イスラームは「砂の思想」なのか


 クルアーンを読んでいて目についたポイントの一つに、ベドウィン(アラブの遊牧民)の扱いがあります。
 クルアーンでは何度か、ベドウィンについて今日的に言えば「差別的」表現が表れ、「信用ならない者」として記述されています。
 わたしたちはイスラームというと「アラブ、砂の民」を連想してしまいますが、ムハンマド自身はマッカの商人であり、都市生活者です。そしてイスラームはベドウィンの部族的信仰の否定として始まったのであり、安易に「イスラーム=砂の思想」と位置づけることのできない複雑な背景がここにあります。
 クルアーン翻訳者の井筒俊彦さんも、『イスラーム文化 その根柢にあるもの』(※1)で次のように仰っています。

砂漠的人間とは、具体的にはひとつの場所に定住せず、広漠たる砂漠をたえず移動しながら遊牧生活を送るいわゆるベドウィンのことでありますが、イスラームを興した預言者ムハンマドは(・・・)、決していま申しましたような意味での砂漠的人間ではなかったのであります。彼は商人でした。マッカとマディーナ(*)という当時のアラビアとしては第一級の国際的商業都市の商人であり、商人としての才知をいろいろな局面で縦横に発揮した人間であります。(・・・)同じアラビア人といいましても、砂漠の遊牧民と都市の商人とでは、メンタリティーも、生活感情も、生活原理もまるで違います。砂漠的人間であるどころか、預言者ムハンマドはまさに砂漠的人間のいちばん大切にしていたもの、砂漠的人間観の価値体系そのものに真正面から衝突し、対抗し、それとの激しい闘争によってイスラームという宗教を築き上げたのであります。
(*最初「メッカとメディナ」という旧来の表現をしたあと、本来の発音に近いこちらに言い換えられているため、この表記とさせて頂きました)


 「文化と文明、サイボーグ・ファシズムと母の殺害」などで、「砂の民」という言い方をかなりイージーに使っていますが、ここには明白なオリエンタリズムがあり、幻想的期待があります(※2)。半ば意図してやっているところもありますが、文字通りの砂漠について同じ理解をしてしまわないよう、慎重になる必要があります。
 とはいえ、イスラームが「砂漠的人間」と無縁かと言えば、それも違います。

 確かにムハンマドは都市の商人であり、部族を第一とし伝統に埋没した遊牧民とは対峙する面がありました。親兄弟よりも神を重んじ、部族の奉る「神々」を否定するムハンマドですから、当然のことでしょう。しかし、例えば日本人が「非-砂漠的」であるように「非-砂漠的」であったわけではありません。多くの日本人は「非-砂漠的」でしょうが、砂漠との対比において、自らのアイデンティティを思考しているわけではありません。そもそも、「砂漠的」というオプションがフレームワークの中にないのです。
 イスラームはベドウィン的なるものと対立しますが、少なくともそこには対立軸があります。軸が描けるということは、何か共通の枠組みがある、とういことです。
 マッカもマディーナも砂漠に包囲された町です。オアシス都市に住むということは、「砂漠ではないもの」として都市を切り出すということです。ここでの都市は、砂漠の否定です。翻せば、砂漠があって初めてその陰画としての< 都市>が意識化できるのです。
 この< 都市>は、例えば東京が多くの地方出身者にとって「便利な生活の場」であっても「故郷」ではなく、疎外された空間と映るのと異なり、文字通りの不毛の砂漠に対する人間の必死の抵抗、最後の拠り所、「かけがえのないもの」です。
 こうした< 都市>イメージが、満州の砂漠に育った安部公房にもあったらしい、ということは「エリック・ホッファー、田舎暮らし幻想、「住めば都」」にも書きました。サイボーグ・ファシズムは「自然」を信じず、「国が敗れてもまだ山河はある」という母性的幻想を唾棄します。その表象として「砂の民」を謳っているわけですが、逆説的にも、その「故郷なき者の故郷」は、ムハンマドであれば「非-砂漠」なるものとして括りだしたはずの都市にあります。わたしたちにとっての都市は、帰るべき故郷あっての稼ぎ場ではなく、非-在性・移動性そのものであり、「今ここで」決着をつける場です。その背後に母なる田園などなく、都市という< 暫定性>自体が、一回性そのものなのです。

 ムハンマドは「砂漠的人間」ではなかったでしょうし、まして世界中に広まったイスラームを「砂漠の宗教」に還元できるわけもありません。
 しかしそれでもなお、わたしはイスラームにシンパシーを抱きますし、「砂漠的人間」との対比において自らを確立する過程に魅了されます。なぜなら、そこには砂漠のリアリティと都市の一回性が見事に表象されているからです。
 オアシス都市と東京は異なります。皮肉なことに、日本における東京は、田園に対する「東京砂漠」として表象されます。
 田舎者たちは「東京砂漠」の彼方に故郷を見るのかもしれませんが、サイボーグ・ファシストは人工性においてのみ自らが立つことを知っています。わたしたちが「砂の民」を謳うのは、ムハンマドが< 都市>の向こうを罵るように、幻想的「ルーツ」に慰撫される者たちを切断するためです。

 セム系一神教が一貫して伝えているのは、「イメージを断て!」という命令です。逆に言えば、それほどイメージは執拗なのです。ちょっと不安になれば、金の子牛でも作ってしまうのです。
 イメージは慰撫的で、何か物事のとっかかりを得ようとする時には便利なものです。わたしたちは、三角形という純粋に抽象的な概念でも、「三角形とは似ても似つかない」三次元の紙片に描かれた図像から獲得します。
 しかし同時に、イメージはわたしたちを地上に縛り付けます。演繹的飛躍を去勢し、やがてまどろみのような生活世界を世界のすべてにしてしまいます。
 今一度わたしたちは、神の命令を思い出さなければなりません。「イメージを断て!」。
 その向こうには、寸断された砂の大地と、孤立的< 都市>があります。非-リニアで、シナプス間隙をドーパミンが飛ぶように、ネットワークだけを命脈とする世界です。

※1
 三日間に渡る講演を元に纏められたもので、「イスラーム初心者」を対象にしながら、まるで隙のない名著です。興味深いのは、この講演の主催者が石坂記念財団という経団連関係の組織であることです。つまり、出席者のほとんどは財界人であり、社会人類学専攻の学生ではありません。奇しくもムハンマドと同じ「商人」たちを前に、イスラームを語る場面だったのです。

※2
 「砂の文明・石の文明・泥の文明」のそもそもの発案者である松本健一さんも、砂の文明についてはかなり大雑把なことしか言っていませんが、それは氏の主眼が泥の文明としての亜細亜・日本と、その石の文明との対比にあるからでしょう。「砂」に特別着眼しているのは、わたしの勝手な援用によるものです。

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