ish☆数えます

小説

 寒空の下、細い林道をママチャリで何時間も走り、やっと帰ってきた。
 林道の割に起伏は激しくなく、枯れ木ばかりの林の中をくねくねと未舗装道路が続いている。木々もまばらで、北欧の森のようにも見えるが、一本一本の木がやせ細り、寂しい光景だ。
 時折現れる坂を登ったり降りたりして、舗装道路のあるところまでたどり着いた。
 ここまでくれば団地は目と鼻の先だ。
 自転車の籠には、買ってきたあずきバーの箱が入っている。あずきバーはもう何年も前のものらしく、箱も傷んでところどころ黒ずんでいる。中身も半分くらいは石のように固くなり、アイスとは別のものに変化してしまっているようだ。
 ただ、残った半分ほどのアイスは、何時間も自転車をこいできたにも関わらず、溶けずに冷たいままだった。空気が冷たいせいなのか、石化したアイスが作用しているのか、よく分からない。

 団地の前まで来ると、道路の両側の街路樹が燃えていた。
 三階か四階ほどの高さもある常緑樹が、オレンジ色の炎をあげて燃えているのだ。道路を挟んで向こう側も団地が続いているのだが、反対側の街路樹にも火が燃え移っている。
 ただ、団地に燃え広がる気配はなく、火の激しさに比して音がしない。よく見るとパラフィンで作った偽物の火のようにも見えるが、やはり燃えてはいる。周囲の人々は火にはまるで無関心で、気づきいてすらいないようだ。消防車の気配もない。
 しかしわたしの心臓は、冷たく凍りつきそうだった。
 この火事は、わたしがずっと昔に仕掛けた時限発火装置によるものなのだ。
 そんなものを仕掛けたことすらすっかり忘れていたが、間違いない。木のずっと上の方に、小鳥の巣のように時限発火装置をセットしておいたのだ。ちょっとした世間に対する反抗心の表現だったのだろう。なぜ仕掛けたのかも、今となってはよく分からない。
 ただ、こうして火事になってしまったら、警察が来て、焼け跡から発火装置の残骸を見つけるかもしれない。そうしたら、残った部品からわたしが割り出されるかもしれない。
 水を浴びたような冷たくなった。

 無音の林、無音の火事を越えて団地の部屋に戻ると、母が一人でテレビを見ていた。
 この狭いジメジメとした部屋で、老いた母とわたしは二人で暮らしている。奥から、チャンネル式の骨董品のようなテレビの光が漏れている。
 時限発火装置のことに母が気づくのではないか、と寒くなった。もしかすると、もう気づいているのではないか。母は少し痴呆の症状があるが、不思議な直観を働かせることがある。突然に火事の原因を言い当てるかもしれない。
 なぜあんなことをしてしまったのか、と悔やんだが、やってしまったことは消すことができない。もう火は広がってしまったのだ。
 自分をなだめるように買ってきたあずきバーの箱を開けると、やはり半分は石のようになっている。時間が経つとあずきバーはこんな風に変化するのだろうか。賞味期限を見ると、昭和の年号が書かれている。もうずっと昔の話なのだ。あずきバーは死んで石になっている。
 テレビではプロレス中継が流れている。筋書きのないシュートファイトなのだ、とリングの上のプロレスラーが叫んでいる。

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