騙される練習


 「上司に連れられてキャバクラ行ってきた」
 上司に連れられてキャバクラに行ったら、あれよあれよという間にイイ感じのトークに引き込まれ、いつのまにかハマっていた、というお話。

いや営業トークだろとか
仕事だからとか
お世辞だろとか
薄々分かってるんだけど
でも分かりきれてないっていうか
そんなことどうでもいいっていうか
なんだろうこの不思議な感覚
別にそれでもいい、ずっと騙し続けてくれるなら、それが真実だ、みたいな感覚
あの某ネズミランドに行くような感覚と一緒だ


 「かわいい」といったコメントと「上客だな」といった穿った見方と、二分されていますね。
 もちろん、彼女は仕事でそこにいるわけですし、「本音」かどうかなんてわかりません。多分、本音そのまんまではないでしょう。わたしも水商売していましたから(笑)。
 ただ、それを言ったら普通の恋愛だって「本音」かどうかなんてわかりませんよ。
 逆説的ですが、お金さえ払わなければ本音が聞けるほど、世の中甘くないです。
 彼にとって彼女の本音がわからないだけでなく、彼女自身にとってもホントのホントの本音なんてわからない、ということです。
 「あなた、今ホントにホントに彼のことが好き? 好きなつもりでいるけれど、本当は・・・」。
 中学生なら、このグルグル自問自答で軽く半日潰せます。

 「もう出会っちゃってる奇跡」にも同じようなことを書きましたが、心の中をどんどん開けていくとちっさいワタシがいて、その子が「本当」を握っているわけではなく、嘘も本当もある語らいの海の中の、偶然できた渦のようなものが< わたし>なのです。中学生が「ねぇ、これって好きになっちゃってるかな? ヤバイ?」と友だちに尋ねるのは、その子が「本当に」好きかどうかを知っているのは、むしろ友だちだからです。彼女の「本当」は、語らいの中で決定されるし、「最終決定」など最後までありません。

 話がズレてしまいましたが、「垢抜け切れないバイトキャバ嬢を演じているけど、本音は金のため、男のため・・」などというのは、「現実的」なようで、ものすごい坊やな見方です。一周回って、そんなヒネたこと言っている人の方がむしろ「かわいい」です(笑)。
 現実は、そういう安い「現実」とファンタジーの両方で構成されています。嘘と本当、あわせて一つの真理です。
 多分、彼女はそのどっちでもないですよ。普通の女は、両方の要素があって、自分でも上手に使い分けられるわけでもなく、使い分けているつもりでもハタから見ればバレバレだったりするものでしょう。
 騙そうとして簡単に騙せるとも限らないですし、騙しているつもりがなくても、勝手に騙されることもあります。

 というか、別に騙されていてもいいじゃないですか。
 「本当の」恋愛だって、どこか化かしあいです。
 所詮相手はニンゲンの男や女なのですから、そんな神様とか王子様みたいなことはないです。でも部長と同じホモ・サピエンスなんて考えたら、恋なんてやっていられませんよ。ポワンポワーンとなれませんよ。だからちょっとウソも入って、本当もあって、境目もわからなくなって、こんなことじゃマズイけれどまぁいっかー、みたいな、それが恋愛ってものじゃないですか。
 騙すも騙されるも、ちょっと頑張って騙されるくらいの方が、人生楽しいですよ。

 男なら、ちゃんと騙されて来なさい。
 キャバクラで騙されないような男は、普通の恋愛でもちゃんと騙されません。騙される練習です。
 「騙されていない」と思っている人は、大抵もっとつまらないものにずーっと死ぬまでと騙されているだけです。