山梨県に引越し、プールの水の中に和服を着たカップルたちが整列する


 山梨県に引っ越した。
 一緒に暮らしていた彼が東中野に引っ越すことになり、その家が手狭な木造アパートだったことから、引っ越すことになった。
 山梨駅の何駅か手前、東京よりの駅で、綺麗な部屋だ。前の家ほど広くはないけれど、一人で暮らすのだから十分だ。家賃も安い。
 しかし、引っ越して周りを歩いてみると、駅の裏側に一軒スーパーがあるだけで、他に買い物できる場所もない。新興住宅地として整備されていて、新しいマンションがいくつも建っているのだけれど、赤羽のような賑やかさには程遠い。
 そう思って部屋に帰ると、小奇麗なマンションも何とも息苦しい。
 一人分の荷物だけを持ってきたのに、まだ片付いていないせいか、嫌に薄暗くごちゃごちゃして感じる。
 なぜ山梨県に引っ越してしまったのだろう。それも一人で。東京はとても遠い。
 一人で新しい部屋を手に入れれば、自由になって、しかも家が二軒になるような気がしていたのだ。
 実際はそんなことはない。住める家は一つだけだ。二軒の家に同時に住める訳ではない。
 取り返しのつかないことをしてしまった。
 それに、彼に対する背信を考えていたような気がして、寒くなった。
 恐ろしくなって駅へ駆け出し、慌ててホームへの階段を登ると、電車の扉が閉まる直前だ。
 走りこんで目の前でドアがしまったけれど、その1センチほどの隙間にグニュニュと身体をねじ込んだ。
 身体がゴムのように薄くなり、なんとか中に入ろうとする。でもどうしても入れない。
 すると駅員さんがドアを開けてくれた。開けてはくれたものの、とても迷惑そうな顔でこちらを睨んでいる。

 電車で数駅行くと、遊園地かテーマパークのような場所があった。
 地方の遊園地らしく、閑散としていて遊具も錆び付いている。
 そこのプールに、二十歳そこそこのカップルが何組も、和服を着て浸かっていた。
 皆、土木作業員とギャルの夫婦のような雰囲気で、既に子供がいるような風もある。プールはお腹くらいまで水が張ってあるのけれど、成人式か何かのような格好で、カップルたちが整然と並んでいる。皆、二人一組で、カップル同士くっついていて、カップルとカップルの間は等間隔に離れているので、ちょうど方眼紙の升目のような感じに、和服のヤンキーカップルが並んでいる。
 しかし季節は冬だ。木枯らしが吹きすさむ中、冷たいプールに浸かっているのは苦行に等しい。
 何かのテレビの撮影のようだったが、とうとう男たちの何人かが怒り出し、プール際のスタッフらしき人たちに罵声を浴びせるようになった。
「いつまでかかってんだコノヤロウ!」
「ふざけんな!」
 しかしスタッフたちは意に介する様子もなく、ただせわしなくプールサイドを駆け回っている。
 プール監視員の椅子に監督のような男が座っており、飛び込み台の上やプールサイドにあるカメラに指示を出している。

 駅に戻ってみると、そこは新幹線の通っている駅のようだった。
 新幹線に乗れば、東京にもすぐ行けるかもしれない。
 見ると、新幹線のホームで、正月のかくし芸のような珍妙な衣装を身につけた男が立っている。
 向かいのホームにはカメラがあり、これも撮影のようだ。
 新幹線が通過するタイミングに合わせて、男はジャンプしながら素晴らしい美声で一定の音程の声を出す。
 このように撮影したカットをつなぎあわせて、長大なオペラを構成するらしい。男のそばには、コンパニオンのような格好をした若い女が三人おり、彼女たちもコーラスのように一音ずつ歌うようだ。
 オペラが完成するには何ヶ月もかけて新幹線の通過ごとに撮影を繰り返さなければならない。
 新幹線の通過と一音だけの歌声という組み合わせが大切なのだろうが、よく考えてみると、向かいのホームからでは新幹線の陰に隠れてうまく撮影できない気もする。カメラが高い位置にあるのだろうか。
 そうやって何ヶ月もかけても、新幹線は通過していくばかりで、永遠に東京にはたどり着けないのだ。
 たとえ手狭な東中野の木造アパートでも、彼と一緒に一つの家に住んでいた方が正しかったのだ。