新鮮な二日酔い

 今朝起きてから、妙に地に足の着かない気分です。
 十分に睡眠を取ったにも関わらず、考えがまとまらず、心がザワザワする感じが消えません。
 超情緒不安定で、三日に一回は世界の終わりをリアルに経験する人生なので、別段この感じ自体は珍しくありません。神の声が聞こえないだけ、むしろ静かな方です。訳のわからない脳内物質やら壊れまくった内分泌システムのせいで、宇宙が歪んでいるのでしょう。
 こういう時の典型的なわたしの対応は、「原因を考える」という極平凡なものです。ただ「ヘンな薬キメて、しかもキメたことすら忘れてないかな」とか「内分泌のバランス制御が」とか「マイタケの過剰摂取によりβグルカンが予期せぬ作用を」とか「脂肪酸バランスがn-6系に傾いたせいで」といった妄想科学的な領域にまで救いを求め、またわけのわからない薬物をボリボリ摂取してみたり、断食してみたり、生魚を求めてスーパーを彷徨ってしまうところが少し極端ですけれど。
 今日もまた、いつもと同じように「原因」を求めてグルグルし、とりあえず冷たいコーヒーを注入しまくって覚醒を促してみたりしたのですが、依然シャキッとしません。
 「エストロゲン優位三日目くらいが一番精神状態が良い」マイ信仰などがグラつき、もうアッラーにおすがりするしかないのか、と思ったときに、やっと気づきました。
 二日酔いです。
 ただの二日酔いです。
 わたしはかなりアルコールに強く、学生の頃などは「喉が渇いた」と言ってテキーラをボトルから飲むようなキチガイでした。
 その後色々あって、部屋で飲むということをキッパリ辞め、飲む機会や量も普通以下に制限しました。久しぶりに会った友人に「○○さんと言えば『酒と本』のイメージだったのに!」と驚かれたくらいです。いや、これはむしろ、以前どれだけ酒飲みだったかを示しているだけかもしれませんが・・。
 最近になってまたちょっと増えてきましたが、それでもせいぜい平均的日本国民レベル。とにかく、長い間「二日酔い」というものを経験していませんでした。

“新鮮な二日酔い”の続きを読む

「かわいい」と言われること

 「兎美味し 蚊の山」さんが「かわいい」と「うつくしい」で、須田英之の独り言:可愛いと称される事は良いことなのかというエントリを引いて、こんなことを書かれています。

「かわいい」って言葉は力関係が下であるものに対して、「保護したい」「大切にしたい」という欲求を発する言葉だと思われる。と言ってもその「力」っていうのは経済的なことや会社での地位だけでもない。表向き会社という場の中で最も正しいロジックはあるけど、それとは別に地位は下でも影響力を持つ人がいたり、そのロジックでの評価が「くだらん」と思っている人が結構いたりするのが世の中だと思う。

 これは上の須田さん(多分男性)が「女性に『かわいい』と言われるのを喜んでいいのか。もしかして馬鹿にされてるの?」といった発言をされていることに対するものです。
 まず、「かわいい」が力関係が下のものに対する言葉である、ということを「一男一女の母」であるusauraraさんがサラリと書いて始めていることに、ドキッとしました。
 こういう身も蓋もない切り方というのを、わたし個人はしばしばしてしまうのですが、「かわいい」使用率が圧倒的に高いはずの女性のほとんどは、大抵こういう言説化をしません。そして「かわいいって弱いものに対する言葉だよね」等とふっても、どこか釈然としないような様子を見せ、それでも「よくわからない、そうかなぁ、言いすぎちゃう」といった反応しか得られないことがほとんどです。
 これは「『かわいい』が下に見る見方」であることがまったく間違っている、ということを示しているわけではなく、むしろ「かわいい」の「下に見る力」を最も効果的に発揮するには、それを意識化しない必要があるためであると思われます。丁度、「良きナショナリスト」がナショナリズムが近代のファンタジーであることを決して認めなかったり、一万円札を本当に紙として扱う人間が日本社会で生きていけないようなものです。

 しかし、「かわいい」は、「表のロジック」を脱臼させるワイルドカードとして用いられるだけではありません。

“「かわいい」と言われること”の続きを読む

大人気のドイツ人

 technobahnのバイオ燃料は地球温暖化防止には貢献しない、ノーベル賞化学者が警告より。

バイオ燃料の地球温暖化に対する効果を研究したのはオゾンホールの研究で1995年にノーベル化学賞を受賞したドイツ人大気化学者のパウル・クルッツェン博士を中心とする研究グループ。

 グッときたのは、記事の内容では全然なく、「ドイツ人大気化学者」という文字列。
 最初、「大人気のドイツの学者」というイメージが浮かびました。
 「ドイツ人・大気・化学者」と理解するのに一秒くらいかかりました。

 いいですね、大人気のドイツ人。
 オゾンホールなんかよりずっと気になります。

合コンこそ農耕的

 大野さんが「合コン」はやめようで合コン批判?をされています。エントリの主題は合コンの劣悪さ、「合コン」という言葉のかっこ悪さなどを巡るものなのですが、例によって本題とは全然関係のない細部に吸い寄せられました。

学生時代、周りに狩猟民族は少なく、定住型の農耕民族が多かった。恋愛も、畑を耕し種を蒔き、肥料をやり雑草を取り、ジワジワ育てるタイプ。だいたい普段の格好がツナギとか首にタオルとか、農民と同じである。飲み会も多かった。一つ課題が終わると終了コンパ。近くで酒を買って来て、作業着のままでアトリエでコンパ。農民の男女が収穫祭をしているようなものだ。

 ここで、暗黙的に「狩猟民族=合コン派」とされているように思うのですが、合コン派というのは狩猟的なのですか?
 わたしの中では、合コンこそ百姓的会合、下世話な箱庭的ゲーム、というイメージなのですが、大野さんにとっては違うようですね。
 言うまでもなく、合コンが「狩猟的」か「農耕的」かなどというのは話の本筋とは関係なく、さらに「狩猟的」「農耕的」という言葉遣いそのものがチープなイメージにすぎません。また、リアル狩猟採集生活は絶対「狩猟的」などではなかっただろう、ということは「採集民のススメ」でも書きました。ですから、ここでやりたいのはただの混ぜっ返しの言葉遊びで、筋も理屈も全然通っていません。

“合コンこそ農耕的”の続きを読む

モノゴ

  「『音を楽しむ』って書いて音楽っていうじゃないですか」とか言う人が嫌い

じゃあお前は人の間と書いて人間だな。よかったな。あっぱれだよ。

 まったくです。
 むしろ「音が楽する」くらい言ってやりなさい。

 ちなみに、わたしは「物語」という単語を初めて見たとき、「モノ語? モノにも言葉があるの!? すごいすごいすごい!!」とワクワク妄想をスパークさせて、その後大人たちから真実を知らされ、ものすごいションボリした思い出があります。

 人間たちはいつも、意味に目が眩んで、言葉がわからなくなる。

“モノゴ”の続きを読む

非モテとリア充 想像図

 今日、「非モテ」というのは、「非-モテ hi-mote」と合成語的に分けて発音するのではなく、「シブヤ」のように平坦かやや尻上がりに読む、ということを知りました。
 最初は「紐手」「干物」を連想してしまい、何のことだかわかりませんでした。

 また、「リア充」という言葉も覚えました。
 「リアルで充実」という意味だそうです。
 これも音を聞いた時は「リア獣」だと思い、

リア獣 > リア王 + 獣 > 百獣の王 > らいおん

 というイメージがスパークしてしまいました。

 「干も手」と「リア獣」は、多分こんな感じです。

“非モテとリア充 想像図”の続きを読む

モテ/非モテと侠気、一枚目

 主に「はてな」界隈で「モテ/非モテ」に関する議論をしばしば目にします。たまたまわたしの巡回しているブログでそういう話題が多いだけかもしれませんが、以前からこの話がさっぱり面白くない、というか、一体なぜそんなことに少なからぬ人(少ないのかもしれないし、よく知らない)が関心を持つのか、理解できないでいました。
 でも、ひーらーちゃんぷるーさんの「さよならオナニー」はちょっと面白かったです。
 「振った女を殴る代わりに社会運動にした」というフルカツ氏、それを政治的DVと読む大野氏、さらにこれに対し「それを言っちゃぁすべての政治がDVでしょ」とツッコみつつ「フルカツさんは本当に振った女を殴りたかったのか?」と微妙に話の焦点のズレたところに頭を使ってみる瀧澤氏。この話のズレ加減だけでも興味深いです。

 「モテ/非モテ」ということが話題にされている度に疑問に思っていたのは、そもそも「モテる」という基準というかパラメータのようなものが存在するのか、ということです。
 わたしも「モテ」という言葉を使うことはありますが、それは「モテを上げるっ!」とかハシャいでハイになってみる、といった程度のことで、ネタとしか思っていません。
 仮に「意中の異性とお付き合いできる率が高い」ことを「モテ」だと考えてみると(多分この還元はズレていますが ※1)、「うまくいく」かどうかはその人に本性として備わった「モテ」なる属性が決めるのではなく、ただ単に行動するか否か、そしてその時その時の行動で「首尾よく」振舞うか、あとは運が決めることです。
 瀧澤氏は、「好意を持った女性には、常に口説きまくりんぐ」だそうですが、イロコイなどというものは九割方勢いで決まるもので、「口説きまくりんぐ」で行けば結果的に「うまくいく」ことも多いでしょう。もちろん、失敗することもあるでしょうが、口説かなければ、男性の場合ほぼ100%失敗です。大抵の女は押しに弱いですから、押して押して押しまくれば、そのうち洗脳にかかってなんとなくコロッといってしまうことも多いのではないかと思います。失敗したらどんどん次に行って、成功体験を積んでいけば、成功率も高まっていくことでしょう(※2)。
 技術も重要ですが、技術は実践と成功体験から獲得するものなのですから、行動しなければ始まりません。すべてとは言いませんが、多くの自称「非モテ」な人は、単に行動しないだけなのではないか、と想像します。
 ただ、これで話が終わるわけではなく、すぐに思いつくポイントが三つあります。「思い入れ」と社会的抑圧、そして容姿の問題です。

“モテ/非モテと侠気、一枚目”の続きを読む