わたしが原理主義者です


 『イスラーム主義とは何か』で大塚和夫氏も指摘する通り、「イスラーム原理主義」という言葉には予め否定的な含意が織り込まれています(※1)。今日、この語は「テロ」「狂信」「反社会的」といった連想を作動させることを暗黙の前提として用いられており、公平な語と言えないのは改めて指定するまでもありません。
 また、「原理主義」は本来キリスト教ファンダメンタリズムを意味する訳語でしたが、同じく大塚氏が言うように、「原理」抜きの宗教など考えられません。氏は多神教的日本文化に対するエスノセントリックなバイアスを指摘しますが、英語圏においてもFundamentalismには否定的ニュアンスで用いられるもので、一般にFundamentalistを自称する人はいません(※2)。ですから「一神教 – 多神教」といった図式ではなく、むしろ「宗教性 – 世俗性」という枠組みで捉える方がわかりやすいはずです。そして極めて聖俗一致性の高いイスラームにこの語が適用されると、そのまま「俗」の全否定と受け取られ、より一層「俗」の嫌悪感を煽るわけです。
 もちろん、「聖俗分離 > 政教分離」という枠組み自体が特殊西洋近代的である、という視点はストンと抜け落ち、この枠組みの中で「文化としての宗教」として受け入れよう、という姿勢自体がエスノセントリックである、という内省を抱けるアメリカ人など(多分日本人も)はほとんどいないでしょう。

 こうした状況に対し、「イスラーム原理主義Islamic fundamentalism」を用いず「イスラーム主義Islamism」を分析する、という大塚氏の姿勢はもっともですし、現実に存在するIslamismを少しでも公平に人類学的視点から考察するには、最も常識的な選択でしょう。
 しかし、ここで考えたいのは、実際のイスラーム主義ではなく、むしろ「原理主義」の語自体、言わば「イスラーム原理主義」にあって「イスラーム主義」にないものです。つまり「暗黙の否定的含意」そのもの、Fundamentalなものに対するヒステリックな反応、「原理」への恐怖と、これにより防衛されているものです。


 「原理主義者」の「頑なさ」に対する排除、「共存する気のない者とは共存できない」という一見もっともらしいリベラルの言い分が、基体としての「共存ベース」(「文化としての宗教」・・・)を暗黙のうちに(おそらくは意識されることもなく)強制する言説であることは、改めて指摘するまでもありません。「寛容さと共存の何が問題なのか」でも触れたことです。
 例えばもし、「文化としての宗教」などとしてうっかり「受け入られ」てしまえば、ムスリマのヒジャーブは単なる「民族衣装」になってしまい、彼女が求めた宗教的アイデンティティの拠り所ではなくなってしまいます。これはジジェクが『人権と国家』で挙げている例の援用ですが、該当箇所には次の下りが続いています。

選択とは常に、メタ選択である。(・・・)実質的に選択をしているのは、ヴェール着用を選ばない女性だけなのだ。こうした理由から、宗教への本質的帰属意識を持ち続けている人々は、選択を主眼とする我々の世俗社会において、従属的な立場に置かれている。たとえ自分の信条を曲げずに済んでも、その信条は特異な個人的選択・意見として< 許容>されているにすぎない。自分の認識に沿って、信条を本質的な帰属意識として公的に提示するや否や、その< 原理主義>を非難されてしまうのだ。(下線引用者)

 「原理主義」とは、正にこうした局面で用いられる語ですが、その働きは単なる「レッテル貼り」に留まるものではありません。

いわずもがなであるが、われわれは原理主義者の過剰な同一化が、イコール「反資本主義的」であると述べているわけでは決してない。重要な点は、こうした「パラノイア的」な過剰同一化の現代的形式は、まさしく資本の普遍主義に内属する反転、反動であるということである。資本の論理が普遍的になればなるほど、それに対立するものは「不合理な原理主義者」の諸特徴を身に帯びるようになる。
(下線は翻訳における傍点 『否定的なもののもとへの滞留』スラヴォイ・ジジェク

 つまり、症候としてのユダヤ人が「ヨーロッパ的なるもの」に「必須の外部」であるように、「原理主義者」もまた資本の原理に「内属する外部」だということです。この悪循環への対抗として、リベラル・デモクラシーが無効であるのは、ジジェクの語る通りです。

(リベラル・デモクラシーの「開放性」は)、「中立的」であるかのように見えるリベラル・デモクラシー的枠組みが、なにゆえ必然的に自分自身の内部からナショナリズム的「閉鎖性」を生み出すのかという点を説明できないからである。

 とはいえ、文字通りの「伝統右翼」的ナショナリズムに安閑できるかと言えば、もちろんこれも違います。「古き良きネイション」を夢想する新保守主義的態度は、「開放的」リベラルと『トムとジュリー』的関係を演じるだけであり、むしろリベラルを涵養してしまう危険すら秘めています(個人的には、素朴なナショナリストにはまだいくらか共感を抱きますが)。
 そして重要なことに、わたし個人、そしておそらくはこうしたテクストに目を通すであろう人々は、既に十分に「保守的」ではありません。その場所を一度相対化してしまった者は、「善良なる保守主義者・伝統主義者」などという安い椅子に戻ることは許されないのです。

 加えて、ジジェクらが構想するらしいラディカル・デモクラシー的態度についても、いささか疑問の余地があります。「ラディカル・デモクラシーと「ただの民主主義」」でも触れたことですが、< 現実的なもの>の介入を「期待」するような「システム」には、自家撞着的な響きを感じずにはいられません。もし成り立つとしても、「反-制度的 制度」としての< 運動>という、極めて精緻なバランスのとれた場所でしかあり得ないでしょう。
 ジジェクは「原理主義者」のレッテルに対抗する唯一の(暴力的)手段として、「然り、その通りである」と一回すべて呑んでしまう、ということを提唱しています。ここには、「原理主義者」の誹りをもって思考を閉じ、「内部」の清浄さを保とうというPC的リベラルを唖然とさせる効果があります。この返答においてこそ、彼らは自身の作り出した「原理主義者」と向き合わされるのです。

 今、考えているのは、むしろ言われる前から「原理主義者」を名乗ってしまうことです。
 「わたし(ウワサの)原理主義者です」。
 いっそのこと、ブランデーグラスを片手に「イスラム原理主義者」を名乗りたいです。「お前なんか、原理主義者の風上にもおけない!」とツッコませるくらいの厚顔を差し向けるのです。

 大分前に、「意味の意味」というテクストを綴りました。今読むと恥ずかしくて顔から火が出そうですが、この時わたしを突き動かしていたのは「狂信を信仰から分かつものは何か」という問いでした。もっと言えば「わたしは信仰者なのか、それとも狂信者なのか」という問いです。
 「良き信仰者」には、「十分には信じない」ことが求められます。
 大文字の他者を介在させつつ、その「不在」を(言外に)認める、という、二重の去勢構造です。
 そして、うまく「良き信仰者」という世俗的不信心に落ち着けなかった者は、何度も象徴的水準への懐疑へと立ち戻り、介入と撤退を繰り返します。神様が出たり入ったりするのです。
 しかし、「世俗的信仰者」へのなり損ないに拘泥することも、また典型的に吝嗇な肛門的撞着にすぎません。「わたしは信仰者なのか、それとも狂信者なのか」とただ問うことは、「わたしは生きているのか、死んでいるのか」を繰り返すことで決定から身を守ることと変わりありません。
 今ならわたしは、はっきりとこう答えます。
 「わたしは狂信者です」。
 この言明はもちろん、明白な矛盾を含んでいますが、言表がもたらすパフォーマティヴな効果もすべて込みで(しかしもちろん、計算し尽くすことなど到底できないまま)、「わたし(ウワサの)狂信者」と名乗りたいのです。

 かつて上九一色村のオウムの施設に権力が突入した際、当時の先輩がこんな立て看板を作成しました。

「警察よ、オウムはやっていない。やったのはオレだ」。

 後にも先にも、こんなカッコイイ立て看板を見たことがありません。

※1
 「『イスラーム主義とは何か』大塚和夫」参照。

※2
 しかし、単にFundamentalismと言う時、日本のようにイスラームが連想されるかは不明。おそらく依然、一部プロテスタント福音派のFundamentalistが最初に連想されるのでは、と思いますが、こちらの文脈ではむしろ「根本主義」の訳語が使われるようになってきているのが、実に意味深です。
 ちなみに、キリスト教原理主義については『アメリカの原理主義』河野博子を是非参照してやって下さい。

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