もしアメリカ人がアラビア語を話せていたら


 もう一年半も前のエントリですが、心にとまったので訳しておきます1
 予めお断りしてきますが、このエントリで語られているようなややナイーヴな希望を、わたしはほとんど信じていません。それでも紹介したいと思った理由は後述します。

Arabic the language of peace

 アラビア語は平和の言葉でもあり得る。
 もしアメリカ人がアラビア語を話せていたら、現在わたしたちを隔てている深い文化的な溝を橋渡しし、乗り越えられていたかもしれない。
 もしアメリカ人がアラビア語を話せていたら、リアルタイムにリアルな感情をもって、友と語らい、敵を説得することができたかもしれない。
 わたしはヨルダンでもシリアでも、商店の店主やタクシー運転手、大学生、大学教授、警察官、兵士、多くの政府官僚らと、彼らの言語で語らい、時に議論となった。アメリカを擁護する(時には批判する)者の話を聞くというのは、彼らにとってちょっとした「トリップ」だった。多くの者は、彼らの言語でそんな意見を言う人間に会ったことがなかったのだ。わたしたちは多くの問題で激しく対立し、時に白熱する激論となった。しかし最後には大抵友達になったし、尊重しあうようになった。通訳やその他の仲介を経るよりもずっと。
 もしアメリカ人がアラビア語を話せていたら、わたしたちはもっとアラブメディアに影響を及ぼせていただろう。アルジャジーラに出演しているアメリカ人がいることはいるが、稀なことだ。とりわけ、ネイティヴ・スピーカーの子として家庭でアラビア語を身に付けたのではなく、学校で勉強した、というアメリカ人は。
 もしアメリカ人が本当にアラビア語を話せたら、何が起こるだろう? ここに見るべき一例がある。ヒューム・ホーランだ。先頃亡くなってしまったが、彼はアメリカ政府のキャリア外交官だった。レバノンとチュニジアでアラビア語を学んだ(と思う)。彼のアラビア語はとても流暢で、アラブ政府官僚の脅威となるほどだった。サウジアラビアは、通りで地元民と交わり、彼らの文化を理解するほどアラビア語のできるアメリカ人を望んでいないのだ! は! 彼らは、人々に異なる意見を与え、別の視点から考えるきっかけとなりかねない人間を恐れているのだ。
 もしアメリカ人がアラビア語を話せていたら、多くのことが違っていただろう。しかし「かもしれない」ばかり考えるのはやめよう。わたしたちに必要なのは、アメリカと世界で、アラビア語を学び、教えていくことだ。
 もしテロとの戦いについて語らなければならないなら、それが文化的な誤解および生身の人々とのリアルタイムなコミュニケーションの欠落との戦いであることを考えよう。すべての文化間での交流には多くの価値がある。相互理解が未来の戦争を抑止するかもしれないのだ。
(下線引用者)


 繰り返しますが、わたしはここで語られているような「希望」を信じていません。
 また、サウジアラビアの権力が大衆の「自覚」を恐れ、自由を制限していたとしても(これはおそらく事実でしょう)、それは単にサウジの権力が「古い」「洗練されていない」というだけの話です。
 toledさんが「逃げよ。しかし逃げながら武器をつかめ」という素晴らしいエントリで、これについてのジジェクの恐ろしくわかりやすい箇所を引用してくれていますので、そのまま孫引きしておきます2

日曜の午後、(子どもが)祖母を訪ねなければならないとしよう。古き良き全体主義的な父は言うだろう。
「聞きなさい。お前がどう思おうが知ったことではない。お前は行って行儀良くしていなければならないのだ。」
これならば良い。抵抗することもできるし、何も損なわれはしない。
しかし、いわゆる寛容でポストモダン的な父だとしたら、彼が言うのは次のようなことだ。
「お婆ちゃんがどれだけ君のことを愛しているかということはわかっているね。けれども、お婆ちゃんのところに行くべきなのは、君が本当にそうしたい場合だけなんだよ。」
さて、バカではない子どもは(そうだ彼らはバカではない)、この自由選択の外観は、ずっと強力な命令を隠匿しているということを知っている。つまり、祖母のもとに行かなければならないだけではなく、そうすることを好まなければならないということだ。

 サウジ人民が「啓蒙」されたとしても、結局訪れるのは、わたしたちが経験しているような「自由の強制」でしかありません。泥臭い父とオシャレな父が戦っているだけですし、パンチにパンチで返せるだけ、泥臭い父の方がマシなくらいです。
 ですから、この語らいにある「ような」ことをしゃあしゃあと抜かすリベラルこそ、一番最初に血祭りにあげなければなりません。

 それでも、彼本人については、何か心に残るものがある。なぜでしょう。
 星一徹とダンディー・パパが異種格闘技戦を演じているだけなら、外部はありません。そう、まさに「逃げながら武器をつかめ」です。
 それ自体で正しい選択など存在しない。脱出経路も逃げ場もない。
 逃げ場がないからこそ、「逃げる」、つまり走りながら銃を撃たなければなりません。
 「逃げろったって逃げる場所なんかないよ」。
 その通り。で、逃げ場を用意してあげないと逃げることもできないの? なら死になさい3
 逃げ場があるから逃げるのではありません。逃げ場がない時こそ、逃げなければならないのです。
 その闘争=逃走に保証された目的地がない以上、重要なのはとにかく予想も付かない方向に動くことであって、他人の逃げた跡や「非常口」の矢印に従ってしまった時点で、ますます罠にはまっていきます。
 だから「ような」ものは撃たなければなりません。闘争=逃走は常に単独的です。
 翻せば、「ような」以前にあった逃走者である時、人は唯一彼または彼女の戦争を闘っています。「以前」は「以後」からのみ発見されるものであり、どこにも「オリジナル」はありません。ですから、重要なのは発見であり、移動です。
 わたしから見てこのテクストが引っかかったのは、多分彼とわたしの「角度」によるものなのでしょう。「発見」のタイミング、アラブ・アメリカ・日本という距離、そうした偶然が重なっただけ、とも言えます4。アラブというよりはむしろ、アメリカというものについて、ハッとさせる部分があったのでしょう。

 彼はちゃんと喧嘩してきています。
 喧嘩した挙句、「喧嘩すれば喧嘩しないで済むかもしれない」と無茶苦茶なことを言っているのです。「権力の戦争と個人の喧嘩は違う」などというお上品な定型句は、「名も無く貧しい」権力たるリベラルによる、自らの権力を透明化するためのトリックに過ぎません。
 喧嘩の結果、仲良くなれずに殺し合いになることもあるかもしれない。時には戦争になるかもしれない。だとしたら、戦争すれば良いでしょう。殺しなさい殺しなさい。
 重要なのは、勝手に喧嘩することです。喧嘩は先手必勝です。喧嘩したくないなら、喧嘩を売られる前に売りに行くしかありません。逃げ場もないのに逃げ出した時点で、既に喧嘩上等です。
 その喧嘩、闇雲に走って放った弾丸だけが、わたしの戦争です。

 穴を掘りたくないので、わたしは戦争が嫌いだ5。だから不当にも、お前をぶっ殺す。
 あとアラビア語の勉強も大好きだ!

  1. 言い訳ですが、仕事中にこっそり訳したので(笑)、かなり「超訳」です。スイマセン。 []
  2.  びっくりしたのですが、コレ、ラカンの『テレヴィジオン』の映像じゃないですか。大昔に冒頭部分だけ上映されたのを見ました。一章は暗記していました(笑)。さすがジジェク、物持ちがイイ。
     それにしても、CNNのキャスターに紹介されると、ジジェクもラカンもものすごい安っぽくなりますね。さすがアメリカ。「サイコェァナリィィズ」じゃねぇよ、この田舎モンが! っとにもぅ・・・。 []
  3.  ファシストは豚が土管に嵌っているのを喜ばなければならない。豚の収穫が多ければ多いほど、リベラルどもは豚肉に夢中になって、我々の闘争=逃走は容易になる。 []
  4.  その「タイミング」には、わたしが仕事中にこっそりこんなサイトを見ている、という点も含まれます(笑)。 []
  5.  戦争とは穴掘りなり。「『誇りを持って戦争から逃げろ! 』 中山 治」参照。 []