タナッキーの舟

 タナッキーの部屋に行った。
 タナッキーは大学一年生の時に同じサークルだった男の子で、そのサークルは映画サークルだったのだけれど、わたしは二年生の時にそりが合わなくて辞めてしまったのだけれど、彼個人はイイヤツで、その後も時々集まりに誘われたりしていたのだった。
 タナッキーの部屋は銀閣寺の近くの、今出川の緩い登りをジワジワ東に登って交差点のちょっと手前辺り、天下一品銀閣寺店の少し東の北側にあった。この登りは、歩いているとあまり気にならない程度なのだけれど、自転車だと「あぁ、登っているな」という感触があり、京都も東の端まで来たのだな、と実感する。
 タナッキーの部屋は九龍城のような巨大で複雑な建物の中にあり、夜だったせいでこの建物が一体何階建てなのかわからなかった。てっぺんの辺りは闇に飲まれてしまって見当もつかなかった。
 内部にもいくつものエレベータがあり、廊下も妙なところで直角に折れていたりして、見通しの効かない奇妙な建物だった。一階から七階のエレベータ、三階と十七階専用のエレベータなどがあり、それぞれに縄張りがあるようだったが、事前にタナッキーに渡されていたメモにしたがって、入り口の一番近くにある古いエレベータでタナッキーの部屋の下の階まであがり、一階だけ階段を使った。彼の階にはエレベータが止まらないらしい。
 部屋をノックすると、いつものひょうきんなタナッキーの声が聞こえた。声に促されて中に入ると、部屋の中は真っ暗で、どこに何があるのかさっぱりわからなかった。目が慣れてくると、星空が見えるのがわかった。部屋全体がガラス張りで、しかも突起物のように建物から突き出していて、そのまま空が見えるようだった。
 部屋そのものは物凄く狭くて、車の中と同じ構造になっていた。ドアを開けて入ってすぐのところは、普通のワンルームマンションのようなのだけれど、左手にユニットバスのドアがあり、そこから先に進むと狭い個室で、一段高くなったところにちょっと大きめのセダンくらいの形そのままに、四つのシートが並んでいた。タナッキーは助手席のシートをリクライニングして、星空を眺めながら焼酎を飲んでいた。
 わたしはタナッキーの斜め後ろの、運転席の後ろの席に座った。車のドアがないのに、シートだけは車と同じなのが不思議だった。シュミレータかレーシングゲームのようだった。前がガラス張りなので、コックピットのようにも見える。
 高い座席に登ると、部屋は単に上半分がガラス張りなだけでなく、張り出した前方については、床部分も一部ガラス製であることがわかった。
 狭い部屋だけれど、窓からは広大な京都の海が一望できて、素晴らしい眺望だった。
 丸太町から南は、夜になるとほとんど全部海で、緩いカーブを描いた湾が、南側に開いている。白川の東になると山がせり出していて、その東側の山が三浦半島に連なっている。
 東の側はタナッキーの部屋からだとよく見えないけれど、右京の向こう側あたりから南向きに半島になっていて、伊豆半島には近すぎるから、これも三浦半島なのだろう、と思った。

 わたしの実家は、三浦半島を付け根から少し下がったあたりの東側、金沢八景の少し沖合の海底にある。タナッキーの部屋は南に面しているので、右手にある方の三浦半島を少し下った辺りにあるはずだった。
 楊家太極拳の創始者楊露禅にそっくりの太ったお父さんが、建売の水中ハウスに住む、と言い出して、家族の反対を押し切って引っ越したのだった。もちろん、完全気密で換気もしっかりしているし、騒音もないしバスも来るから大丈夫、ということだったけれど、お母さんは水の中に住むのが不安そうで、わたしも気が進まなかった。
 しかも、実際に住んでみると、会社の説明とは違って、時間帯により汚れた潮の流れが家のすぐそばまで来ることがあった。ゴミの混じった帯のような流れが、巨大な生き物のように家をかすめて揺れているのは不気味だった。お父さんはまず謝った方がいいのに、それより怒って会社に電話して、何度も抗議していた。

 お父さんの怒りを大きくしたのは、そもそもゴミを垂れ流しているのが建築会社の関連会社だった、ということだった。一度わたしは、お父さんに無理やり連れられて、会社の事務所に押しかけたことがある。お父さんは、抵抗する社員を太極拳で投げ飛ばしたりしながら、社長室まで押しかけた。辿り着き扉を蹴破ると、意外なことに社長だけは物わかりの良い人物だった。じっくり話すと事情を分かってくれ、一件落着かと言うところに、理事を名乗る男が現れた。
 彼の出現のお陰で、また一から事情を説明せざるを得なくなり、さらに急遽十数名による会議がその部屋で催されることになった。そのメンバーの中には、なぜか先輩の大岡さんが混じっていた。しかも、大岡さんはわたしたちが誰なのかに気づきもしないようで、状況の説明と称して自分の過去を延々と語り始めた。別の社員の注意にも耳を貸さず、自分の女遍歴や学生時代の思い出を話し続けた。その中には、小学生の時に覚えた柔道の技や、服を脱がずに水着を着る方法が含まれていた。
 大岡さんの話がいつまでも終わらないし、話の内容が気持ち悪いので、わたしは気づかれないようにこっそりと社長室を抜け出した。
 お父さんの暴力的な乱入にも関わらず、建設会社の社員達は普段と変わらずに業務をこなしていた。廊下を歩く内に、コピーの束を抱えた女子社員やせわしなく歩き回る背広姿の男達と何度もすれ違った。
 ビルは予想以上に巨大で、たちまちわたしは自分の所在を失ってしまった。迷路のような廊下を進む内に、次第に人気が少なくなってきた。同じ作りの扉が一定間隔で並んでいたが、その扉に記された部署名は知らない外国語で書かれていた。
 無数の階段を上り下りし、曲がりくねった廊下を歩いたが、一度も窓を見ることがなかった。気が付くと、嫌に天井の低い金属質の通路を歩いていた。まるでSF映画に出てくる宇宙船の通路のようだった。
 通りがかった部屋の入り口で、ピッチリとした銀色の服を着た二人の男が、入れ歯のパーツについて語り合っていた。その話を盗み聞きしたところでは、実はこの世界全体が巨大な入れ歯であるらしい。
 長い長いダクトのような通路の突き当たりの扉を開くと、遂に建物の外に出ることが出来た。あたりは薄闇で、夕暮れが迫っているようだ。空には真っ黒な重い雲がゆっくりと流れており、一方向に風が吹いていた。
 振り返ると、そこにはただ果てしない壁がそびえ立っているように見えるだけで、建物全体が入れ歯の形になっているのかどうか、見当をつけることもできない。建物は、町一つくらいの大きさの壮大な建築物らしかった。
 この建物の巨大さに比べて、外界はただただ草原の続く異様に空虚な空間が広がっていた。生命活動の総てが背後の巨大建造物の中に押し込められているようだ。入れ歯状の巨大建築は、超未来におけるド-ム都市のような役割を果たしているようだった。
 見渡す限り暗い草原が広がっているだけだったが、地平線にポツリと点のような家屋の陰が見えた。巨大建築からおそらくはその家屋に向けて、雑草に沈みかけた道路が通っていた。離合も困るような細い道路で、何十年も放置されたようにアスファルトがひび割れている。吸い込まれるように、その道路を歩き始めた。
 道には車も人影もなく、また交通標識や信号機もなかった。ガードレールもなく、ただ古い木製の電柱が一定間隔で続いている。歩き始めると、まるで生物のように電柱に付いた暗い蛍光灯が点灯し始めた。しかしその光は鈍く、時折瞬きながら空よりもなお低く青白い霊気を発していた。
 点のように見えた家屋は、近付くにつれいくつかの建造物の集まった集落らしいことがわかってきた。灰色の3,4階建てほどのビルディングがいくつがあり、建物の窓には明かりが見えた。
 暗闇に紛れて分かりにくいが、目をこらしてみると、草原には等間隔で巨大な高圧送電塔がそびえていていた。電線はどこまでも続き、地平線の彼方で闇に溶け込んでいる。
 一時間ほど歩いて、やっと集落に辿り着いた。そこは五本くらいの道が集まった交差点をなしていて、雑居ビルのような建物以外にもいくつかの商店や事務所めいた建物が集まっており、古びたラブホテルもあった。商店のシャッターは下り、もう何年も営業していないようだ。ビルの窓からは灯が漏れていたが、中にいるのはヒト以外の知的生命体か、機械生命のようなものらしかった。低いダクトの唸りと共に、正確に機を織るような機械音が響いてくる。
 ラブホテルの中には複数の生きて動くものの気配があり、それらが突然喧嘩でも始めたかのようで、嫌らしい高い叫びを発し、物が倒れる音がした。この世のものとは思えないような、ぞっとするキチガイじみた声だった。

 わたしは怖くなって、走って逃げ出した。その後のことはよく覚えていないけれど、必死で走ったので、京都大学に合格できた。実家が三浦半島を少し下がった東側だったから、あの建築会社の建物は、三浦半島の付け根より少し南あたりで、京都から見ると右京の下あたりだったのだと思う。そこから北東の方に走ってきて京都大学に入ったのだろう、と思うのだけれど、あんまり必死だったのでよくわからない。
 とにかく、わたしが大学に受かった時には既に家族とは離れ離れで、それから一度も家族とは会っていない。お父さんは無事に水中ハウスに帰れたのだろうか。お母さんは今もあの窮屈な家で暮らしているのだろうか。今では、もう水中ハウスのこともよく覚えていない。住み始めてすぐに大学に入ってしまったし、あの時とは身体の感覚もものの感じ方も随分変わった気がする。大学に入って生活が変わったからなのか、水中ハウスのそばを流れていたゴミの影響なのか、沢山走ったせいで身体が入れ替わったのか、よくわからない。
 ただ、年をおうごとに、水中ハウスのような部屋のことを考えることはなくなって、タナッキーの部屋に来たのも久しぶりだった。こういう複雑な建物に呼ばれたのは、前がいつだったのか思い出せないくらいだ。
 タナッキーの部屋に来たせいで、あのラブホテルみたいな建物にいた気持ち悪い生き物のことも思い出したけれど、そういうことも全然考えなくなった。この建物も大きくて複雑なので、似た生き物が住んでいる気がするけれど、あの街の建物に比べれば全然大したことがない。

 タナッキーの建物の中には、フォトスタジオがあって、そこでわたしは、花嫁さんと一緒に写真を撮った。二人花嫁がいるのではなく、わたしは花婿さんの役のようなのだけれど、花嫁さんと違ってわたしはなかなか可愛く写真に写れず、何度も撮り直した。花嫁さんのようになりたい、と思った。

 わたしと彼氏は同じアパートの別の部屋に住んでいて、わたしが一階で彼が三階だ。でも彼は三ヶ月間東アフリカの旅に出かけてしまい、彼の部屋はがらんどうのままだ。うまくすると、わたしの部屋から廊下に出ずにそのまま彼の部屋に行けるのだけれど、彼がいなくなってから天井が少し高くなり、廊下に置いてある本棚の本も増えている気がする。
 彼の部屋にはいつでも入れるわけではなく、タイミングがあって、うまく角度を調整してヌルンと身体を斜めにして入らなければならない。だから、毎日見ているわけではないのだけれど、それでも行く度に広く複雑度が増している。今では3LDKくらいになって、しかも広いダイニングというのはなくて、小さい部屋が細かく増えているようだ。
 でも、彼の部屋の複雑さは、不気味な感じがない。いつ行っても、昼下がりのような穏やかな光がレースのカーテン越しに入ってきていて、攻撃的なところがない。
 何となく、昔見た建築会社やラブホテルの複雑さと、タナッキーの建物の複雑さの関係に似ている。複雑になっても、切羽詰った感じがなく、穏やかで、攻撃性がないのだ。
 彼のいない部屋でも、この温かみの中でなら暮らせる、と思う。

 タナッキーの建物から出ると、そばのお弁当屋さんのテレビで、宇宙船の打ち上げのニュースをやっている。
 ふと振り向くと、今出川通りがお祭りのように可愛い装飾を施されている。真冬なのにお祭りの飾りがあるのは、宇宙船の発進を祝うためらしい。
 見上げると、タナッキーの建物の上の方から、自動車くらいの大きさの部分がゆっくりと空中に滑り出している。手漕ぎボートくらいのスピードなので、目を凝らさないと前に進んでいるのか単に浮かんでいるのかわからないくらいだ。
 あれはタナッキーの部屋ではないのか、タナッキーの部屋は実は本当に宇宙船のコックピットで、タナッキーがあのまま宇宙に発進したのではないか。そう思ってニュースの映像と空に浮かんだ小さな宇宙船らしきものを見比べたけれど、よく分からない。
 そばにいた京大生の男の子の会話を盗み聞きすると、宇宙船はゆっくり進んでいるように見えるけれど、それは光が歪んでいるせいで、相対性理論の影響らしい。本当はもの凄いスピードで進んでいるのに、銀閣寺にいるわたしたちの目には、亀のような遅さに見えてしまうようだ。

 子供の頃は、そういう宇宙船に乗ってみたい、と思ったことがあったけれど、今ではそんなこともすっかり忘れていた。あの不気味な街を抜けて走って逃げてから、色んなことが随分変わった。本当に、何もかもが良くなったと思う。
 以前は、ああいう悪いものをなくす為には、戦ったり焼き払ったりするしかないと思っていた。でもそれは間違いだ。焼き払っても焼き払っても、部屋はどんどん複雑で暗くなり、悪い蔦植物が増えるばかりだ。蔦植物は火のエネルギーを吸って、部屋や街を不気味で昆虫的なものに変えてしまうのだ。
 だから、ラブホテルのようなものをなくすには、戦ったり火を使ってはダメなのだ。もっと静かに、ただ黙って待って、何も考えなければ、多少部屋が複雑になっても、それは悪い複雑さではなく、昆虫的で歯止めの効かない攻撃性を発揮することもない。沢山眠って、忘れてしまえばいいのだ。

 もう宇宙なんか行きたくない、宇宙はタナッキーが行けばいい、工学部が行けばいい。
 わたしはアフリカで沢山だ。アフリカに行っている彼氏の部屋がスクスク育っているのを、陽だまりの中で待っているだけで、十分幸せだ。

ボートピープル

 池田君の実家を訪ねることにした。
 池田君は以前バイト先が一緒だった友人で、そのバイト先が潰れた後、長い間職がなく、とうとう実家に引きこもってしまったのだ。
 以前抑鬱性神経症を患っていた彼は、現在でも覇気に乏しく、無口で大人しい。様々な技量と優しさを持ちながら、仕事を探しに出ることすらできなかったのも、この性格のせいだろう。
 長い無職生活の間、彼は自分の篭り癖をなんとかしようと、ただひたすらに散歩を続けたこともあるという。多くを語らないが、今でもカウンセリングを受けたりしているようだ。
 しかし決して人嫌いな訳でないことは、一緒に働いた時を持つ私には分かる。池田君は、恐ろしくシャイなだけで、心の底では人との接触を求めている。私にはそんな池田君が愛おしく思え、実家に帰ってしまった後でも、心配でならなかった。
 別の友人との間で、彼のことを「野生のタヌキ」と呼んでみた。野生のタヌキは、庭先に置かれたエサを拝借することはあっても、決して人の手から直接食べることなどない。それでも彼はきっと、エサを置いてくれる人間のことを悪くは思ってはいない筈なのだ。
 そんな彼の実家は、隣県の聞いたこともない小さな町にあった。乗り継いだ先の電車は、二両編成の単線列車だった。まるでバスのような小さな列車が、山間を抜けて、時折無人駅で静かに扉を開く。乗降する客はほとんどいない。駅を辿るにつれ、乗客の数も次第に減っていく。
 辿り着いたのは、小さな港町だった。メールで尋ねた住所を頼りに、彼の家を探す。労せずして、池田家は見つけることができた。駅から歩いて十分ほどにある、小さな古い木造二階建て住宅だった。
 玄関先に、池田君は姿を現した。いつものように、力ないが、確かな微笑みを浮かべて、私を招き入れてくれた。
 家は本当に小さく、まるでプレハブのオモチャのようだった。それも相当に古い作りで、台風でも直撃されたらひとたまりもないように見えた。壁の素材が、厚いダンボールのような不思議な素材で出来ているのが奇妙だった。
 池田君の部屋は二階にあった。というより、二階にはその部屋一つしかないのだ。しかも部屋の中には古い型式のマッキントッシュが一台あるだけで、何の飾り気もない。まるで池田君の心象風景を映し出すかのように、ガランとした部屋だった。
 両親は外出中のようで、私と池田君は二人きりになった。異様なまでの静けさだった。この家だけではなく、町全体が過疎化の為に活気を失っているようだった。そういえば、池田家に着くまでに、ほとんど人にすれ違うこともなかった。見かけるのは半ば幽霊のような老人の姿だけだった。
 池田君の無口も手伝って、部屋はますます寒さを増していた。私が土産の菓子を出すと、池田君は小さく「ありがとう」といって、梱包を解いた。私達は、何かの儀式のように、静かに菓子を食べた。
 私はなんとか池田君の心を開きたかったが、私自身、決してコミュニケーションの巧みな方ではない。彼程ではないにせよ、どちらかと言えば話すのが苦手な口なのだ。私と彼はほんの一メートルほどを隔てて対座していたが、その距離は無限に開いていくようだった。
 私はやや無理のある笑みを浮かべ、こう提案した。
「散歩にでも行こうか」
 池田君も気まずさを感じていたようで、また弱々しい微笑を浮かべて同意してくれた。
 外に出てみても、やはり人気はなかった。まだ秋口の筈が、冬のように寒々しかった。抜け殻のような空家ばかりが目立った。朽ちた木製の電信柱の上で、ハシボソガラスが細く声を上げた。
 しばらく歩くと、小さな港に出た。港といっても、腐りかけた漁船が数隻停泊しているだけの、オモチャのようなものだ。かつては活気ある漁村だったのかもしれないが、今では地図からも消え去ろうとしている、そんな港だった。
 池田君は、彼なりに気を使って、子供の頃に遊んだ場所などを案内してくれた。テトラポットの上に飛び乗る彼は、いつもよりは活気に満ちて見えた。私にはそんな些細なことが嬉しかった。私も一緒にテトラポットに乗り、すれ違うように手の甲を触れあわせたりした。
 彼は飛び石のようにポットを亘り、漁船の上に乗り込んだ。そこから振り返り、私に手招きした。私はおぼつかない足どりで彼の跡を辿った。
 漁船は、今はもう使われていないのか、ただ魚臭い匂いを漂わせるだけで、総ての備品が錆を浮かせていた。その船が、緩い波に揺られて、静かに上下していた。
 そういえば、彼の父は漁師なのだろうか。池田君は、とても漁師の息子には見えない。公務員だという話を聞いたような覚えがあるが、記憶が定かではない。それでも、少年時代の遊び場が港であったのは間違いないのだろう。彼は微力ながら目を輝かせて、漁船の内部へと私を誘った。部品の一つ一つに触れ、追憶を辿っているようだった。
 突然、船が大きく揺れた。私はバランスを崩し、倒れそうになった。それを池田君が支えてくれた。彼の手の温もりは、いつもの印象と違い、熱く私の背中に伝わった。
「大丈夫?」
「うん」
 船の搖れはおさまらなかった。突然に風が強くなったようだった。
「ちょっと見てくるね」
 池田君は私をおいて、船上に上がった。彼の背中がシルエットになって、低い空に映った。
 その姿が、佇立したまま動かなくなった。しばらく待ってみても、何一つ口にしない。私は心配になって、彼を追って甲板に上がった。
 驚いたことに、船は港を離れて、海上をを漂っていた。もやいが弛んでいたのだろうか。既に港は数百メートルは離れて、波の間に小さく揺れていた。
「池田君!」
 私は動揺して声をかけたが、彼は返事をしなかった。ただその目は、いつもとは異なり、力強く輝いていた。長い間、この時をまっていたかのような希望に満ちあふれていた。
 風が強くなっていた。灰色の空は、雨が近いことを予感させた。私は不安になり、彼の腕につかまって再度呼び掛けた。
「池田君」
 彼はやっと私を振り返った。逞しい男の顔つきだった。
「大丈夫」
「でも……」
 彼は本当に何も心配していないように、船首の方に向かった。そこで船頭のようにすっくと立ち、荒れ始めた海の彼方を見つめた。
 私は心配と混乱で、何をしたらよいのか見当もつかなかった。ただ池田君だけが頼りだった。しかし考えてみれば、彼に操船の技術があるとはとても考えられない。このまま手をこまねいていれば、ますます沖へと流されるばかりだ。
「池田君」
 私は必死で呼び掛けた。彼はゆっくりと振り返り、暖かい笑みを浮かべて言った。
「来る」
 何のことだか分からなかった。だが一瞬の後、突然の恐慌が古い船を襲った。
 何かが群れとなって、海面から飛び出し、船の上に飛び込んできたのだ。私は慌てて頭を覆い、うずくまった。とどまることなく、次から次へと細長いものが海からジャンプしてきた。
 よく見ると、マルアジのようで、イカも混ざっていた。どういう訳かわからないが、魚とイカの大軍が、飛び魚のように船に飛び乗ってきたのだ。甲板には累々とその魚体が積み重なっていく。成す術もなかった。
 そうこうする間に、魚の重みで船が傾き始めた。私は必死で船の一部に捕まり、なんとか振り落とされないように踏み止まった。池田君は相変わらず何の支えも要することなく、力強く船首に立っていた。
 船はますます傾き、魚の群れは止まる所を知らず、沈没は時間の問題だった。
「沈む、沈むよ!」
「大丈夫」
 池田君はポケットからライターを取り出し、船体に火を放った。湿ったはずのボロ船が、枯れ草のように爆発的に燃え上がった。
 すると甲板の魚たちはビチビチと飛び跳ねながら、火を避けるように船から滑り落ちていった。新たな飛翔も止んだ。
 しばらく経つと、火は自然に消火した。甲板上の構造物は総べて灰になり、ボディの部分だけがかろうじて残っていた。しかし、傾いた姿勢は相変わらずだった。これ以上傾斜を強くすることはないにしても、漂流の状況は何も解決されていなかった。
 それでも池田君は、何かに導かれているかのように、確信に満ちた目をしていた。傾いた甲板に座り、じっと海の向こうを見つめていた。
 既に日は落ちかけていた。このまま夜になってしまえば、事態はますます悪くなるに決まっている。しかしどうすることもできなかった。
 壊れかけたイカダのようになった船の上で、私と池田君は二人きりだった。
 天啓のように奇妙な考えが浮かんだ。ここで池田君とセックスすれば、救われるかもしれない、と。それは密かに私が望み続けていたことだった。しかし人一倍臆病な彼がアプローチしてくることなど考えられず、私からも何も言い出せないでいた。だが、今の彼なら、何かしてくれるかもしれない、そんな気がした。
 池田君が私を振り向いた。私の心臓が高鳴った。
「キューバだ」
 彼は宣言した。
「寒い海を通って、キューバに行くんだ」
 池田君は栄光に満ちていた。私は彼に総てを任せるしかない、と思った。何故か、既に妊娠しているような至福に包まれていた。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
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鎌倉湖

 急に肌寒くなった空の低い日、私は両親と弟と共に鎌倉駅にある湖に出かけた。
 湖の回りは横須賀線の線路によって囲まれており、中に入るには駅舎を通らなければならない。
 駅舎には人陰がなく、コインロッカーの陰に黒い小熊が一匹いた。小熊は私達を見て怯えているようだったが、弟達は小熊に気付くこともなく、無人の改札を通って湖に降りていった。小熊は真っ黒な長い毛に全身を被われ、瞳も体毛に被われて定かには分からない。私は小熊の震える様子が気になり、しばらくじっと見つめていたが、父の声に促されて改札を抜けた。
 湖は深い霧に包まれ、まるで視界がきかなかった。駅前より更に数度気温が低いように感じた。父は湖の辺に二艘の手漕ぎボートを見つけ、私達を呼んだ。私はあまり気乗りがしなかったが、父に促されてボートに乗り込んだ。
 父の漕ぐボートは静かに水面に滑り出し、霧の中に飲み込まれていった。振り返ると、岸の輪郭が白い霧に溶けこもうとしていた。弟は母と一緒のボートに乗っているようだった。
 私の父は楊家大極拳の創始者楊露禅そっくりの恰幅の良い大男である。閉ざれれた視界は私を不安にさせたが、父はまるで気にしていないようだった。
 水は不気味な程透き通っていたが、魚の姿はなかった。静かな湖面に、オールのたてる小さな水音と父の鼻歌だけが響いていた。
 十分程進むと、突然亡霊のような巨大な岩が霧の中に現れた。湖に浮かぶ小さな小島のようだった。ボートはゆっくりと島に近付き、舟の側面から静かに接岸した。父は当たり前のように岸にあがって歩き出す。私も慌ててボートを後にした。
 島は湖面に突き出た小さな山のようで、ごつごつした岩で被われている。水面に接する周囲は岩が砕かれて平面になっているが、その幅は五メートルもない。切り立った断崖のような岩が唐突に湖から突き出している格好だ。足下で砂利を踏み締める音がする。島の周囲を巡るうちに、岩の腹に洞穴を見つけた父は、まるで歩度を緩めることなく中に入っていった。
 洞穴の中はすぐに地下に向かう階段になっている。奥からは灯がもれていて、人の気配がする。階段を降りるにつれ、洞窟の奥から大勢の人間の嬌声が響いてくる。突然洞窟は大きな空洞に抜け、そこでは大勢の労働者風の男達が騒いでいた。まるで週末のビアホールか何かのようだ。見ると、空洞の中央がリングになっていて、そこで二人の半裸の男が組み合っている。どうやら男達は賭けプロレスに興じているようだった。
 父は喜んで近くのテーブルから唐揚げと焼酎を取り、男達と一緒になってプロレスに見入っている。私は男達に見つからないか気が気でなく、空洞の入り口の陰からこっそりと中を伺っていた。男達は口々に汚い野次を飛ばし、プロレスに夢中になっている。どの男も灰色の薄汚れた恰好をして、真っ黒な疲れた手をしている。リングの上の男の一方は、額から血を流しながら攻撃に耐えている
 ふと、男達の一人が私達を見つけると、一際高い叫びをあげ、罵り初めた。それに気付いた男達が次々に振り返り、プロレスに向ける以上の熱気で、言葉も聞き取れないような怒りの声を浴びせかけた。男達は叫びながら私と父を目掛けて獣のように飛びかかってきた。父は片手に唐揚げを持ったまま数人をいなすと、巨体に見合わぬ俊足で階段を駆け登って逃げた。私も二三人を蹴り倒し、父の後を追った。
 湖岸に出ると、父は私のことを放ってボートを漕ぎ出そうとしていた。間一髪でボートに飛び乗ると、タイミングを外した男が数人、湖に転がり落ちた。ボートは瞬く間に島を離れ、湖岸で叫ぶ男達も霧の中に沈んでいった。
 岸に着いた私達は、母らと共に駅舎に戻った。父は賭けプロレスの男達のことなどまるで気にしていないように、上機嫌だった。
 駅舎のコインロッカーの陰では、来た時と同じように小熊が震えていた。私は熊を連れていこうか迷ったが、大きくなった時の苦労を考えて諦めた。私達は車に乗って駅を後にした。
 しばらく行くと、いやにパトカーが多いのに気付く。湖程ではないが、駅の外も濃い霧が立ちこめている。白い視界の中に、突然パトランプの光が現れては消えていく。霧のせいか、ほとんど他の車や人陰もないのに、パトカーだけがあらゆる交差点で張り込んでいるようだ。
 突然、霧の中に警官が現れ、車が止められる。四人の警官が青い交通整理用のベストを着て検問に立っている。警官の一人が運転席の窓から父に何か尋ねている。
 私はふと、洞窟の中の男の一人が「鎌倉の警察は……」と言いかけていたの思い出した。そして警察が賭けプロレスの男達とグルなのを直観した。こんなことなら熊を人質に連れてくるべきだった、と後悔した。鎌倉や逗子の警察は京都の警察より質が悪いのだ。
 警官は中々質問を止めず、父は苛立って語気を荒げていた。それに気付いた仲間の警官が、私達の車に集まってくる。私は運転席後部の座席で、無言のまま、この状況を打破する方法を必死で考えていた。
 ふと、上空からヘリコプターの音が聞こえ、幾人かの警官達が何気なく空を見上げた。霧を裂くような爆音は次第に大きくなり、父を問いつめていた警官も視線を上にやった。父もつられて窓の外を見上げる。爆音は急速に大きくなり、地面に吹き付ける風を感じた。風はすぐさま突風になり、霧が渦をまいて流れていく。
 霧の中からするすると縄梯子が現れ、更にその梯子にぶら下がっている白装束の老人が目に入った。病院から逃げ出してきたような、骨と皮だけの痩せ細った老人だ。その老人が、ヨレヨレの襦袢のような抜の布を風にはためかせながら、片手片足で縄梯子につかまっているのだ。老人は空いた手を私達の方に差し出し、何かを大声で叫んでいる。爆音に邪魔されて良く聞き取れないが、歌を歌っているようだ。命を削るような、絶叫のような歌だ。
 警官達は帽子を飛ばされないように押さえながら、号令のようなものを掛け合い、銃を抜いて空に向けた。父は黙って老人を見つめている。紙切れやクズが風に舞い上がって、霧の中に真空のように開けた空間を舞っていく。私はふと、老人の歌っているのが、私の小学校の校歌だということに気付いた。
 
 
初出:「文藝」2000年春号(河出書房新社)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
※このテクストが気に入った方は、はてなID you1453 にポイント送信寄付をよろしくお願いいたします。

 家に帰ると、妻が知らない男と寝ていた。
 二人はすぐに私に気付いたが、とっさに交合を解けないようで、私も妻も男も、数秒の間惚けたように固まっていた。それから私はゆっくりと戸を閉じ、部屋を出た。私は一言も言葉を発することなく、表情も変えないで家を出ると、もと来た夜道をゆるゆると歩き始めた。
 背後で妻の声がしたような気がしたが、よく聞き取れなかった。私はただ夜の住宅街を、機械仕掛けのように歩いていた。
 私達の住む町は、正確に四角に区切られたブロックが延々と続く、新興住宅街だ。国道まで出ないとコンビニすらないような、ベッドタウンである。
 どのくらい歩いたのか、私は公園にいた。ベンチに腰掛けてひと息付いた。ブランコとシーソー、小さな鉄棒と砂場があるだけの小さな公園だ。周囲は、寝静まり、物音一つしない。吐く息が白く、ただブランコの鎖が冷たく光っている。
 ふと見ると、私の正面に十代半ばくらいの少女がしゃがんでいるのに気付いた。一瞬前まで気配すらなかったのに、少女はずっとそこに生えていたかのように私を見つめていた。話し掛けくるわけではなく、膝を抱えてただ私をじっと見ている。
 少女は季節に合わない薄手のワンピースを着ていた。光の加減で深緑にも見える長い髪がまっすぐに伸びている。私は少女の服の胸元が弛んで、覗けそうになっているのに目が離せなくなった。少女の胸の膨らみが見えそうで見えないでいるのが気になって、無遠慮にじっと見つめかえしてしまった。
 突然少女が立ち上がり、公園の隅の方に向かって走り出した。ミニ丈のワンピースから覗ける白い足が月明かりに光っている。少女の行く方を目で追うと、公園の一画が異様な蔦の群生で被われていて、そこだけが違う惑星の原生林のように見える。少女はその蔦の中に入ると、ふっとかき消すように消えてしまった。
 私は立ち上がって、ゆっくりと蔦のある方へ歩いて行った。見ると、蔦の中に草でできたトンネルがあって、それが斜下の方に向かってずっと伸びている。丁度すべり台状の非常用脱出チューブのようで、どこまで続いているものか見当も付かない。しかもトンネルを構成する蔦は、まるで触手ようにゆっくりと動き続けている。私は逃げ出そうとも思ったが、不思議と足が動かず、誘われるようにトンネルの中に身を投じてしまった。
 一旦入ると、トンネルの内側はつるつる滑って、とてもゆっくり伝って降りられるようなものではない。私は諦めて、思いきってウォータースライダーのようにチューブの中を滑っていった。
 トンネルは時折緩やかに曲がりながら、どこまでも続いていた。耐えきれない程加速したところで程よくカーブがかかるので、ほぼ一定の速度で滑り続ける。そうしてしばらく下ったところで、はっとチューブの先が開けた。
 そこには先ほどの少女が横たわっていた。私は咄嗟に避けることが出来ず、まともに少女の上に飛び下りてしまった。そのまま二転三転し、私の身体はようやく転がるのを止めた。
 そこは相変わらず夜の住宅街にある公園だった。同じように周囲は静まり返り、ブランコの鎖だけが外灯に光っている。それでも、何かが少しずつ違っている。遊具の配置が異なるし、隣に建っている家も別の家だ。微妙に異なる新興住宅街が上下二層に重なって造られているようだった。
 少女は倒れたまま動かない。そっと歩み寄ると、唇の端から血を流して死んでいた。
 取りかえしのつかないことをしてしまった、と思い、血の気が引いて行くのがわかった。が、周囲に人陰はない。このまま逃げ去れば、誰も目撃者はいない。私が殺したとは誰にも分からないだろう。早く逃げなければ、と思った。しかしそう思うと、急に捲れ上がったワンピースから見える少女の身体が気になり出した。
 私はじっと少女の太股を見つめていたが、思いきってそっと手を触れてみた。まだ暖かい。しかし何の反応もない。ゆっくりと少女の服をまくってみた。少女は布切れのようなワンピースの下には何も身に付けていなかった。私は少女の乾いた陰部に手を伸ばした。そうしてさらさらとした陰毛を指に巻き付けると、思いきって引っ張ってみた。陰毛が何本か抜けて、手の中に残った。私はそれをポケットにしまい、捲れ上がった服をそのままにして、公園を後にした。
 しかし一体ここがどこなのか見当も付かない。何の特徴もない住宅街の一画のようだが、いくら歩いても宅地から抜けだせない。綺麗に整備された宅地は縦横の道路に区切られていて、その無機質な区画がどこまでも続いている。
 ほとんどの家が変哲のない二階建て住宅で、大抵の家には灯がともっている。しかし物音は全くしない。まるで人の気配がない。車の音もしなければ、虫の声すらしない。どこかの家で道を訪ねようかとも思ったが、何かとんでもない事になるような気がして出来なかった。私は気味が悪くなって、とにかくこの町を早く抜け出そうと、ひたすらまっすぐに歩き続けた。
 いつまで経っても住宅街は終わらなかったが、公衆便所を一軒見つけた。まるで人の住む建物のような立派な造りで、築後間もないように見えた。デパートのトイレのように清潔な便所だった。私はとりたてて尿意があった訳でもなかったが、歩き疲れていたので、その便所に足を踏み入れた。
 中に入ってみると、そこには小便器がなく、大便器だけがいくつも剥き出しで並んでいた。便器の間はユニットバスにあるような半透明のシャワーカーテンで仕切られているが、丸見えも同然である。私は女子便所に入ってしまったのかと思って確かめたが、入り口は一つしかなく、男子とも女子とも表示がなかった。
 もう一度中を覗くと、やはり大便器だけが並んでいる。それも三十はくだらないだろうという数が、二列になって続いている。便器には蓋がなく、便座だけがあり、傍らにレバーがある。どの便器も滅菌処理を施されたかのように清潔だ。私は手近な便器にそのまま腰掛けた。
 ふと、便所の奥の方で人の気配がした。よく見てみると、薄暗い便所の一番奥に、人がいるようだ。気付かれないように近付くと、シャワーカーテンの向こうに、壁に寄り掛かって立つ人陰がある。影は女のようで、立ったまま時折身体をくねられせている。私は女が自慰に耽っているのだと悟った。
 私は息を飲んで、そのまま女の自慰の様子を眺めていた。カーテン越しには女の容姿も恰好もはっきりとは分からないが、無人の便所の中に女の吐息が響いてくる。私は便座の傍らに身をかがめて、凍り付いたようにその様子を眺めていた。
 次第に足が痺れ、バランスを崩した拍子に、レバーに肘がかかってしまった。音を立てて水が流れる。女はやっと私に気付いたようで、カーテンの向こうで固まっている。私はとにかく便所を出ようと思ったが、凄まじい勢いで水が流れて来て、それが一向に止まらない。見る見る間に水が便座を溢れ、床に流れていった。
 私は何とか水を止めようとしたが、便器の水は変わらず滝のように溢れてくる。女はカーテンの向こうで息を潜めたままだ。水は便所の床を覆いつくし、靴を濡らしてきた。私はもう何もかも捨てて逃げ出そうと思い、水の上を走って便所から飛び出した。
 便所から出ると、遠くでサイレンの音がした。先ほどまで全く生気がなかった住宅街が、にわかに活気づいているようだった。しかしそれは人間の気配というより、何か見知らぬ生物達が蠢いているような様子だった。どの家からも何か物音が聞こえ、それがただ普通に暮らしていて出るような音には聞こえなかった。総ての家で一斉に夫婦喧嘩が始まったような陰惨な物音だった。いくつかの家では動物のような叫び声が上がっていた。それでも、道路には依然として人陰がなかった。
 私は急激にせき立てられるような不安に包まれ、全力で道路を走り出した。サイレンの音がますます大きくなり、包囲するように四方から響いてくる。しばらく走ると、住宅街のまん中を一文字に線路が貫いていた。踏み切りも何もなく、唐突に線路だけがあった。見ると、線路の上を貨物列車が走ってくる。貨物列車は私の前まで来ると減速して、コンテナの一つで扉が開いた。
 中には見覚えのあるベレー帽の初老の男がいて、早く早くと手招きしていた。私は何も考えずにコンテナに飛び乗った。男が扉を閉めると、途端に電車は加速して、一直線の線路を進み始めた。
 ベレー帽の男は知人のように見えたが、誰だか思い出せない。探偵のような恰好をして、眼光が鋭い。沢山の人間を見続けてきた男だ、と直観した。
 男は内ポケットから何枚か写真を出すと、それを私に見せ、私の妻でないか確認してきた。それは先程の少女の遺体の写真だった。少女は写真の中で、陰部を曝したままの格好で無惨に横たわっていた。しかしよく見てみると、それは間違いなく私の妻の姿だった。
 私はもうお終いだ、と思い、正直にそれが妻であることを認めた。すると男は何も言わずにコンテナの隅の麻袋の上に腰を下ろした。男はポケットから煙草を取り出して火を付けると、言った。
「大丈夫、一命は取り留めたよ」
 私はほっとすると同時に、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。何もかも正直に話そう、と思った。家に帰ったら妻にも謝らなければならない。あの家にいた男とも、よく話せば友達になれるのではないか、と思った。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
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CK

 その男達に最初に気付いたのは、弟の七回忌の日だった。
 七回忌と言っても、両親と私で墓参し、簡単に食事をするだけだ。ただ、私は正月にも里に帰らないような男なので、弟の命日は両親と顔を合わせる数少ないイベントでもあった。礼服を着る必要もないのだが、友人のいない私は慶事に用いる機会もないので、一応黒いネクタイを締めてみたりした。しかしその日は、春先にも関わらず七月上旬なみの異常な暑さで、私は少し後悔していた。
 一年ぶりに両親と会っても、別段話すこともない。我々は黙って弟の墓石を流した。それだけでも額に汗が吹き出してくる。枯れた花を片付けながら、順に墓前にしゃがんで、祈るような恰好をしてみせる。その間も、私はただ予期しない暑さを呪っていた。
 母が目前で何か念じている時、私はふと背後に視線を感じた。振り帰ると、二十メートルほど向こうで、男が墓石の陰に隠れた。Tシャツ姿の長身の若者だ。じっと見ていると、男はとってつけたように墓の周りを掃き始めた。一見ただの墓参りの男のようだが、私は直観的に何か不穏なものを感じた。それでもその時は、思い過ごしだろうと自分に言い聞かせ、両親と共に霊園を後にした。私には時々、何かを根拠なく思い込んでしまうという習癖があるのだ。

 翌日、私は海へ散歩に出た。私の実家は、海から歩いて三十分ほどの所にある。子供時分を思い出すように、海岸線に沿ってあてどもなくぶらぶらと散策した。海は有名な海水浴場で、夏には芋を洗うような人なのだが、さすがに数人のサーファーが浮かんでいるだけだ。本当なら、季節がら海風が辛い道なのだが、昨日に続いて初夏のような気温で、散歩にはちょうど良かった。サーファーにとっては尚更のようだ。
 散歩中、私はほとんど風景を見ないで空想に耽っている。そのせいで、飛び出してきた自転車などにぶつかりかけることがしばしばある。実際、子供の頃には歩いていて溝にはまったり電柱に突っ込んでしまったことが何度もある。歩行のリズムによる振動は、脳を適度に刺激するというが、私の場合は度が過ぎる。
 その時、突然奇妙な感覚が私を襲った。体液が沸き立つような不吉な感覚だ。昨日墓地で感じた予感めいたものと同じだった。
 立ち止まって周囲を見回すと、道路を隔てて反対側を一人の男が歩いていた。小さなバッグを片手に持ち、Tシャツにチノパンという出で立ちの若者だ。もちろん、昨日の男ではない。こちらに気付いている様子もない。しかし何故か、それが気付いていないフリをしているだけであり、彼が昨日の男と何か関係あるということが、はっきりと感じ取れた。
 私はさりげなく靴の紐を結び直し、男に気付いていることを悟られないようにした。男はそのまま私と同じ方向に歩き続けた。私はそろそろと立ち上がり、道路を隔てて男の斜後ろに位置するように歩き出した。先程までの空想的気分は吹き飛び、私の集中は極度に高まっていた。
 散歩を装いながら、常に視界の隅で男を捉えていた。男は変わらない調子で歩き続ける。
 男はしばらく歩いた後、道路脇の駐車場に入った。私は立ち止まるわけにいかない。視界の切れる寸前に、車のそばで立っている女に、男が何か告げているのが見えた。十メートルほど歩いたところで、駐車場から出た白いカローラが私を追い抜いていった。
 カローラが見えなくなって、やっと私は散歩の演技を止めた。防波堤に寄り掛かり深く呼吸すると、全身から嫌な汗が吹き出してくるのを感じた。私は記憶の糸を手繰りながら、尾行される理由を考えた。何も思い当たらない。私は平凡な語学講師であり、重要な役職に付いている訳でもなく、人から恨みを買う憶えもない。はっきりしているのは、彼等が私を見張っているという事実だけだ。

 次の日、私は新幹線で故郷を離れた。一晩眠ると、不思議と昨日の不安は消えていた。この不安は夢の中の恐怖に似ている。追いつめられ死に瀕し、絶望の淵で感じる恐怖なのだが、目覚めて五分もすると輪郭も定まらなくなる。私は思い込みの激しい性分なのだ。鞄から読みかけの小説を取り出して開いた。車内はエアコンの風が心地よく、私は読書に引き込まれていった。
 発車から三十分ほど経った時だ。駅と駅の中間で、人の乗降もないのに、一人の男が後ろの車両からやってきた。男は私の隣に空いている座席を見つけ、腰をおろした。瞬間、私の体に例の感覚が走った。
 三十過ぎくらいの眼鏡をかけた地味な男だ。Tシャツにジーンズという格好で、会社員には見えない。だからといって、見るからに怪しいという訳でもない。男は私のことなどまるで気にしていないように、マンガ雑誌を開いている。しかし彼が私を目標にしていることは明らかだった。
 私は読んでもいないページをゆっくりとめくった。自然な読書を装い、視線を落とす。一体この男達は何者なのだ。実家の周囲だけならともかく、新幹線の中にまで付いてくる。フランクな格好だけに、余計に不気味だ。とにかくこの場を去らなければならない。しかし走行中の電車から降りる訳にもいかないし、いま立ち上がったら余りにも不自然だ。私はなるべく平静を装い、一定時間ごとに機械的にページをめくり、ひたすら時を待った。
 駅が近付くと、私は努めてゆっくりと立ち上がり、網棚から荷物を降ろした。その時初めて男は私の方を向き、荷物を取りやすいように膝を反対側に寄せた。私は降ろした荷物を抱きかかえ、じっと電車が減速するのを待った。アナウンスが流れると、私は再び立ち上がり、男の前を抜けて通路に出た。去り際に見ると、男はマンガ雑誌に夢中の様子だった。私は早足を抑えきれずにデッキに出て、停車と同時にホームへと逃げ去った。車内とは対照的な、粘るような熱気が私の体を包んだ。
 電車の扉が開いている間、私は男が追ってこないことをひたすら祈っていた。一分にも満たない時間だったが、私は総てのドアに神経を配らせ、乗降客の一人一人を確認した。発車のベルが鳴る。ベルは異常に長い時間ホームに響いていた。
 ドアが閉じると新幹線はゆっくりと加速し、男と共に消えていった。私は途中下車したホームに取り残されていた。
 斜前に立っているくたびれた中年男が、スポーツ新聞を広げた。バッと開く新聞紙の風圧を感じた。新聞を開く音が奇妙に大きく聞こえた。「鳩山兄弟云々」という見出しが目に止まった。その時初めて、私は男達の目的が弟に関係していることを悟った。
 考えてみれば当然の話だ。彼等が付きまとうようになったのは、弟の七回忌からなのだ。彼等は弟を追って、私に行き着いたのだ。こんな当然のことに今まで気付かなかった自分に、少し驚いた。ある考えに集中している時、些細な明白事に盲目になるのはしばしばあることだ。それにしても私は間が抜けている。
 それよりも問題は、彼等が弟の何に興味を持っているのか、ということだ。とにかく、それは私にも関係している何かなのだ。私は心を緊張から解き放ち、見落としのないよう総ての事に考えが及ぶように努めた。

 職場に戻ってからも、男達の監視は続いていた。郷里と私の現在の住まいは、新幹線で二時間以上の距離だ。これだけの広範囲にわたって私の追跡を続けるということは、余程重大な目的があるのだろう。
 加えて、目にする男は毎回違う人間が現れる。決まって二十代から三十代前半の若い男ではあったが、容姿は様々で、普通に見ていれば何の共通項もない男達だ。一人の人間の尾行に多人数を配置できるということは、相当に巨大な組織が背後にあることを示している。
 弟は生前、宇宙の始まりについて研究していた。ビッグバンとか虚数時間とか、そういった話だ。私は物理学の詳しいことは分からない。文学部卒業の語学講師に、量子力学が理解できるわけもない。ただブルーバックス的な、噛み砕いた「理系の話」にはことのほか興味があり、元々SFファンでもあった私は、弟の研究に興味を持っていた。
 正直に言えば、そんな研究の出来る弟を少なからず羨ましく思っていた。私は自分の才覚から結局哲学や文学の研究に向かったが、自然科学への関心を失った訳ではなかった。弟と会う度に、私は研究について尋ねた。弟は文系人間向けに散文化して、研究内容を知らせてくれた。その多くは私の理解の範疇を越えるものではあったが、決して退屈するものではなかった。総合的学力ではそれほど優れていなかった弟が、いつの間にか高度な量子論を語るのに驚いた。知らない間に、私は弟に大きく水をあけられてしまったようだった。
 弟は志半ばで逝った。男達は弟の研究を狙っているのだ。しかし弟が関わっていたのは、数学的な、いわば虚学に属する分野の学問だ。直接実用に供し、利害を生む類いのものではない。それが何故組織の関心を呼ぶのか。依然として謎は残っていた。

 異常な暑さは止まることを知らなかった。七回忌から既に一か月以上が経っていたが、猛暑は衰えることなく春を通り越してそのまま夏に突入してしまった感さえある。テレビでは季節外れの蝉のニュースが流れている。各地で植物や昆虫の異常な行動が報告されている。地球温暖化の影響を懸念する声もあったが、識者は一時的な異常気象だとしてその憶測を退けていた。しかし、これ程持続するものが本当に異常と言えるのか。それは異常を過ぎて一つの恒常となっているのではないか。世界は変わりつつあるのではないか。
 暑さと共に、男達の監視も厳しさを増していった。初めの頃は二三日に一度目にする程度であったのが、次第に毎日、更に一日に数度見かけるようになった。それが私の注意力の向上によるものなのか、実際に監視が増しているのかは、容易には断じれない。しかし、いかに私の神経が研ぎすまされていっているとはいえ、この数の増加は、やはり実質的なものと思わざるを得ない。とにかく、その度に私は監視に気付いていない演技をしなければならなかった。尾行に気付いたら、まず気付いていることに気付かれないようにしなければならないのだ。
 男達は次第に、私の職場や私生活の中にも浸入してくるようになった。ある時は私の学生に混じって男の姿があった。さらに私の学生や同僚が、いつの間にか男達の一味になっていたりした。通勤途中でも多くの男達が私を見張っていたし、アパートの住人の何人かは、組織に取り込まれていた。
 弟の死因は交通事故だ。しかし今となっては、それが本当に事故だったのかどうか疑わなければならない。弟は殺されたのだ。おそらくは組織によって。しかし何の為に。量子論的な宇宙の始まりが、それ程壮絶な抗争を生み出すものなのか。私は宇宙の始まりについていくらか調べたが、私に可能な範囲では何も分かる筈もなかった。かといって、人に助けを求める訳にもいかない。どこに男達が潜んでいるか知る術もないし、周囲の人間を巻き込んでしまうわけにはいかない。このことは両親にも誰にも知られる訳にはいかないのだ。

 監視する男達を逆に観察することで、私は彼等の特徴をいくつか掴みつつあった。一つは年齢的な問題で、以前から察していた通り、極端に若い者や高齢者がいない。
 それから、彼等の服装だ。スーツ姿の会社員風の場合がない。特別奇抜な恰好をしているわけではないが、カジュアルな雰囲気の場合が多い。目立たない服装であることは尾行の上で当然だが、同じ平凡な恰好でも、学生風の変装をしている場合がほとんどだ。
 そしてある時気付いたことは、彼等のシャツに、決まって同じロゴが刻まれていることだ。それは「CK」というアルファベットだった。私は仮に彼等を「CK団」と呼んでみた。それは「死刑」あるいは「私刑」という言葉を連想させた。彼等は私を殺めるつもりなのだろうか。いや、もしそうだとしたらとっくにやっている筈だ。そのチャンスはいくらでもあった。そうでないとすると、「死刑」は弟の虐殺を意味しているのだろうか。いや、そうではない。そうだ。「CK」は弟のイニシャルではないか。彼等は私の弟のイニシャルを胸に刻んで私を狙っているのだ。
 このことに気付いてから、私は男達に対する見方を変えなければならなくなってきた。男達が弟の研究を狙って私を追い回しているのだとばかり考えていたが、もし彼等が弟を奉じるものだとしたらどうなのか。弟は彼等に殺されたのではないことになる。すると弟は誰に殺されたのか。弟を首領とする組織が狙うのが私だとすると、殺人者は私ということになる。馬鹿な。
 確かに私は弟を嫉妬していた部分がある。そして弟の死因には今一つ不明なところが残る。弟が死んだ時、私はしばらくそれを現実のこととして受け止められなかった。不思議と悲しいとも思わなかった。悲嘆に暮れる両親の間で、奇妙な罪悪感に悩まされた。素直に兄弟の死を悲しめない自分が不気味だった。
 葬儀の席で、私は友人の前で泣いた。しかしそれは、葬儀という雰囲気、友人の言葉を失った様子に泣いたにすぎない。いわば私は、弟を失った兄の役を演じていたのだ。役になりきって、絆されて泣いていたのだ。その感情は外からやってきたものであり、私の内から生まれたものではない。私の内面は空虚なままだったのだ。
 だから私は、弟の死を悲しんでいない。その事に自分でも気付いていた。それ故に、私は自分を罪深いと感じたのだ。未だに基本的な所での私の気持ちは変わっていない。私は人間としての正常な感情を欠いてしまっているのだろうか。
 しかし、もし私が弟を殺したのだとすれば、総てに説明が付く。確かに私には弟を殺したという記憶はない。その証拠もない。だが何らかの原因、精神的外傷などでその記憶を喪失しているのだとしたらどうか。事実としての殺人の記憶は失っていても、感情は残り、悲しみを受け付けない。衝撃だけが残り、弟の死は意味を喪失する。いや、それは私の一つの成功として、罪として残る。CK団は弟の死の真相を嗅ぎ付け、七年の歳月をかけてついに私を追い詰めたのではないか。
 ならば何故、彼等は草々に私を始末しないのか。それはやはり、弟の研究が鍵になっているのだ。弟は裏切り者の私に、無意識の内に研究の秘密を託したのだ。私自身の内面、記憶の淵に、弟の研究の秘密が眠っているのだ。それは世界の始まりに関するものであり、同時に大組織を動かす利害の絡むものだ。つまり、世界の始まりと同時にその終わりを解き明かすものであるのに違いない。

 私の生活は、遂にそのほとんどが男達の監視下にあるようになった。一人でいる時でも、テレビやラジオを通じて私を見張っている。私はテレビのニュースの音に、モールス信号のようなものが混じっているのに気付いた。気を付けてみると、それは町中でも時折耳にするものだった。私は勿論、モールス信号を知らないが、その意味する所は分かった。それは私を追い詰め、脅迫する内容だった。同時に、私の脳に埋め込まれた情報を引き出す為の、暗合鍵の役割を果たしていた。
 モールス信号が聞こえる度に、私は耳を塞いでそれを遮らなければならなかった。コードが私の脳に達すれば、途端に秘密は解読され、私の役目は終わる。それは私の生の終わりをも意味している。何故なら、秘宝を受け渡した私は、ただの裏切り者でしかなくなるからだ。そうなれば私が弟同様、事故にでも見せ掛けて始末されるのは目に見えている。いや、弟を殺したのが私だとすると、私は自殺を偽装されるのに違いない。何と言う皮肉か。

 ある日の夕暮れ、私は商店街の電気店でテレビを目にする。テレビは、末期的な異常気象を報じている。農業の大不作と大規模な水不足が予言される。それに混じって、私の脳を切り開くメスのような信号が浸入してくる。空は不気味な紫色にそまっている。その紫を映すように、毒に染まった水が川を流れている。細いドブ川にかかる古い石橋は、商店街の丁度中央に位置し、西と東を分け隔てている。私には声が聞こえる。それは、世界の始まりから終わりを語っている。

 兄は自転車を使って、A町から8キロメートル離れたB町まで毎時12キロメートルの速さで行き、そこで休憩したのち、行きと同じ道を、毎時16キロメートルの速さでA町まで戻ったところ、A町を出発してから1時間30分経過していた。
 弟は兄がA町を出発すると同時に、兄が通る道と同じ道をB町からA町へ毎時4キロメートルの速さで徒歩で向かった。弟は途中で休まない。
 兄と弟が最初に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから丁度30分後のことである。これが兄と弟の最初の出会いである。兄と弟はすれ違う。初めての対面に、二人は互いに抱き締め合おうとするかもしれないが、歩みを止めることは許されない。兄は弟を、弟は兄を、愛おし気に見つめるかも知れないが、長い間互いを見ていてはいけない。二人の向かう先は逆の方向にあるからだ。
 兄と弟が二番目に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから、丁度1時間20分後、兄と弟が最初に出会ってから、丁度50分後のことである。これが兄と弟の二番目の出会いである。兄は弟を追い抜く。二度目の邂逅に、二人は運命を感じるかも知れないが、歩みを止めることは許されない。兄は弟を、弟は兄を、愛おし気に見つめるかも知れないが、兄は長い間弟を見つめていてはいけない。二人の向かう先は同じであるが、兄は弟の先を走るからだ。
 兄と弟が最後に出会うのは、兄がA町を、弟がB町を出発してから、丁度2時間後のことである。これが兄と弟の最後の出会いである。兄は弟を出迎える。しかし兄が弟を抱擁することはない。兄はこの時既に屍となっているからである。弟が兄の屍にすがることもない。弟もB町に着くと同時に屍となるからだ。
 
 黄昏れの空の下を、子供達が駆けてくる。子供達は皆、両手を空に掲げている。油の中を泳ぐように、子供達はスローモーションで橋を渡ってくる。彼等の胸には、CKの文字が刻まれている。商店街の風景が、水に落とした絵の具のように歪んで溶けていく。声が聞こえる。私は初めて自転車に乗った日のことを思い出す。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
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オットー・リリエンタールとイルカの歯医者さん

 大西洋遥か上空の闇を切り裂きながら、オットー・リリエンタールは睡魔と闘っていた。
 史上初の飛行機による単独大西洋横断をめざし、ライアン単葉機<スピリット・オブ・セント・ルイス>がニューヨークを発って、既に二十時間余りが経過していた。食欲は用意したサンドイッチにより満たすことが出来たが、それが彼を襲う睡魔をより一層強力なものにしていた。彼の単葉機には軽量化の要請から正面に窓が無く、ミラーによってかろうじて視界を保つ設計であった。ミラーから窺う上空には満点の星空があったが、下は漆黒の海、彼の意識もまたその闇の中に何度もとけ込もうとしていた。その度に彼は故郷デトロイドで待つ両親、兄弟のことを思い、そして飛行学校時代の苦難を思い出しては自分を勇気づけていた。
 彼がこの挑戦に至る苦難は並大抵のものではなかった。勇気は無謀と解され、嘲笑は彼の家族にまで及んだ。しかし彼の兄弟達は決して彼を責めはしなかった。周囲の人間が彼の狂気を疑った時も、兄弟達は静かにオットーのことを見守り、励ましてくれた。
 大西洋上空のビロウドの夜の中で、彼は左手で自分の太股をつねり、自分自身を叱咤した。耐えろ、オットー。今誘惑に負けたら今までの戦いは何だったのだ。自分はそれでもいい。しかし今まで謂れのない嘲笑にも負けず信じ続けてくれた家族、友人の思いを裏切るわけにはいかない。戦え、オットー、飛ぶんだオットー!
 しかしよく考えるとそれはリンドバーグのことだったので、オットー・リリエンタールには何でもないことだった。

 ひとしきり自分の苦しみを打ち明けると、オットーは恐る恐る先生の目を盗み見た。ヒゲノ閣下先生は軽蔑と諦めの混ざった視線を眼鏡の奥から発しながら、カルテの隅に三種類のクスリの名前を書き込んでいた。「貴方は今、ギリギリの所にいますね。つまり、これ以上いくと帰ってこられなくなる、丁度境界の場所です。クスリをお出しするので、試しに飲んでみて下さい。寝る前に一錠ずつ三種類飲んで下さい。では」
 耳元で小さな声がした。
 飛ぶんじゃないの、オットー?

 オットーはキチガイ扱いされながらも、空を飛ぶことを諦めなかった。村の人々は誰一人としてオットーをまともな人間としては見ていなかった。優しくしてくれる人がいても、その瞳の奥には隠しようもない侮蔑の光が潜んでいた。精神科医であるヒゲノ閣下先生ですら、あからさまにオットーを蔑んでいた。それでもオットーは空を飛ぼうとしていた。翼の形を変え、実験に実験を重ね、ただ大空に羽ばたくことだけを夢見ていた。しかし彼は失敗し続け、村人達はますます彼を疎んじた。
 ある年のクリスマスの夜。オットーの元にもトナカイに牽かれるサンタがやってきた。オットーは完璧なグライダーをサンタに期待していたが、靴下の中に入っていたのは平凡な向精神薬二週間分であった。しかも彼等は、オットーが夢見て止まない空中散歩を、翼も動力もなしでいとも容易にやってのけていた。オットーはうらやんだ。不条理だ、非科学的だと思うよりも前に、ただただ空を飛べる彼等が羨ましかった。
 憮然としながらプレゼントを受け取るオットーに、サンタはその豊かなヒゲをなでながら言った。
「君に必要なのは空を飛ぶ事じゃない。しっかりと地に足をつけて生きることだ。そうだ、君には特別にこれをあげよう」
 そう言ってサンタが手渡したのは、α波ミュージックのCDだった。ジャケットには白衣を着たイルカのイラストがあしらってあった。イルカは歯医者の使うような反射鏡を額につけ、そしてヒゲがあった。

 オットー・リリエンタールにはヒゲがなかった。

 向精神薬を飲むのは不思議な体験だ。効いてくる感触が不思議だというのではない。そんなものは何回か体験すれば慣れてしまうし、自分の精神の一部がある種の脳内物質の増減によって簡単に変化してしまうということを自覚するだけだ。不思議だというのは薬が効いてくる前の話だ。
 コップに水を注ぎ、何種類かの錠剤と共にそれを飲み干す。早ければ十数分、遅くとも一時間以内には自分は別の人間になっている。しかし今はそうではない。この待ち時間が不思議だ。神が降りてくるのを待つような時間。
 薬が効いてくると、今までの苛立ちがウソのように消えていく。嵐のようだった心が凪のように静かになってくる。同時に柔らかい睡魔が体全体を覆っていく。あちこちからレーザー光線のように飛んできていた他人の思念が消えてなくなっていく。心の中には穏やかな自分自身だけがある。誰も自分を責めていない。誰も自分を馬鹿にしていない。焦りもない。不安もない。自分が安らいでいることを他人も自分も誰も責めない。永遠に続くような平和。
 それでも小さな声がする。大きな声でがなり立てるのでもなく、情報を空間化して一気に送りつけるのでもなく、弱々しい呟くような小さな声がする。いつもの声とはまるで違う、無視されることを前提とするような弱い声がする。眠っている恋人に静かに語りかけるような声がする。「もう寝た?」と問うような絶対矛盾の小さなつぶやき。耳を澄ます。
 飛ぶんじゃないの、オットー?

 百二十二回目の飛行実験の失敗で、オットー・リリエンタールは前歯を失った。グライダーの失速と同時に丘の斜面に突き出た岩に顔面から突っ込んでしまったからだ。歯を折ったくらいで済んだのは奇跡的だった。
 訪れたクリニックの歯科医はイルカだった。しかもヒゲのあるイルカだった。オットーはこのイルカの歯医者さんをどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。そんなことより、今回の失敗の原因を探るので頭が一杯だった。歯医者を訪れたのも顔面を血で染めて丘から帰ってくるオットーを、見かねた村人が無理矢理連れてきたからだった。
 やがてオットーの名前が呼ばれ、白い長椅子のような診察台に彼は言われるままに横たわった。強力なライトをかざされ、ヒゲのあるイルカの歯医者さんの顔がのぞき込んできても、まだ彼はグライダーの事を考えていた。治療の方法を検討する声もどこか遠くで響く外国語の会話のようだった。やがてドリルが細い唸りを上げ、再びイルカの歯医者さんの顔が天井を覆い隠した。突然、両手両足に金属製の枷をはめられた。初めから長椅子に仕込んであった枷が、電気仕掛けで彼の四肢を捉えたのだ。
 オットーは身動きできなくなった。それでもオットーの心はグライダーにあった。痛くないですよ、という声がどこか遠くで聞こえた。瞬間、激痛が彼の体を貫いた。
 オットーは悲鳴を上げ、一気に現実に引き戻された。抗議のために声を声を上げようとすると、またドリルが彼の口内を抉り出した。口を閉じようとすると額と顎をベルトで固定され、口の中に綿を詰められた。イルカの歯医者さんは沢山の鋭利な道具でオットーの口を固定し、再びドリルで彼の歯を削りだした。神経に直接穴を開けるような激烈な痛みが彼の体を貫き、オットーは失神した。
 頭から冷水をかぶせられ、オットーは目を覚ました。再び開いた視界を強力なライトの光が埋め尽くした。イルカの歯医者さんは容赦がなかった。麻酔は、麻酔は、と叫ぶオットーの声を無視して、再びドリルが唸りを上げた。少し痛いですよ、という声が終わらないうちに、またも素人のバイオリンを聞くような神経の痛みが始まった。
 オットーは絶叫し、怒り、それが通じないと分かると泣き叫び、許しを乞い、四肢を緊張させ、それにも疲れて無防備に激痛にさらされ、失禁し、失神した。その度にイルカの歯医者さんは彼を現実に呼び返し、いつ果てるとも知れない治療が続けられた。

 一体どれほどの時間、この責め苦が続いていたのか分からない。オットーは何度となく意識を失い、再び取り戻した。現実の総ては暴力的な光と耳をつんざく金属音、全身を貫く激痛だった。逃げては引き戻され、襟首を捕まれ引きずり倒されるように何の救いもない現実に直面され続けた。
 今自分に意識があるのか無いのかも分からない。治療用ライトは瞳孔を狭窄させ、光と闇の区別も付かなくなった。ただどこか遠くの方で、イルカの歯医者さんの声がした。豊かに蓄えられたヒゲの感触が顎の辺りを微かにかすめた。
「治療は完了しました。よく頑張ったね」
 目を開いても、そこは相変わらず闇の中だった。手足の拘束は解かれているようだったが、相変わらず自由ではなかった。狭く息苦しい空間に無理矢理詰め込まれているようだった。それでもオットーはそれほど窮屈には感じなかった。自由を奪われながらも解放されている感覚があった。微かに風を感じた。耳元で風を切る音が聞こえ、それが音楽のように音程を変えながら遠くになったり近くにやってきたりした。それでも視界は漆黒の闇のままだった。
 オットーはゆっくりと首を左右に動かした。何もなかった視界の隅に微かな光が映った。光は暗闇の中でゆっくりと上下していた。船の上から眺める星空のように揺れていた。しかしその星空は次第に光を強くし、天上ではなく眼下に迫ってきていた。
 オットーの意識は研ぎ済まされていった。少し寒いと思った。同時に体の奥の方から外気に抗するような暖かみが伝わってきた。知覚が空間を浸食していった。もう誰の声も聞こえない。誰も自分を責めてはいない。自分は一人だ。一人であると同時に人とつながっている。しかしそれは向精神薬のもたらすまどろみとは違っていた。意識ははっきりしていた。オットーは完全に覚醒していた。同時に不安も苛立ちもなく、自信を持って一人で立っていた。オットーは飛翔していた。
 妖精のような小さな声がした。飛ぶんじゃないの、オットー? 
 飛ぶさ、オットーは声に出さずに答えた。眼下に光が迫っていた。
 翼よ、あれがパリの灯だ。
 
 
初出:文藝別冊「J文学をより楽しむためのブックチャート」(河出書房新社 1999年)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
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モザンビーク・フィルム

 埼玉県川越市の中学生四人が、アフリカはモザンビークに体験留学することが決まった。
 過保護と仮想現実の箱庭の中で育った現代埼玉の中学生に、アフリカの大自然と、貧困と戦いながら学ぶ現地の学生生活を、体験させようという試みである。
 朝礼で演台に並ばされた四人は、それぞれ半ば用意されたままのセリフを、高らかな抱負として語った。全校生徒と教師陣が、それに儀礼的拍手を送った。
 この朝礼の模様は、総べてカメラによって収録されている。というのも、この体験留学の試みは、文部省推賞の実験であると同時に、巨大メディアによる演出でもあるからなのだ。彼等の留学生活には、総べてカメラがついてまわり、逐一番組の一部として収録される。その様子が、毎週お茶の間に流される、という仕組みなのである。
 こうして、男子三人、女子一人によって構成された埼玉の中学生達のアフリカ生活が始まった。

 ジャングルの一部を切り開いて作られた木造の校舎は異臭を放ち、想像以上の貧しい暮しがそこにはあった。学舎の周辺には、野放しにされた家畜がうろつき、草を噛んでいる。埼玉の学校からは考えもつかない野卑な状況であった。
 加えて、現地の人々は未だ、教育に対して猜疑心を抱いている。というのも、子供達は貴重な労働力でもあるからだ。
 しかし教師も、生徒達も、偏見と貧しさに反比例するかのように、目を輝かせ、日本の学校にはない熱気が教室を埋めている。教師達は、教育こそが国の未来を明るくすると信じ、生徒達は、学ぶことそのものの喜びに満たされている。
 埼玉の中学生四人は、最初こそ照れがあったものの、数日も経たないうちに、黒い肌に深緑の制服を馴染ませた現地の子供達と共に、はしゃぎまわるようになった。言葉の壁こそあるものの、子供同士には不思議な共感能力が備わっているかのようだった。
 熱心な教師陣の中で、とりわけ情熱に溢れていたのは、ヨーロッパのNGOから派遣された、白人の女性音楽教師だった。彼女はアフリカの子供達に、クラシック音楽を教えようとしているのだ。
 ただでさえも教育に批判的な保護者達の間では、彼女の評判は芳しくない。労働力を奪われた上、およそ子供達の人生に関わりのないように見える、ヨーロッパ上流社会の音楽など学ばせた所で、何になるのか、というわけである。
 しかし白人教師は負けていない。寄付によって集められた中古楽器を生徒達に配し、音楽の喜びを教え、卒業までには全員で交響曲を演奏できるようにすべく、全力を傾けている。彼女の信念は、音楽における調和が、子供達の情緒を良い方向に育て、やがては国の栄えに寄与する筈だ、というものである。
 日本の番組サイドとしては、日本人留学生達を、この試みに是非とも参加させたかった。貧しい黒人学生と日本人中学生が、白人の指導を得て、すばらしい交響楽を奏でる、そのようなシナリオを描いているのだ。
 しかし白人教師は、この留学プログラムを面白く思っていない。彼女はあくまで、貧しい国に音楽教育を普及させる為にやってきているのだ。駄食の国からメディアの張子のように送り込まれて来たひ弱なアジア人など、崇高な試みを阻む異物にしか見えないのだ。
 番組サイドと白人教師の間で、画面には映らない折衝が重ねられた。中学生四人は、いずれも、それなりの音楽教育を受けてきた現地の学生に比べて、演奏の技量に劣っている。とてもではないが、メインを任せる訳にはいかない。しかし番組としては、彼等を是非とも第一バイオリンに配し、生徒達の先頭に立たせる演出によって、お茶の間に感動をもたらしたいのだ。
 長い話し合いの結果、中学生のうち比較的音楽的才能に秀でた二人が、オーケストラにとりこまれることになった。

 当の四人の間でも、それなりの葛藤があった。彼等とて、丸っきりのメディアの操り人形ではない。現地の生活に馴染むに連れて、オーケストラの中でのポジションに対し、彼等なりに熱意を持つようになっていた。結果、メガネをかけた秀才タイプの男子と、唯一の女子が第一バイオリンに配されることが決定したとき、四人の中に一つの亀裂が走った。残り二人は、祝福しながらも、どこか卑屈な気持ちを抱かないではいられなかった。しかしもちろん、そのようなネガティヴな面は番組には反映されない。
 農繁期が終わり、オーケストラの練習が佳境に入る頃、番組の制作総指揮を司るプロデューサーSが現地に視察に入った。通例、このような過酷なロケでは、若手のディレクター達だけが現地に留まり、編成サイドが汗を流すことはない。しかしこのプロデューサーは、特別な野望を抱いていた。
 というのも、彼は本職のテレビスタッフではなく、高名な精神科医なのである。局と行政サイドの話し合いで、児童教育にも深い造詣を持つ彼が、番組の制作総指揮として配されたのだ。現場スタッフ達からは名誉職くらいにしか見られていなかったSであったが、彼なりに番組についての思惑を抱いていた。
 というのも、彼は学生時代、自主制作映画に熱をあげていた時期があり、若かりし頃には、映画監督になる、という夢を抱いたこともあったからだ。Sは映像作品について、並々ならぬ興味と熱意を持っている。できればこの番組を、二時間程のセミドキュメンタリー作品にまとめ、映画化したいとすら目論んでいたのだ。彼は自らの名前をアナグラムで変形した別名をもって、この作品を監督しようと考えていた。
 現場スタッフにとっては厄介者に過ぎないSではあったが、現地に入ると、あれこれと具体的指示を出し、作品への情熱を表した。同時に、精神科医としての直観で、四人の中に目に見えない軋轢が生じつつあることを察した。
 Sは、第一バイオリンに落選し、かつ四人の中でもっとも落ちこぼれでシャイな小柄な少年に目をつけた。一見普通の子供と同じく明るく振舞っている彼であったが、夜毎に学校で飼育するウサギを虐めるなど、鬱屈した一面があることを、Sはすぐに見抜いた。彼をポジティヴな方向に持っていってやらないと、このドラマ全体の調和が崩されるように思われた。逆に言えば、このような落ちこぼれに焦点を当てることによって、番組は、シャイな少年の成長劇としての新たにストーリーを膨らませる可能性を孕んでいるのだ。
 しかも少年は、学業や対人コミュニケーションにはいささか劣った所があったものの、奇妙な直観力を持っていた。Sは、これによって、番組の大きな裏仕掛けが見抜かれてしまうのを恐れたのだ。
 実は、番組のロケはアフリカではなくインドネシアで行われているのだ。予算と政治的事情から、インドネシア奥地の学校をモザンビークという設定にし、巧みなフィクション・ドキュメンタリーが構成されているのである。いわば壮大なヤラセが演出されているのだ。このことは、当の中学生達自身にも知らされていない。
 オーケストラに夢中になっている二人の少年少女は、そのような裏仕掛けに気付く様子もない。ただこの件の少年一人だけが、要注意人物であった。
 Sは短い滞在の間に、口酸っぱく彼に注意を払うよう現地スタッフに言付け、多忙なスケジュールによって日本へと連れ戻された。
 番組の裏仕掛けを見抜くヒントは、身近な所にあった。挨拶であるbonjourのイントネーションである。アフリカではbonの部分にアクセントがくるが、インドネシアではjourに強く発音されるのである。もちろんそのような言語学的知識を中学生が持っている訳がない。しかし少年は、不思議な直観で違和感を嗅ぎとりつつあった。
 オーケストラの発表会が迫っていた。現地スタッフはSの助言に耳を傾けず、白人女性による音楽教育と、その中に投じられた二人の少年少女を中心にカメラを回していた。残された中学生二人は、次第に画面に映る機会を少なくしていった。
 そんな折、予期せぬ事態が学校を襲った。テロリストが学校を襲撃したのである。
 イスラム原理主義を奉じる彼等テロリストは、白人NGOスタッフや資本主義の先兵たる日本人クル-達を容赦なく射殺した。そればかりか、抵抗する生徒達にまで銃口を向けたのである。もはや番組どころの状況ではなくなってしまった。
 事件後に現地入りした報道陣が目にしたのは、凄惨な虐殺の現場であった。西洋式の教育の熱気に溢れていた校舎は、無数の銃痕に傷つけられ、生徒や教師達の遺体が累々と連なっていた。白人音楽教師も、頭部の半分を吹き飛ばされ脳漿をばらまいた姿で廊下に横たわっていた。目を被わんばかりの悲惨な光景であった。
 日本人中学生達については、しばらくの間、行方がつかめなかった。遺体の中に、彼等の姿がなかったのだ。しかしテロリスト達の去った跡の中に、中学生のものらしき足跡が混じっているのが発見された。
 その痕跡を辿り推測されたことには、三人の中学生がテロリスト達に連行され、彼等の流儀で「処刑」されたということだった。その処刑方法とは、手首を縛られたまま沼地に向かって歩かせ、沼に脚をとられた所で、木の上から巨大なエンピツのような木製のヤリによって貫かれる、という残酷なものだった。ヤリは必ずしも急所を突くと限らず、三人の中には、長い間苦しんでから、肺を汚泥でいっぱいにして息絶えた者もいたようだった。
 そのような凄惨な現場は、もちろん、一切報道されず、番組も無言のうちに中断し、お茶の間の話題からも自然と消えていった。
 ただ一人の生き残りは、例の落ちこぼれ少年だった。ジャングルの奥で獣のようにうずくまり震えているのを、数週間後に発見されたのだ。少年についての報道は一切なされず、秘密裏のうちに日本へと送還された。

 二十年余りの歳月が過ぎた。少年はメディアの表舞台に出ることもなく、ただ、もって生まれた繊細さと強烈なトラウマによって病的な人生を歩んでいた。紆余曲折を経て、彼は今、アメリカの某所で低層労働者の一人として働いている。
 その職場でも、彼は無口なアジア人として、仲間の輪に加われないでいた。そんな彼の唯一の友人は、競争社会アメリカの学校でスポーツも勉強も出来ない冴えないアングロサクソンとして育った、一人の若禿げの男だった。
 元中学生がオーケストラに選ばれなかったように、このアメリカ人も、学校の演劇で端役に回された暗い思い出があった。劇の中で、彼は「tree 1」という木の役をやらされ、エリート学生の足げにされ、屈辱に喘いだのだ。その頃、彼は、劇でヒロインを演じていた少女に密かに思いを寄せていたのだが、そんな想いは届くべくもなかった。
 卑屈な日本人とアメリカ人、彼等は奇妙な連帯感で、仕事帰りに暗い酒場の隅でグラスを傾けあうことがあった。
「結局、女なんてのは、結婚だけが目的なのさ。エリート達は、うまくやっているようで、手玉にとられているだけなんだよ。そういう俺達は、そいつら以下の、クズだけどな」
 そう言って、二人は自嘲的な笑いを浮かべ、酩酊の中に自己を逃がしていくのである。

 暗いアルコールと労働の疲労に包まれて帰宅するのは、一人暮らしのうらぶれたアパートメントである。就寝前のしばしの時間、彼はテレビと共にすごす。孤独を紛らわす為に、興味もない番組をただ部屋に垂れ流すのである。
 煤けたアパートメントの壁を、ブラウン管の明かりが照らし出す。元中学生は力なくソファに体重を預け、安いカンビールを開ける。その目は虚ろなままで、決して画面を注視することはない。
 しかし、ふとテレビに映された相貌に、元中学生の目が引き付けられた。そこには懐かしい顔があった。精神科医のSである。
 Sは映画作品を完成させるという夢こそ果たせなかったが、その後、一般向けに書き下ろされた精神病理学の概説書を出版し、これがベストセラーとなって、さらに名を高めていた。最近になって、この本が英訳されることになり、彼はそのプロモーションも兼ねて、米国の教養番組に出演していたのだ。
 画面の中のSは、流暢な英語で、自らの本の概略、精神病理に関する私見などを語っていた。とりわけ、精神分析学において長らく問題とされてきている外傷神経症について、彼は独自の論を展開していた。
 他ならぬその外傷神経症を、元中学生は病んでいた。外傷神経症とは、事故や災害などの生還者が、その記憶のフラッシュバックなどに悩まされ続ける、という精神の病である。幼児期の虐待との関係も指摘されている。
 強烈な体験をした彼は、当然のようにこの症状を見い出され、帰国後の長い間、通院治療を受けた。しかし、彼の病気は完治することがなかった。
 それには、彼の側にも大きな問題があった。というのも、彼は自分の体験について、重要な核心を最後まで医師にもカウンセラーにも話すことがなかったのである。
 彼はテロリストに追われ、ジャングルに逃げ込んだ。エリート二人と肥満児だったもう一人の落ちこぼれは、すぐにテロリストの虜囚となった。だが彼は、ただ逃げていただけではなかったのだ。
 三人が連行され、「処刑」される様子を、彼は茂みの中から、一部始終目撃していたのである。当然、飛び出し助ける勇気も力もない。それどころか、凍りついたように指一本動かすことが出来ず、一方で目を閉ざすことも出来なかった。
 だが、不思議と恐怖は感じていなかった。余りの状況に、感覚が麻痺していたのかもしれない。しかしそれだけではなかった。彼は言い知れぬ興奮の中で、凄惨な「処刑」を見守っていたのだ。
 三人の中学生がヤリに貫かれ、泥沼に沈んでいく様を、彼は鼓動を高めながら見続けていた。まるで映画の一場面のようだった。とりわけ、女生徒の身体をヤリが刺し、それでも絶命することなく、泥にまみれもだえる姿は、彼の感覚を病的な興奮に高めていた。彼の性器はその時、固く勃起していたのだ。
 帰国後の治療は、テレビ局の配慮により、非常に心を配られたものだった。しかし、当のSの診察を受けることは最後までなかった。局としては、あの番組の企画自体を、一刻も早く霧散させたかったのだろう。
 一方で、元中学生は、Sこそは何か自分についての秘密を知っているのではないか、彼なら自分を治療できるのではないか、という思いを抱いていた。それを口に出すことはなかったが、彼は、自分が何かに気付きつつあったのを、Sが気付いていたのではないか、と感じていたのだ。
 そのSが、今、二十年の歳月を経て、今度はブラウン管の登場人物となっている。この遅すぎる皮肉に、彼は卑屈な笑みを浮かべ、いつものように睡眠薬をビールで流し込み、ベッドに横になった。
 毎夜強烈な悪夢にうなされる彼であったが、その晩見た夢はいつもと違っていた。
 Sが夢に現れたのである。
 夢の中のSは、彼の研究室で、学生に囲まれていた。しかしそこでのSは、いつもの威厳に溢れた様子ではなく、むしろ学生に侮蔑されているようで、若い女子生徒らに鞄を取り上げられ意地悪をされ、情けなく狼狽していた。

 次の日の晩も、彼はいつものように、若禿げのアングロサクソンと安酒場の隅に陣取っていた。酔いが回るのが早かった。特別な仕事をしたわけではないのに、彼は普段より困憊していた。理由は彼自身にも分からなかった。いつもは卑屈ながらも野卑な言葉を交わし暗い笑みを浮かべる彼であったが、その晩はその力もなく、帰宅する頃には足元もおぼつかなくなっていた。
 若禿げのアメリカ人は、友人を気づかい、彼をアパートメントまで送り届けた。

 その晩、二人はベッドを共にした。
 そもそもの初めから、そういうことだったのかもしれない。テレビも夢も見なかった。
 
 
初出:単行本『ゴルバチョフ機関』(2003年)
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ニーチェの作り方

ニーチェの作り方(四人分)

1 ボールにニーチェ1袋を入れます。
2 次に、冷えた牛乳200ml(1カップ)を加えます。
3 手早くスプーンでとろりとするまでかき混ぜます。

※ご注意
冷えたニーチェで作ると固まりにくい場合がありますので、室温で保存して下さい。

※ニーチェが固まるのはなぜ?
ニーチェが固まるのは、りんごやみかんなどの果物に含まれるペクチン(ニーチェに含まれています)と牛乳中のカルシウムの働きによるものです。

※類似商品にご注意ください
本品に類似したフルーチェという商品がございます。お買い間違えのないようお気をつけ下さい。

 ニーチェに含まれているペクチンとは、植物や果物の細胞と細胞の間に含まれる多糖類の一種である。一般に、よく熟したものよりやや未熟な果物に多く、しかも酸味の多い果物の方に多く含まれている。 市販の「粉ペクチン」や添加物としての「ペクチン」は、柑橘類の果皮(主にレモン)やりんごから作られている。つまり、熟した食べごろのミカンよりは、青いミカンの方がよりペクチンを含んでいるということである。腐ったミカンではダメ。
 ニーチェは絶叫する。
「我々はミカンや機械をつくっているんじゃないんです。我々は毎日人間をつくっているんです。人間のふれあいの中で我々は生きているんです。たとえ世の中がどうあれ、教師が生徒を信じなかったら、教師はいったい何のために存在しているんですか。教師にできることは子どもを愛してやることなんです。子どもを信じてやること、信じきってやることなんです!」(『善悪の彼岸』林場浅定訳)
 そうは言うものの、ニーチェの中にも、未熟なミカンから得られたペクチンが含まれているのだ。だが正確には、ニーチェに含まれているのは果物から粉末ペクチンを精製する過程で人工的に作られたLMペクチンである。
 ペクチンは化学構造上の違いから2種類に分類される。メトキシル基の量の多いものは高メトキシル(HM)ペクチン、少ないものは低メトキシル(LM)ペクチンと呼ばれ、それぞれ違う性質を持っているのだ。ニーチェは負けない。
「お前は腐ったミカンじゃない!」
「いや、ていうか、僕、ミカンじゃないですけど……」
 走る、ニーチェ、不良の手を引いて。
 不良生徒をかくまう為に、屋上をバリケート封鎖したニーチェ。校舎は警官隊に抱囲され、上空をヘリコプターが飛び交う。周囲の高層建築には、狙撃手が配備される。機動隊の盾の陣から一歩踏み出し、初老の刑事が拡声器で投降を呼び掛ける。退路は断たれた。
 だが、ニーチェは諦めない。
 鯨の攻撃に備えて屋上の縁に備え付けられた捕鯨砲に駆け寄ると、付近のビルに向かって苴を発射した。苴の軌跡に従って、するするとロープが伸びていく。ビルの壁面に突き刺さった苴と屋上の間に、細い脱出ルートが張り渡された。
「今だ!」
 ニーチェは不良生徒に高飛び用の棒を握らせると、綱の上に立たせた。吸い込まれるような高さに、さすがの不良もしりごみする。ニーチェはそれをせきたてた。
「進め、足萎えめ! とっとと行け、怠け者、もぐりめ、青びょうたんめ!」
 進退極まった不良は、判断する余裕もないまま綱の上に踏み出した。しかしその足取りはおぼつかず、数歩も進まぬうちに小便を漏らしてただよろめくだけになってしまった。周囲がざわめき、警官隊がマットの用意を始める。
 人間は、動物と超人との間に張り渡された一本の綱なのだ。
 京都大学霊長類研究所では、チンパンジーの飼育環境を、高さ30mにも達するアフリカの森に少しでも近づけるため、高さ15mの3本の柱からなる「トリプルタワー」を建設した(平成10年7月30日竣工)。このような飼育環境で育ったチンパンジーは、野生と変わらない高い身体能力を備えている。しかも長期にわたる科学的訓練の結果、幼時や不良中学生に匹敵する程の知性も持っているのだ。
 その中でもよりすぐりの知能を備えたチンパンジー「アイ」は、研究員を観察することで、遂に檻の脱出法を見つけだした。ある晩、鍵を開けた「アイ」は、仲間のチンパンジーを連れて霊長類研究所を脱走した。
 森を抜け、街を走って「アイ」は進んだ。そして警官隊の包囲をする学校に辿り着くと、素早く苴の突き刺さったビルに駆け登り、ニーチェの待つ屋上に向かって二本足で綱を渡り始めた。その速度は、不良中学生のおよそ十五倍にも達する。揺れるロープ。震える不良。
 たちまち「アイ」は、棒を持ってフラフラするだけの不良の所までやって来た。そして不良まであと一歩という所で、すべての口を唖にし、すべての目を見はらせるような恐るべきことが起こった。サルのような叫び声をあげると、「アイ」は彼女の行く手をさまたげていた者を飛び越したのだ。
 だが良く考えると、チンパンジーがサルのような叫びを上げて綱の上でジャンプするくらいは、それほど恐ろしいことでもなかった。
 本当に信じられないことが起こったのはその後である。
 地上に激突する寸前の不良中学生が、空中で静止し、逆に上昇し始めたのだ。学校を包囲している警官隊から驚きの声が上がった。
 舞空術だ!
 再び屋上に降り立った不良中学生の髪は、ブリーチ三発で見事な金髪に脱色されていた。
「お、お前は!」
 「アイ」が驚きの声をあげる。
 ここで「三段の変化」について触れなければならない。一万年に一人と言われる特別な能力を持ったサイヤ人だけが、「超サイヤ人」に変身出来る。この時、一人称が「オラ」から「オレ」に変化する。更に訓練を重ねることで、「超サイヤ人」は「超サイヤ人2」になることが出来るのだ。
「お前だけは、お前だけは、絶対に許さねえ!!!」
 不良中学生の金髪が逆立ち、鋭い放電音が大気を切り裂いた。
「波あぁぁぁぁぁっ!!!」
 これこそ、いやこれのみが、復讐というものである。時間、および時間の「そうあった」に対する意志の反感、これが復讐の正体である。
 だが「アイ」も、このまま不良中学生の付け焼き刃の技に屈してしまう程、軟弱なチンパンではなかった。
 長い間檻に閉じ込められ、訳の分からない足し算やカードゲームの訓練を受け続けてきた「アイ」の心は、煮え立つような人間達への憎悪で満たされていた。
 「アイ」が脱走した際、霊長類研究所のスタッフは、彼女が鍵を開けられたことにはさほど驚かなかったという。彼女にそれだけの能力があることは察していたが、人間達との深い絆ゆえに逃げ出すことなどないと信じていたのだ。だが、真実は違っていた。「アイ」は人間を憎んでいたのだ。
 あなたは、あなたを見たものを許すことが出来なかった。最も醜い人間よ! あなたはこの目撃者に復讐したのだ!
 「アイ」は瞬間的に大猿へと変身し、不良中学生の放った気功波を弾き返した。軌道を変えられたエネルギ-弾は、そのままオ-ストラリア大陸を蒸発させた。
 折しもシドニーではパラリンピックが開催されていたが、スポーティな万国の障害者達も大陸と共に塵となった。
「ムダムダムダァァァ!!」
 体長およそ二十メートルの大猿となった「アイ」の体重に耐え切れず、轟音と共に校舎が崩壊した。粉塵の中で対峙する巨大「アイ」と空飛ぶ不良中学生。
 警官隊の多くが逃げる間もなく瓦礫の下敷になった。説得を試みていた初老の刑事は、運良く生き残ったが、余りの出来事に部下達に与える指示も忘れて腰を抜かしていた。
 刑事の名は後藤。この道二十余年のベテランである。
 今年受験を迎える高校三年生の娘、サッカーに夢中の高校一年生の息子、熱烈な恋愛の末に結ばれた最愛の妻、糖尿を患い田舎から呼び寄せた母の、五人三世代同居家族である。
 部下からも「オヤっさん」の名で親しまれる腕利きで、最近では商店街で日本刀を振り回して暴れていた覚醒剤中毒者を、自慢の逮捕術で無傷のまま逮捕し、署内での評判も格別である。
 そんな後藤刑事であるから、ちょっと強面のヤクザ者くらいで恐れをなすことはない。最近では寧ろ中学高校生の方が何をしでかすか分からない怖さがあるものだが、そんなイカれた子供相手にも怯むことなどない。
 しかし今度ばかりは違っていた。後藤が前にしているのは、凶悪犯罪者でもシャブ中のヤクザでもなく、未知の怪獣なのだ。これは既に警察の守備範囲ではない。自衛隊や科学特捜隊の受け持ちだ。
 後藤は恐怖し、混乱していた。だが不思議なことに、逃げようという気持ちは起こらなかった。
 市民の安全を守る警察官たるもの、例えかなわぬ相手であっても、せめて援軍の駆け付けるまで時間をかせがなくてはならない。後藤は正義感の強い警官だった。後藤の父も警察官だった。後藤の父は彼が幼少の頃、強盗と挌闘した際に刺され、その傷が元で死んだのだ。後藤の脳裏に幼き日に見た父の背中が蘇ってきた。父さん、俺を守ってくれ。今度ばかりは、この俺の運も尽きるかもしれない。良子、すまない。史哉、母さんを頼むぞ(それぞれ、妻、息子の名)。
 後藤は抜けた腰を気合いで入れると、立ち上がってパトカーに向けて走り出した。ほとんどの警官は既に退避した後で、残っているのは負傷者と死人だけだった。パトカーの運転席では、若い警官がフロントガラスを突き破ったコンクリート片に押しつぶされて死んでいた。後藤は警官の死体を押し退けると、ハリウッド映画のように残ったフロントガラスを拳銃の銃把で叩き割った。
 エンジンをかけると、後藤はパトカーを大猿に向けて走らせた。大猿の注意を自分に向けることで、これ以上の被害が街に及ぶのを防ごうとしたのだ。
 しかし大猿は中学生と睨み合ったままで、パトカーには気付いてすらいない様子だ。後藤はパトカーの回転灯をつけ、サイレンを鳴らしながら猿の足元をぐるぐると旋回した。
 勿論、謎の能力を秘めた中学生のことも忘れてはいない。浮遊する中学生の下も迂回し、彼の注目もひこうとした。
 その結果、パトカーの動きは猿と中学生の足元の二点を中心とした、8の字型を描くことになった。
 猿と中学生は依然として微動だにしない。しかしそれが外見だけであることが、後藤には直観的に分かった。
 後藤は幼い頃から武道に親しみ、剣道、柔道、空手を学んでいた。武道の達人同士の戦いでは、時としてお互いの手を読みあい、側から見るとただ向き合っているだけの状態になることがある。そんな時も、不動のまま気の戦いは続いているのだ。どちらかが動いた瞬間が、勝負を決する時なのだ。
 後藤は油断しなかった。ただひたすらに、8の字を描いてパトカーを走らせた。粉塵の中で、ただパトカーのサイレンだけが唸り続ける。
 ある種のミツバチは、空中で8の字を描いて飛ぶことで、餌の方向と距離を仲間達に知らせる習性がある。この大いなる自然には、まだまだ人知では計り知れない神秘が隠されているのだ。しかし、今の後藤の動きには、ただ焦りがあるだけで、餌の方向も角度も示されていなかった。
 パトカーの塗装は牛を連想させる。だが、パンダにも似ているということを忘れてはならない。
 
 
初出:文藝別冊「誰でもわかるニーチェ」(河出書房新社 2000年)
単行本『ゴルバチョフ機関』収録
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