20-16


 埋没林は、かつての森林が土砂に埋まったまま海底に沈み、そのままの形で残されているものだ。その埋没林が保存されている博物館のそばの、無闇にきれいに整備されて幅ばかり広い国道を、男は妻と一緒に歩いていた。日が高く、人気はまるでない。
 突然に、妻がめまいをおこしたかのように倒れた。倒れるというより、しゃがみこんでコロンと道に横たわってしまった。
 苦しそうな様子はなく、ただ唐突に気を失って横になってしまった様子だ。
 男は慌てて、妻を抱きあげて、とにかく病院に連れて行かねば、と思った。
 幸いタクシーが通りがかったので、呼び止める。元は漁師だったかのような色黒で小柄な初老の男が運転手だった。
 「病院に行きたい」と告げると、運転手は少し先にある老人ホームのような建物を顎で示し、「あそこに行けば医者がいる筈だ」と言う。国道沿いに建つ平屋建ての施設で、すぐ目と鼻の先だ。
 妻を抱きかかえたまま施設の門をくぐると、老人ホームのようだが、老人の姿は見えず、そればかりかまるで人気がなかった。
 中には確かに診察室があり、初老の医師が白衣で待っていた。
 ただその診察室は戦後まもなくからずっとそのままのように薄暗く、リノリウムの床には血が飛び散っていて、冷たいステンレスの医療機器がぼうっと青い蛍光灯の中で光っている。おどろおどろしく、不気味な部屋だ。こんな診察室で大丈夫だろうか、と男は不安になった。
 しかし医者は「大丈夫」と言う。
 妻は結局入院することになり、男は妻を置いて診察室を去った。

 数日後、妻を見舞いに出かけると、そこはガラス張りの近代的な高層ビルになっていた。しかし相変わらず人気はない。
 中に入ると、広いエレベーターホールの前で、スーツに身を固めたキャリアウーマン風の四十歳ほどの女性が待っていた。
 妻のことを尋ねると、「二十年経っています」と言う。
 不審に思い、今日の日付を尋ねると、9月3日だと言う。それは確かに今日の日付だ。そこで何年か尋ねると、2016年だと言われた。
 確か2015年だった筈で、それからだと一年しか経っていない筈だが、二十年経っていると言う。
 そこで自分の左手をかざしてみると、見る見る間に腕が皺だらけになり、自分が老人になっていることに気付いた。恐怖のあまり、叫びだしそうになった。
 2016年といえば、四年ごとのオリンピックの年で、四年後は2020年だ。16に4を足しても20になる。そういえば、9も3の3倍だ。
 ふと見ると、ガラスの向こうの部屋から赤や黄色、緑の光が漏れている。まるでクラブか何かのようで、中からは狂ったかのような叫び声が聞こえ、暴れている様子だ。しかしそれは、何か狂気じみた享楽を楽しんでいる風景に思えた。人であって人でない、獣じみた享楽だ。
 窓の向こうにいるのは妻なのだろう、と思った。
 何もしない間に年老いてしまい、その恐怖に身を裂かれそうになっているが、妻は男の知らない何かを楽しんでいる。しかしその世界に足を踏み入れないでいることが、ここで生きるということで、生きていれば年をとるのだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする