藤田一道、「例外」、空へ帰るゴミ


 先日ストリート・アーティストの藤田一道さんのことを書きましたが、いきなり購入したディスク『違う』収録の「例外」という曲がすごく気に入っています。
 例外というと、throwしたりcatchしたりする方ばかり考えてしまいますが、ラブソングらしくないこのタイトル、そして歌詞が素晴らしい。「例外」という冷たい言葉の選び方、そこへの向かってジワジワ上り詰めていく展開、一瞬だけ裏返る声、セクシーです。
 海の向こうの千年前の詩を七転八倒しながら読む割に、日本語の歌の歌詞をあまり聴かない、というか日本語の歌自体ほとんど聴かないのですが、この歌詞は興味深いです。

優越感も薄れてきた頃
気がついたあなたの浮気性
八方美人を地で行く人ね
悪びれる素振りも見せずに
(・・・)
教えて私は
あなたの 恋人でしょう

 誰にでも優しい彼氏に対し、彼女が自分の位置づけ、存在を問いかけます。「あなたにとってわたしは何か」を問いかける歌です。
 彼女は最初「恋人」という言葉を選びますが、飽き足りません。「わたしにとってあなたは『恋人』、あなたにとってわたしは『恋人』」。当たり前です。この言明は正しいですが、彼女が求めているのはそうした「客観的な正しさ」ではないのです。ですから、ここでの「あなた」は、「わたし」と「あなた」と「それ以外」によって構成される世界全体の中の「あなた」ではありません。「それ以外」から見て妥当な回答が彼女を満たさないのは、「あなた」が「それ以外」を容れる余地のない全体性だからです(「あなたがすべて♪」)。
 次に彼女は「特別」という言葉を選びますが、それでも満足しません。フェラーリは「特別」な車かもしれませんが、車は他にも沢山あって、その中の「特別」に過ぎません。「特別」などという形で「それ以外」にもわかるような印を、求めているのではないのです。むしろ「客観的」な認識を拒み、そうでありながら「誰が見ても明らかな」印が欲しいのです。
 もちろん、そんなものを言葉に表すのは不可能です。ここでの彼氏は世界の全体性ですから、この問いは「世界にとってわたしとは何か」と言い換えられます。この「世界」は、「わたし」自身を含む全体です。単に「みんなの意見」ではありません。一票入れる方に自分も回るなら、評価対象としての「わたし」は一回オフにしないといけません。オフにしてしまったら、今度は投票結果がわかりません。でも、「全体」の答えを得るには、一瞬でもオフにしないわけにはいきません。つまり、自分自身をオフ=物質にして、賭けてしまう必要があるのです。
 この歌の中で、彼女が見つけた答え、つまり「何でもないもの」は、「例外」という言葉です。

 例外とは何でしょうか。
 「その他」です。解釈格子により世界を把握する理性があり、これによりカテゴリという象徴化された世界が生まれるわけですが、カテゴリは常にカテゴライズできないものがあるから成り立ちます。「その他」という項目を作っておかないと、カテゴライズは必ず失敗します。
 学生の時、ものすごい部屋が汚い友人がいました(男)。汚いとか何とか言う以前に、もう部屋の床が見えないのです。正にカオス。脱ぎ散らかした服も食べ散らかしたコンビニ袋も、ぐっちゃぐちゃです。
 その彼が、引越して「今度こそ部屋をキレイにしよう」と決意し、最初に買ったのがゴミ箱です。大変賢明な判断です。
 ゴミというのは、まぁ要らないものなわけですが、言ってみれば「その他」です。象徴化で零れ落ちるものです。そういう「その他」の場があるからこそ、秩序ある世界は括り出されるのです。多くの古代都市がゴミと糞便の処理に窮して滅んだ、という話がありますが、「その他」があって初めて秩序が成り立つのです。
 ゴミ箱には「例外」がスローされます。リサイクル施設で一度キャッチされて、そこでもどうにもならないとまたthrowされて、最後にはアプリケーションが落ちます1
 話がズレますが、この例外が「上に」投げられる感じというのは、とてもワクワクします。開発者以外には何がなんだかわからない話で恐縮なのですが、大抵の開発現場では、自分の担当分野というのは全体の極一部であって、末端の画面など作っていると、投げた例外がどこでどう処理されているものやら(処理されていないかも)、さっぱり知らなかったりします。分からないものは「上」に投げます。ゴミは大抵「下」に捨てるものですが、例外は「上」に登っていきます。焼却炉からまっすぐ空に上る細い煙のようで、とても美しい。あぁ、最後には空に帰っていくのね、わたしの要らないもの、わたしより下だと思っていたものは、それを下だと思うことでかろうじて成り立っている世知辛いこの世界の、ずっと上の白いお空に帰っていくのね。
 キリスト教では逝去を「帰天」と言いますが、焼却炉の煙も火葬場の煙も、細く細く空に帰っていきます。例外というのは、そういう「モノ」になってしまうことです。
 「その他」に放り込まれるというのは、理性の中での「ヒト」として了解されないことですから、ヒトデナシになってしまってちょっと不安です。不安だけれど、ヒトの世界は須らく象徴化されていて、象徴化されているということは把握されているすべては抽象・カテゴリーにすぎないわけで、カテゴリー名称「彼女」であれば、実体は別に「わたし」じゃなくても構わないわけです。どんどんカテゴリーを狭くしていっても、象徴世界の中に代替不可能なものはありません。なぜなら、名指されるすべては、ただの箱にすぎないのですから。
 箱ではない、わたしはわたしなんだ、例えようもなく単独的で代替不可能な個物なのだ、という極限を示すには、自らゴミ箱に飛び込むしかありません。「特別」なカテゴリではなく、むしろ「その他」。分類不能。よって破棄。
 あぁ彼が、今こそかけがえのないわたし、代わりがいなさすぎてゴミ同然になってしまったわたしを、抱きしめてくれている。もしかすると、抱かれすらしないかもしれない。ゴミなのだから、むしろ抱かれず捨てられる方が普通かもしれない。その時、わたしはもうわたしですらなく、ようやく「見えないわたし」を見つけた彼を遠く眺めながら、去り行くゴミ収集車に揺られて、ドナドナの子牛のように遠い場所に帰っていくのです。

 恋愛というのは、ヒトをモノにしてしまう、モノになることで成り立つとても危険な賭けです。女の子を口説き落とすことを「モノにする」とか言いますが、イロコイの本質を言い当てています。
 一方、物事に熟練することも「モノになる」等と言いますが、カナヅチとかカンナとか、モノみたいになってしまったところで期せずして「わたし」が実現してしまう、という絶対矛盾がここにあります。
 神様というのは、わたしたちすべてをモノにしてしまう存在のことです。それが一者であるのは、「特別」ではなく、すべてが「例外」であり、具象のままに静的に世界が凍結してしまうことを示しています。タウヒード2というのはそういうことなのではないか、とわたしは感じてします。だから神様は願い事をするものではありません。すべてが例外である、という、ヒトとしてあり得ない世界でありながら、ヒトとしての世界を支えている「地」に対し、ただ五体を投じ、地に伏して感謝を捧げるものです。あぁ、世界がある。一瞬一瞬時が過ぎ、心臓が脈打ち、すべてがナイアガラの滝のようにゆっくりと速く重く流れていく。そういう全体を、毎日実感していたら身が持たないわけですが、全然実感できなくなるとわたしが何で生きていることが何なのか、突然分からなくなります。神様というのは、例外を忘れて暮らすために、例外を保証している者であり、圧倒的例外としてひれ伏すしかないものなのです。

 例に拠って神様の話をしてしまって、「また始まったよ」とウザがられていることでしょうね。ええ、ウザいですとも。日頃エジプト人やアルジェリア人の宗教野郎に説教されてうんざりしていますから、ウザい神様を世界に向かって投げ返してやります。どんどんスローです。神様だけに、絶対キャッチされずに空に帰ると思います。

 藤田一道さんは、ボーシ姿よりいくつかの動画で見せている髭&スネ毛のヤロウっぽい風情の方が個人的に好きなのですが(ちなみに髭フェチ)、こういう人が一人称女性の歌を歌っているのもいいですね。
 いくつか動画もポストされていますが、どれも今ひとつ。この曲についてはレコーディングの方が雰囲気があります。まぁ、路上でパッと撮った動画では仕方ないですが。代わりに「微笑女」を貼っておきます。

 新宿駅の他、池袋西口でもやっているらしいので、見かけたら生演奏を楽しんで『違う』を購入されることをオススメします。1,000円です。

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  1. Wikipediaによると、「例外処理とは、プログラムがある処理を実行している途中で、なんらかの異常が発生した場合に、現在の処理を中断(中止)して、別の処理を行うこと。その際に発生した異常のことを例外と呼ぶ」とのことです。厳密には違いますが、「エラー」だと思ったらわかりやすいです。身長を表す数値が入ってくるはずのところに-1という値が来たりすると、「これはとんでもないことだ」となって、「例外」が発生します。身長と体重を入力してBMIを算出する関数だとすれば、BMIの代わりに「例外」というものが飛んでいく、と思って下さい。一般に例外を発生させることを「投げる」といい、投げられた例外は上位の処理に戻っていき、「キャッチ」されたり、されないままアプリケーションが終了してしまったりします。 []
  2. イスラームにおける「一化の原理」 []