イスラーム人生相談所 ちょっとイイ話


『現代アラブ・ムスリム世界―地中海とサハラのはざまで』 大塚和夫 『現代アラブ・ムスリム世界―地中海とサハラのはざまで』 大塚和夫

 「『イスラーム主義とは何か』大塚和夫」「都市生活者は唯一神と移動する」等で触れさせて頂いた大塚和夫氏編によるムスリム社会の文化人類学的調査報告・論文集。「アラブ・ムスリム世界」とありますが、対象は主に北アフリカのエジプト、モロッコ、チュニジアです。
 北アフリカという地域は、ヨーロッパのコンテクストでは明確な地位を備えているものの、日本人にとってはあまりはっきりと分節化されていないことが多いでしょう。日本で「アフリカ」と言うと、サハラ以南のアフリカが連想され、北アフリカについてもその延長でイメージされてしまう傾向があります。しかし北アフリカは、むしろ中東や南ヨーロッパとの結びつきが強い「地中海文化圏」であり、また最大のアラビア語話者人口を抱えるエジプトを擁するイスラーム文化の一大中心地域でもあります。
 本書はその北アフリカのムスリム社会における、細かな日常を垣間見られるエピソードが沢山収められていて、単純に読み物として読んでも面白いです。特に良かったのが、エジプトはアズハル・モスクのファトワー委員会の様子を伝える小杉泰氏による「イスラーム人生相談所」。


 ファトワーとは「裁定」であり、つまり相談に訪れた人に対しイスラーム法的観点から答えを出すのがファトワー委員会です。
 「イスラーム法による裁定」というと大仰で、実際、権威ある機関ではあるのですが、現在のエジプトは近代法治国家であり、ファトワー委員会の裁定に法的拘束力はありません。とすると、特別に信仰熱心な人が訪れているのかというとそうではなく、極一般の庶民が日常の悩みや法的相談を持ちかけてくるそうです。特に多いのが離婚に関するもの(イスラーム法では、結婚の敷居が高い割に、離婚は簡単にできる)。その中で紹介されていたエピソードに、とても微笑ましいものがありました。

問い「妻と以前いさかいをしました。その際に、『アッラーにかけて、今度二度とこんなことを行ったら、そのときは離婚するぞ』と言ってしまいました。今回、彼女がそれをしたので怒っているのですが、これで離婚が成立しているのでしょうか」
答え「男性が離婚を宣言するときに、どのような言葉で宣言すれば離婚が成立するのかという質問は多い。たとえば、『貴女は離婚された(アンティ・ターリク)』と妻に言っても、離婚宣言は成立する。しかし、あなたの場合、離婚すると誓ったが、誓いは実行していない。したがって、離婚はなされていない」
質問者「安心しました。ありがとうございます」
法学者「まだ、話は終わっていない。あなたは『アッラーにかけて』と誓いの言葉を口にしながら、その誓いを実行しなかったのだから、『虚偽の誓い』の罪を犯したことになる。そのカッファーラ(償い)が必要である。それは三日間の断食または十人(の貧者)に食事を供することである」

 相談者の男性が、困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべながら小走りで帰宅する姿が、目に浮かぶようです。
 見知らぬムスリムの彼が、ニヤニヤしながら償いを実行し、奥様とまた仲良くなれますように。

 ついでにもう一つ。

問い「混雑しているバスで、キリスト教徒の老人を見かけたとき、座席を譲るべきでしょうか」
答え「イスラーム法上、ジャーイズ(可)である。人間同士なのだから、譲ればよいではないか」

 イイです。
 ファトワー、わたしにも下して欲しいです。色々相談したいです。転職のこととか