なぜ猫が付いていなければラクダは安いのか


 アラブにこんな諺があります。

ما أرخص الجمل لولا الهرة

 マーアルハサルジャマラ ラウラールヒッラ
 文字通りの意味は、「もし猫が付いていなければ、ラクダはなんと安いことか」。
 わたしがこの諺を見つけたのは、アラビア語の教科書の中でなのですが、そこには「玉にきず」とあるだけで、それ以上の説明は何もありません。
 どうして「猫さえ付いていなければラクダは安い」が「玉にきず」なのでしょうか。ラクダを買って、その上猫まで付いてくるなら、お買い得じゃないですか。
 それとも、猫というのは「むしろいない方が良い」ものなのでしょうか。しかしアラブは猫の原産地でもありますし、猫がマイナスの文化的意味付けを帯びているとは考えにくいです。
 もしかして「安物買いの銭失い」のようなことなのかな、とも思ったのですが、それでは「玉にきず」という説明と食い違ってしまいます。
 いくら考えてもわからないので、サウジアラビアのお友達に質問してみたところ、とても面白い意外なお話を教えてくれました。

 昔々、飼っていたラクダがいなくなって、大変困っている男がいました。いくら探してもラクダが見つからず、憔悴した男はついに神様に誓いを立てました。
「もしラクダが見つかったら、1ディナールで売ってもいい!」
 誓いのお陰か、その後ラクダは見つかりました。
 それは良かったのですが、今度は誓いを立ててしまったことを後悔しました。せっかく見つかったラクダを1ディナールで売ってしまうのはもったいなさ過ぎます。しかし、誓いを破ればどんな天罰が下るかわかりません。
 そこで男は知恵を練り、こんな売り方を考えました。
「ラクダは1ディナールだけれど、猫は1000ディナールだ。そしてラクダと猫は、セットじゃなければ絶対売らない!」

 というわけで、「猫さえ付いていなければラクダはなんと安いことか」ということです。
 彼女によれば「この諺はそんなに使われるものではない」とのことですが、わたしたちだって、例えば「河童の川流れ」という諺を知っていても、日常生活で実際に口にすることは滅多にないでしょう。そして別段民間伝承の研究家でなくても「河童って何?」と外国人に尋ねられれば、「空想上の動物で、泳ぎが得意で、頭にお皿が乗っていて」くらいは説明できます。それくらい、文化的コンテクストに練りこまれた物語ということでしょう。

 それにしても、商売上手なアラブ人らしい愉快なエピソードです。マイクロソフトのバンドル商法も真っ青です。

4860110692 らくだの話/そのほか
椎名 誠
本の雑誌社 2007-06-07