『イスラム世界論―トリックスターとしての神 』 加藤博


『イスラム世界論―トリックスターとしての神 (東洋叢書)』 加藤博 『イスラム世界論―トリックスターとしての神 』 加藤博

 「宗教」としてのイスラームより、イスラーム法と経済、イスラーム世界の社会システムについて論じた書。
 サイード批判など、全体的にユニークでスリリングな論調なのですが、特に印象的だったのは、カール・ポランニーによる三つの経済統合形式「互酬」「再分配」「交換」を用いて、イスラーム経済を分析する下り。
 このポランニーの枠組みは、柄谷行人氏も好んで援用しており、「『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』 柄谷行人」で簡単にまとめてあります。
 大雑把に言うと、互酬とは、贈与と返礼による共同体内的経済形式。略取と再分配は共同体間で発生し、国家・帝国的経済形式。交換とは、広義の資本主義的な市場交換を指します。
 加藤博氏は、イスラームを「交換を支配的な経済統合形態とする社会」とします。

より正確には、イスラム社会は、「互酬」、「再分配」機能をも交換を介して初めて実現されるような社会であったというものである。

 この論を展開するにあたり、氏はワクフを例に挙げます。

 ワクフとは、「停止」「凍結」を意味し、イスラームの宗教的義務の一つザカート(喜捨)に基く寄進行為のことです。ワクフは、単に財産を寄付することではなく、財産の所有権の行使を「停止」し、そこからあがる収益を慈善のために充てることです。例えば土地がワクフとして差し出されると、そこからあがる収益が公共のために使われます。容易に想像がつくように、この制度はイスラーム世界の社会資本の整備に大きな役割を果たしてきました。

 ワクフはまず何よりも、イスラム教徒が宗教的精神の発露によってなす喜捨の行為であった。したがって、それは典型的な「互酬」による行為であるとともに、すでに指摘したように、社会資本の形成と所得の再分配のためのチャンネルとして機能した。(・・・)
 ところが、この二つの機能が発揮されるためには、そもそもワクフが運営される必要があるが、この運用は「交換」からあがる収益をもってなされた。すなわち、ワクフは、賃貸借、つまり「交換」によって収益を生むことがあがることが期待されるワクフ物件と、公共的な目的をもつワクフ施設の二つの要素からなるが、ワクフの運営とは、ワクフ物件からの収益を慈善目的のためにワクフ施設の建設・維持・運営のために充てることを意味したのである。
 そのため、ワクフとは、極言するならば、「交換」を前提とし、「互酬」を目的とした土地神託であり、その運営のパフォーマンスとして「再分配」機能を果たした制度ということになる。

 本書ではさらに、ワクフ制度が国家の経済政策の中で果たした役割について、具体的な研究事例をひいて詳解されていきます。

 イスラーム世界の法経済システムに関心のある方には、お勧めできる一冊です。