世代間テロ


 今でこそ世代間搾取の問題を多くの人が意識するようになりましたが、何故これが大きく取り上げられないのか、随分以前から疑問に思っていました。おそらくフリーター問題等で格差全般がクローズアップされたことで、ようやく世代間搾取が前景化されるようになったのでしょう。
 依然不思議なのは、世代間テロが(少なくとも大々的には)起こっていないことです。
 職を失い自暴自棄になった青年が、老人を無差別に殺害する。そのような事件が、何故起こらないのでしょうか。子供を無差別に殺す人はいても、老人を誰彼なく襲う、というケースはあまり耳にしません。
 別段世代間テロを称揚しようという気はないのですが、心に思い浮かべたことのある人くらいなら少なくないはずです。その一万人に一人くらいは実行に移しても不思議ではないと思うのですが、ふんぎりがつかない理由としては、

①まだ失うものを結構持っている
②面倒くさい
③老人は放っておいてももうすぐ死ぬので今ひとつやる気が出ない1

 あたりでしょうか。
 普通に考えると①なのかな、という気がします。
 これは「日本の経済水準では最底辺でもそこまで追い詰められていない」ということではありません。テロルにつながるような強いモチベーション・激烈な憎悪というものは、絶対レベルとしての経済力ではなく、周囲との格差から増長されるものです。たとえ貧しくても、周りも皆貧しければ、感情的な暴走にはつながりにくいですし、かえって助け合いの精神が芽生えてしまったりします。格差がもう少し深刻化すれば、一線を越えて老人無差別殺害が現実のものになるかもしれません。
 「儒教的倫理観が一定のブレーキになっている」という見方にも一理あるでしょうが、「倫理」2は人を生かしもするし、殺しもします。むしろ無差別テロのような行為は、何らかの「倫理」的正当化があったこそ可能になります。宗教・イデオロギー・「自由と民主主義」の旗印等が、世界中で素晴らしい大量殺戮を繰り広げてきた歴史を振り返るまでもありません3
 「痴情のもつれ」のような「顔の見える」憎悪も人を殺しますが、せいぜい十人程度が限界なのではないでしょうか。「白人富裕層」「帝国主義者」「スポーツエリート」のように、何らかの抽象化が入るからこそ大量殺戮が可能になるのであって(もちろん、逆に普遍的博愛を生むこともある)、「顔が見える」関係は一般に物事のスケールを小さくし、行動の幅を抑制する方向に働きます。溢れ出るルサンチマンを韓国人にぶつけたい方は、リアル韓国人とは顔見知りにならないことです。憎悪をキープするには、分離が大変有効です。
 ちなみに、上では若者が老人を襲うことばかりを想定していますが、テロが現実化すれば本当に搾取している富裕層老人は容易にガードを固められるはずで、現在の「ホームレス狩り」のように貧しい老人がとばっちりを食う可能性もあります。これで「弱者老人」が自警団的に逆襲でもすれば、もう筒井康隆の世界です。フリーターは貧困老人と連帯し、逗子・鎌倉を爆砕せよ!

追記:
 このエントリをポストしようとしたところで、患者の皆さん、あきらめてください – 天国へのビザというエントリを読みました。95歳の認知症の患者に対し、無駄と知りながら不足する血液を輸血することに意味があるのか、という内容です。

できるだけの看護をしてくださいというのなら分かる。しかし、できるだけの治療をしなければならないのだろうか。
不足している医療資源を奪ってまで、95歳の老人の命を数日長引かせることに何の意味があるのだろう。

死を受け入れることができない人が増えている。
「老いたら死ぬ」そんなことがこの国では当たり前のことではなくなっている。
老いてもとことんまで治療され、生かされる。自分の意志とは無関係に。
そして、そのために限りある医療費が使われているのだ。

 こんなに死ぬのが恐ろしいのに、信仰をバカにする人間が沢山いるのが、さっぱりわかりません。
 わたしは自殺はしませんが、死ぬこと自体はちょっと楽しみにすらしています。もちろん、人並みに恐怖心もありますし、「なるべく生きろ」と生まれた時に命令されたので、なるべく生きますが。
 こういう考えと世代間テロ的発想が結びつくと、「ポアしてあげる」危険思想に発展しかねないことが容易に想像できますが、当の危険人物が言っているので不思議はないです。
 以前に在宅ホスピスに携わっている医師の方にインタビューしたことがありますが、素晴らしい先生で胸を打たれました。せめてそういう方向に、医療コストを振り向けられないものなのでしょうか。多分無理ですし、そんなマトモくさいことを言ってもちっとも面白くないので、個人的にはテロの話をしますが。

 念のためですが、引用エントリは(多分)真面目な医師の方によるもので、当エントリのようなキチガイ文書ではないですから、混同しないように。

『世代間最終戦争』 立木信 『世代間最終戦争』 立木信

  1. 死にそうで死なない老人が莫大な医療費を蕩尽していることを考えると、死期を早めるだけでも、世代間テロとしては意義があるはずですが。 []
  2. ここでは価値判断を決定する何らかの体系、イデオロギーや宗教から、体系として意識されないような道徳観なども含めて、ざっくりと「倫理」と呼んでおきます。 []
  3. こういう風に書くと、アルツな方が「だから宗教やイデオロギーはダメなんだ」と騒ぎそうですが、「物語なし」などという物語に拠る生が、相当に限られた環境でしか成り立っていないことを思い出すべきです。大量殺戮を可能にするような物語とは、多くの場合、誰も「選んで」はいないものです。つまり、「物語なし」という次元が開ける以前に、気が付いたら選んでいるのです。選んだと意識されない、あるいは物語の方がわたしたちの生を「選ぶ」のです。そして「物語なし」とは、「選ぶ」フィクションに選ばれてしまった、というだけのことです。 []