ニーチェの作り方


ニーチェの作り方(四人分)

1 ボールにニーチェ1袋を入れます。
2 次に、冷えた牛乳200ml(1カップ)を加えます。
3 手早くスプーンでとろりとするまでかき混ぜます。

※ご注意
冷えたニーチェで作ると固まりにくい場合がありますので、室温で保存して下さい。

※ニーチェが固まるのはなぜ?
ニーチェが固まるのは、りんごやみかんなどの果物に含まれるペクチン(ニーチェに含まれています)と牛乳中のカルシウムの働きによるものです。

※類似商品にご注意ください
本品に類似したフルーチェという商品がございます。お買い間違えのないようお気をつけ下さい。

 ニーチェに含まれているペクチンとは、植物や果物の細胞と細胞の間に含まれる多糖類の一種である。一般に、よく熟したものよりやや未熟な果物に多く、しかも酸味の多い果物の方に多く含まれている。 市販の「粉ペクチン」や添加物としての「ペクチン」は、柑橘類の果皮(主にレモン)やりんごから作られている。つまり、熟した食べごろのミカンよりは、青いミカンの方がよりペクチンを含んでいるということである。腐ったミカンではダメ。
 ニーチェは絶叫する。
「我々はミカンや機械をつくっているんじゃないんです。我々は毎日人間をつくっているんです。人間のふれあいの中で我々は生きているんです。たとえ世の中がどうあれ、教師が生徒を信じなかったら、教師はいったい何のために存在しているんですか。教師にできることは子どもを愛してやることなんです。子どもを信じてやること、信じきってやることなんです!」(『善悪の彼岸』林場浅定訳)
 そうは言うものの、ニーチェの中にも、未熟なミカンから得られたペクチンが含まれているのだ。だが正確には、ニーチェに含まれているのは果物から粉末ペクチンを精製する過程で人工的に作られたLMペクチンである。
 ペクチンは化学構造上の違いから2種類に分類される。メトキシル基の量の多いものは高メトキシル(HM)ペクチン、少ないものは低メトキシル(LM)ペクチンと呼ばれ、それぞれ違う性質を持っているのだ。ニーチェは負けない。
「お前は腐ったミカンじゃない!」
「いや、ていうか、僕、ミカンじゃないですけど……」
 走る、ニーチェ、不良の手を引いて。
 不良生徒をかくまう為に、屋上をバリケート封鎖したニーチェ。校舎は警官隊に抱囲され、上空をヘリコプターが飛び交う。周囲の高層建築には、狙撃手が配備される。機動隊の盾の陣から一歩踏み出し、初老の刑事が拡声器で投降を呼び掛ける。退路は断たれた。
 だが、ニーチェは諦めない。
 鯨の攻撃に備えて屋上の縁に備え付けられた捕鯨砲に駆け寄ると、付近のビルに向かって苴を発射した。苴の軌跡に従って、するするとロープが伸びていく。ビルの壁面に突き刺さった苴と屋上の間に、細い脱出ルートが張り渡された。
「今だ!」
 ニーチェは不良生徒に高飛び用の棒を握らせると、綱の上に立たせた。吸い込まれるような高さに、さすがの不良もしりごみする。ニーチェはそれをせきたてた。
「進め、足萎えめ! とっとと行け、怠け者、もぐりめ、青びょうたんめ!」
 進退極まった不良は、判断する余裕もないまま綱の上に踏み出した。しかしその足取りはおぼつかず、数歩も進まぬうちに小便を漏らしてただよろめくだけになってしまった。周囲がざわめき、警官隊がマットの用意を始める。
 人間は、動物と超人との間に張り渡された一本の綱なのだ。
 京都大学霊長類研究所では、チンパンジーの飼育環境を、高さ30mにも達するアフリカの森に少しでも近づけるため、高さ15mの3本の柱からなる「トリプルタワー」を建設した(平成10年7月30日竣工)。このような飼育環境で育ったチンパンジーは、野生と変わらない高い身体能力を備えている。しかも長期にわたる科学的訓練の結果、幼時や不良中学生に匹敵する程の知性も持っているのだ。
 その中でもよりすぐりの知能を備えたチンパンジー「アイ」は、研究員を観察することで、遂に檻の脱出法を見つけだした。ある晩、鍵を開けた「アイ」は、仲間のチンパンジーを連れて霊長類研究所を脱走した。
 森を抜け、街を走って「アイ」は進んだ。そして警官隊の包囲をする学校に辿り着くと、素早く苴の突き刺さったビルに駆け登り、ニーチェの待つ屋上に向かって二本足で綱を渡り始めた。その速度は、不良中学生のおよそ十五倍にも達する。揺れるロープ。震える不良。
 たちまち「アイ」は、棒を持ってフラフラするだけの不良の所までやって来た。そして不良まであと一歩という所で、すべての口を唖にし、すべての目を見はらせるような恐るべきことが起こった。サルのような叫び声をあげると、「アイ」は彼女の行く手をさまたげていた者を飛び越したのだ。
 だが良く考えると、チンパンジーがサルのような叫びを上げて綱の上でジャンプするくらいは、それほど恐ろしいことでもなかった。
 本当に信じられないことが起こったのはその後である。
 地上に激突する寸前の不良中学生が、空中で静止し、逆に上昇し始めたのだ。学校を包囲している警官隊から驚きの声が上がった。
 舞空術だ!
 再び屋上に降り立った不良中学生の髪は、ブリーチ三発で見事な金髪に脱色されていた。
「お、お前は!」
 「アイ」が驚きの声をあげる。
 ここで「三段の変化」について触れなければならない。一万年に一人と言われる特別な能力を持ったサイヤ人だけが、「超サイヤ人」に変身出来る。この時、一人称が「オラ」から「オレ」に変化する。更に訓練を重ねることで、「超サイヤ人」は「超サイヤ人2」になることが出来るのだ。
「お前だけは、お前だけは、絶対に許さねえ!!!」
 不良中学生の金髪が逆立ち、鋭い放電音が大気を切り裂いた。
「波あぁぁぁぁぁっ!!!」
 これこそ、いやこれのみが、復讐というものである。時間、および時間の「そうあった」に対する意志の反感、これが復讐の正体である。
 だが「アイ」も、このまま不良中学生の付け焼き刃の技に屈してしまう程、軟弱なチンパンではなかった。
 長い間檻に閉じ込められ、訳の分からない足し算やカードゲームの訓練を受け続けてきた「アイ」の心は、煮え立つような人間達への憎悪で満たされていた。
 「アイ」が脱走した際、霊長類研究所のスタッフは、彼女が鍵を開けられたことにはさほど驚かなかったという。彼女にそれだけの能力があることは察していたが、人間達との深い絆ゆえに逃げ出すことなどないと信じていたのだ。だが、真実は違っていた。「アイ」は人間を憎んでいたのだ。
 あなたは、あなたを見たものを許すことが出来なかった。最も醜い人間よ! あなたはこの目撃者に復讐したのだ!
 「アイ」は瞬間的に大猿へと変身し、不良中学生の放った気功波を弾き返した。軌道を変えられたエネルギ-弾は、そのままオ-ストラリア大陸を蒸発させた。
 折しもシドニーではパラリンピックが開催されていたが、スポーティな万国の障害者達も大陸と共に塵となった。
「ムダムダムダァァァ!!」
 体長およそ二十メートルの大猿となった「アイ」の体重に耐え切れず、轟音と共に校舎が崩壊した。粉塵の中で対峙する巨大「アイ」と空飛ぶ不良中学生。
 警官隊の多くが逃げる間もなく瓦礫の下敷になった。説得を試みていた初老の刑事は、運良く生き残ったが、余りの出来事に部下達に与える指示も忘れて腰を抜かしていた。
 刑事の名は後藤。この道二十余年のベテランである。
 今年受験を迎える高校三年生の娘、サッカーに夢中の高校一年生の息子、熱烈な恋愛の末に結ばれた最愛の妻、糖尿を患い田舎から呼び寄せた母の、五人三世代同居家族である。
 部下からも「オヤっさん」の名で親しまれる腕利きで、最近では商店街で日本刀を振り回して暴れていた覚醒剤中毒者を、自慢の逮捕術で無傷のまま逮捕し、署内での評判も格別である。
 そんな後藤刑事であるから、ちょっと強面のヤクザ者くらいで恐れをなすことはない。最近では寧ろ中学高校生の方が何をしでかすか分からない怖さがあるものだが、そんなイカれた子供相手にも怯むことなどない。
 しかし今度ばかりは違っていた。後藤が前にしているのは、凶悪犯罪者でもシャブ中のヤクザでもなく、未知の怪獣なのだ。これは既に警察の守備範囲ではない。自衛隊や科学特捜隊の受け持ちだ。
 後藤は恐怖し、混乱していた。だが不思議なことに、逃げようという気持ちは起こらなかった。
 市民の安全を守る警察官たるもの、例えかなわぬ相手であっても、せめて援軍の駆け付けるまで時間をかせがなくてはならない。後藤は正義感の強い警官だった。後藤の父も警察官だった。後藤の父は彼が幼少の頃、強盗と挌闘した際に刺され、その傷が元で死んだのだ。後藤の脳裏に幼き日に見た父の背中が蘇ってきた。父さん、俺を守ってくれ。今度ばかりは、この俺の運も尽きるかもしれない。良子、すまない。史哉、母さんを頼むぞ(それぞれ、妻、息子の名)。
 後藤は抜けた腰を気合いで入れると、立ち上がってパトカーに向けて走り出した。ほとんどの警官は既に退避した後で、残っているのは負傷者と死人だけだった。パトカーの運転席では、若い警官がフロントガラスを突き破ったコンクリート片に押しつぶされて死んでいた。後藤は警官の死体を押し退けると、ハリウッド映画のように残ったフロントガラスを拳銃の銃把で叩き割った。
 エンジンをかけると、後藤はパトカーを大猿に向けて走らせた。大猿の注意を自分に向けることで、これ以上の被害が街に及ぶのを防ごうとしたのだ。
 しかし大猿は中学生と睨み合ったままで、パトカーには気付いてすらいない様子だ。後藤はパトカーの回転灯をつけ、サイレンを鳴らしながら猿の足元をぐるぐると旋回した。
 勿論、謎の能力を秘めた中学生のことも忘れてはいない。浮遊する中学生の下も迂回し、彼の注目もひこうとした。
 その結果、パトカーの動きは猿と中学生の足元の二点を中心とした、8の字型を描くことになった。
 猿と中学生は依然として微動だにしない。しかしそれが外見だけであることが、後藤には直観的に分かった。
 後藤は幼い頃から武道に親しみ、剣道、柔道、空手を学んでいた。武道の達人同士の戦いでは、時としてお互いの手を読みあい、側から見るとただ向き合っているだけの状態になることがある。そんな時も、不動のまま気の戦いは続いているのだ。どちらかが動いた瞬間が、勝負を決する時なのだ。
 後藤は油断しなかった。ただひたすらに、8の字を描いてパトカーを走らせた。粉塵の中で、ただパトカーのサイレンだけが唸り続ける。
 ある種のミツバチは、空中で8の字を描いて飛ぶことで、餌の方向と距離を仲間達に知らせる習性がある。この大いなる自然には、まだまだ人知では計り知れない神秘が隠されているのだ。しかし、今の後藤の動きには、ただ焦りがあるだけで、餌の方向も角度も示されていなかった。
 パトカーの塗装は牛を連想させる。だが、パンダにも似ているということを忘れてはならない。
 
 
初出:文藝別冊「誰でもわかるニーチェ」(河出書房新社 2000年)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
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