『迷子の警察音楽隊』 前線、入植地、新浦安


 『迷子の警察音楽隊』を見てきました。

B0016G2U6E 迷子の警察音楽隊
サッソン・ガーベイ カリファ・ナトゥール ロニ・エルカベッツ
Nikkatsu =dvd= 2008-06-13

文化交流のため、イスラエルにやって来たエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊のメンバー8人。しかし、空港には迎えもなく、団長(サッソン・ガーベイ)は自力で目的地を目指すが、なぜか別の街に到着してしまう。途方に暮れる彼らを、カフェの店主ディナ(ロニ・エルカベッツ)がホームステイさせてくれることになり……。

 祖国でもお荷物扱いされているらしい警察音楽隊。頑固一徹の隊長、音楽を愛しながらも生活のために淡々と任務をこなす老隊員、「五年も警察学校に通って砂漠で演奏か」とナンパにしか興味を示さない若い隊員。
 八人が迷い込んだのは、イスラエル辺境の入植地。オモチャのようにそっくり同じ形の住宅だけが並ぶ活気のない街で、小さな食堂を営む男勝りだけれどどこか色っぽい女性に、一晩の宿を頼ることになります。八人が冴えない「音楽隊」なら、古いエジプト映画のロマンスに焦がれながら婚期を逃してしまった女性、店を手伝う童貞のイスラエル人男性、一年も失業中で食堂で暇を潰しては夫婦喧嘩ばかりしている男も、皆「パッとしない」面々です。そんな言葉も通じない「普通の人々」が、一晩のロマンスを繰り広げる、というお話。
 リアル・エジプト人を知る人に言わせれば「あんな上品なエジプト人はいない」という通り、八人は(ナンパな若者を除いて)無口で大人しく、あまり「アラブ人らしく」はありません。きっとイスラエル人だって、あんな風ではないでしょう。
 ではつまらなかったのかというと、期待通りにちょっと幸せになれるとてもステキな映画でした。
 この作品はフランス・イスラエル合作なのですが、あくまで「かわいいフランス映画」。「アラブ映画」ではありませんし、素朴なオリエンタリズムが大いに映り込んでいます。
 それでも良い映画であることには変わりありません。アラビア語を学ぶ人間には、アラビア語の響きも楽しめるオマケつき、ということです。台詞の七割方は(下手くそな)英語、残りがアラビア語と現代ヘブライ語です。
 最高なのは、何といっても若いナンパなエジプト人。バス路線を尋ねてくるよう隊長に命じられ、「英語は苦手なんだよ」と渋っていたくせに、いざ美人を前にすると持てる英語力を駆使して口説きだします。辺境に迷い込んでしまったのもこのナンパエジプト人のせいなのですが1、女性を前にすると舞い上がって何もできなくなってしまうモテないイスラエル男にナンパ指南をしたり、最後まで憎めない役回りです。

 そんな「ちょっと心温まる」ストーリーと同時に、改めて印象的だったのが、入植地の風景です。

 ガザ地区などのイスラエル入植地の映像をご覧になった方なら、一昔前の「団地」風景を連想したことだと思うのですが、わたしはあの刑務所のような建物の並ぶ人工的な街並を見るたびに、「リアルな『前線』」という言葉が浮かびます。
 「前線」には有刺鉄線でも塹壕でもなく、ファミレスとゲーセンがあります。人々はもちろんヤンキー気質です。大抵は豊かではなく、教養にも乏しいですが、人情には劣らず、悪ぶったり粗野に振舞うことがあっても、根っこのところは概ね「善人」です。若い男女は垢抜けない盛り場で出会い、早々に子供を設けます。つまり新浦安です。
 と言ってしまうと、浦安市民の皆様には大変失礼ですね。ごめんなさい。
 ただ、潮風のあたる「ニュータウン」の風景を見ると、どうしても入植地とかぶって見えてしまいます2。以前に浦安出身の方にも、このイメージがまるで見当違いではない、との共感を頂戴しました。浦安に限らず、日本中に「前線」とその跡があります。
 イスラエルの占領行為には言いたいことが山ほどありますが、どう語ったところで所詮安全圏からの物言いにしかならないでしょう。ただ、パレスチナ寄りの言説の多い日本で(これは当然のことでしょうが)、努めて意識しなければならないと思うのは、「前線」に暮らすイスラエル市民の立場です。
 「リアル前線」に入植してしまった人々は、多分ただ単に生活に追われ、安い「団地」に押し込まれている「ヤンキー」なのです。浦安市民と同じ程度に人情があり、浦安市民と同じ程度に自分のことで精一杯で、浦安市民と同じ程度に余所者に冷たい。浦安で爆弾テロがあれば、市民はその政治的背景を考える前に、まず安全を気にするでしょう。「前線」はそうして回っているのです。
 そこに安全圏から「占領」の是非を問うても空回りするだけですし、かといって同じ「生活」をより決定的な形で奪われた人々のことも看過できない。第三国の人間がパレスチナについて思考するとき、こういう「やり切れなさ」や生活感について、至らないなりに想うことができなければ、どちらの立場に対しても無礼なだけのようにも感じます。

  1. アラビア語にpの発音がないため、bとpを聞き違えたのが原因のようです []
  2. 浦安にはちょっと縁があって、二年ほど前までちょくちょく足を運んでいました。新浦安のコンビニで、突然中学生に「ガンつけてんじゃねぇぞコラ」と言い捨てられたことがあります(笑)。こんなマンガみたいな台詞を本当に聞いたのは、後にも先にもこの時だけです。 []