余計に齧って部屋で寝ている人よりググッと商品価値が落ちる仕組みがあります。
 わたしはこの辺りのカラクリに常軌を逸して疎く「皆、卒業するか進学するか決めるけれど、何もしなかったらどうなるのだろう?」と素朴な疑問を抱いて、試しに何もしないでいたら、何にもなりませんでした。素晴らしい検証結果を携えて、数年後に改めて仕事を探そうとすると、卒業前はあれほどラブコールを送ってくれていた企業様が大変冷たくなっています。この時はじめて、皆がなぜ二者択一的思考法に囚われていたのか理解できたのですが、わたしのような果敢な実験精神を備えた逸材が評価されないのは、とても残念なことです。
 逆に言うと「途切れ」なく平々凡々と評価されている人間は、「途切れ」があったらもうアウトなつまんない人だということです。いや、別に「途切れ」自体はあってもなくてもどうでも良いと思うのですが、少なくともわたしの知る範囲で、「途切れ」がまったく無くかつ面白い、という人はほとんどにいません。
 サバイバル能力なくただ「途切れ」ている人は0点ですけれど。それは「途切れ」というより「途絶え」ているので。

 ちなみに、ちょっと「性差別」ネタにつながりますが、この「途切れ」は女性より男性の方がより致命的です。女の場合、多少途切れていても色々と言い訳できるものです。

 逮捕される時は、どうせなら「元緑ヶ丘中学3-B」くらい書かれたいです。