『フランコ スペイン現代史の迷路』 色摩力夫


『フランコ スペイン現代史の迷路 (中公叢書)』 色摩力夫 『フランコ スペイン現代史の迷路』 色摩力夫

 先日「スペインがフランコ時代の暗部と向き合う」といったニュースを目にしたことが、きっかけでした。
 ニュースそのものの内容は見ることができなかったのですが、フランコが「歴史の暗部」とまで言われていることが意外だったのです。
 フランコは確かに「独裁者」ではありましたが、第二次世界大戦でもノラリクラリと中立を貫き、戦後三十年にわたって政権の座に留まり天寿を全うし、「後継者」まで用意した希有な人物です。政治家というのは結果がすべてなわけですし、そもそも「民主的」な政治指導者なら良い指導者というわけではありません。今更人民戦線よりの左派バイアスでもないでしょうが、「独裁者」というだけでヒステリックな反応を起こすのが無気味でした。
 とはいえ、スペイン内戦とフランコ政権について、十分な知識があるわけでもありません。
 筆者は冒頭で以下九つの「神話」を挙げ、いずれも虚偽もしくは部分的事実にすぎない、として退けるのですが、わたしの認識も「神話」と大差ないものでした。

1 スペイン内戦は、フランコがモロッコ駐屯軍を率いて決起し、スペイン本土各地の軍隊がこれに呼応してはじまったものである
 >フランコは反政府クーデターの謀議グループにも参加していない

2 スペイン内戦は、ファッショ諸国の「陰謀」によるものである。いや、それは、国際共産主義の「陰謀」である
 >両陣営の政治的宣伝。ただし、当時上層部に至るまでそうした思い込みが強かった、とのこと。
 つまり宣伝がうまく機能した、ということですが、戦争と「大義」ファンタジーは切っても切れないと同時に、ファンタジーにすぎないと言ってしまえばそれまでですから、思い込んでいるならそれが「大義」とも言えます。

3 スペイン内戦は、第二次大戦の「前哨戦」である。
 >両者の動因はまったく異なる。ただし、政治的思惑からそうした了解が助長された。

4 スペイン内戦は、共和国打倒をはかる「軍部」の陰謀にたいする「人民」の組織的抵抗だった
 >クーデターにより軍部はほぼ半分に割れており、「人民」側も無政府主義者と共和主義者、その他諸派の分裂があった。「軍部vs人民」は単純化しすぎである

5 スペイン内戦は、反乱軍の「ファランヘ党」と共和国側の「共産党」の抗争だった
 >内戦勃発時は、ファランヘ党も共産党もミニ政党にすぎなかった。ファランヘ党はその後フランコの政治基盤として利用されたが、共産党は単独での政権掌握にも至っていない

6 共和国政府側が勝てなかったのは、ファッショ諸国の「軍事援助」がソ連のそれを大幅に上回ったからである
 >両者の援助はほぼ拮抗しており、圧倒的な差異があった、ということはない

7 「国際旅団」は、主として民主主義諸国から参加したリベラルな「知識人」の集団である
 >国際旅団の大多数は労働者であり、85%が共産党員

8 カトリック教会は、陰謀の段階から反乱側をひそかに支援していた
 >上級聖職者が事前関与していた事実はない。内戦勃発後は反乱側につくが、バスク地方等では下級聖職者が共和国側についている

9 反乱側は、しばしば国際法を蹂躙する非人道的な戦闘行為を行った。ゲルニカ爆撃はその典型例である
 >当時の国際法の戦時法規は内乱には適用されず、内乱条項は未成立。道義的問題はあったかもしれないが、反乱側・ゲルニカ爆撃が突出していたことはない。ただし、事実関係そのものを否定するなど、反乱側の対応には多くの問題があった

 特にファランへ党とフランコの関係を一体のように考えていたのは、大きな誤認でした。ファシスタ党とムッソリーニとは大きく異なります。良くも悪くも、フランコの政治が「ファシズム」と言えるのかは疑問です。尤も、「ファシズム」という語自体に鵺のようなところがあるので、戦勝国がそう宣告すれば何とでも言えてしまうのでしょうけれど・・・。
 ただ、これらの「神話」が解体されていく本編の内容は、血沸き肉踊るようなものではありません。「面白くもおかしくもない秀才」とは言いえて妙で、歴史ファンでない人間にとっては、正直退屈です。
 フランコよりも、その「後継者」として帝王学教育を受けながら、即位後は立憲君主制に移行、スペイン民主化の道を開いたフアン・カルロス1世に魅了されてしまいました。最近もベネズエラのチャベス大統領を「黙れ」と一括して話題になりましたが、実にオトコマエな王様です。タイのプミポン国王の向こうを張れるかっこよさです(笑)。

 なお、同じ中公叢書の『ムッソリーニ―一イタリア人の物語』についても、エントリを立てています。「読み物」としてはこちらの方が断然面白いです。著者の筆力ではなく、単にムッソリーニの方がドラマティック人生を送った、という違いに拠るものですが。