死後の生は信じるが、死んだ後のことなど知らない

ハーリジャ・ブン・ザイド・アル・アンサーリーによると、預言者に忠誠を誓っていたアンサールの女、ウンム・ル・アラーゥは語った。アンサールがムハージルーンの住まいについてくじを引いたとき、ウスマーン・ブン・マズウーンが当り、彼は私たちの元に留まることになったが、しばらくして病気にかかり、看病の甲斐もなく遂に死んだので、私達は彼を衣に包んで葬った。このとき神の使徒が私たちのところに入って来たが、私は死者に向かって「アブー・サーイブよ、アッラーがあなたを憐れみ給うように。そしてアッラーがあなたを栄えあるものとされたことを私は証言します」と呼びかけた。すると預言者は「アッラーが彼を栄えあるものとされたとどうしてわかるのか」と尋ねたので、私は「神の使徒よ、私にはわかりません」と答えた。そこで彼は「ウスマーンはもう死んだので、彼の冥福を祈るのだが、わたしは一介の神の使徒の身、アッラーが彼に何をなさるか、わからない」と言った。これを聞いてわたしは非常に悲しく思い、それ以後決して死者を褒め讃えることをしなかった。ところである晩、私は夢でウスマーンがこんこんと湧き出る泉のほとりにいるのを見たので、これを神の使徒に話した時、彼は「それは彼の行いの賜物だ」と言った、と。
(ブハーリーのハディース)

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Googleストリートビューに積極的に写る

 Googleストリートビューの厚顔ぶりが話題になっていて、個人的にもあまり面白くないのですが、「写すな」とかばかり言っていてもつまらないので、むしろ積極的に写る、あるいはGoogleに写す気をなくさせる、という方法はないでしょうか。
 家にYahoo!のロゴをでっかく描いてみる、常にYahoo!のTシャツを着て歩く、とかいうネタを考えたのですが、それくらいGoogle様は全然気にもしないでしょう。Google様の幾多の悪行を批判する垂れ幕なんかでも、まだダメっぽい。
 そんな政治性はまるっきりなしで、普通の営業広告をどかーんと出してみるのはどうでしょう。実際、今後「ストリートビューの名所」みたいなものができたら、そこに露出するだけでかなりの広告効果が見込めると思うのですけれどね。一周回って物理看板の復権!みたいな。
 いっそその看板にAdSenseとか付けられないですかね。あるパターンの垂れ幕みたいの吊るしておいて、Googleのカメラがそれを認識すると、自動で文脈に合わせた広告がハメこまれるわけです。もう、アフィリエイターがこぞって垂れ幕ですね。webで一発逆転!と思っていたのが、千年前からある地主パワーに屈するわけですが。
 怪しげなSEO業者もどきみたいのが現れて「ウチのビルの前はGoogleの撮影車がよく通るんですよ! こちらに更新頻度のグラフがあります」みたいな話になると面白いですね。「Googleの撮影車が通りやすくする五つの方法」とかがホッテントリになるのです。
 でもいくら頻繁に更新されたからと行って、アクセスがなければ意味がないわけで、よくアクセスされそうな場所というのは、結局物理世界で人気のある場所ですよね。渋谷駅前とか、実際の世の中と一緒になってしまうわけです。
 少し違うのは、「物理的には誰も立ち寄らない場所だけれど空から見ると面白い」、ヘンな形の島とか、ナスカの地上絵とか、そういう場所が特殊な不動産価値を持つようになるかもしれません。いや、ナスカの地上絵は今だって値打ちありますし、あそこに広告書くわけにもいかないでしょうが、前に紹介したドバイの世界地図の形の島なんて、もともと商業ベースでやっている話なのですから、衛星写真向けの広告とか打っても不思議ではないでしょう。あ、これはストリートビューじゃなくて、従来からのGoogle Mapsの話か。
 衛星写真向けの広告、というのは誰でも考え付きそうで、既に行われているんじゃないかと思うのですが、これはかなりコストをかけないと実現できません。もし同じことをストリートビュー用に実践するなら、衛星写真向けよりは低コストなはずです。そう思うと、広告媒体としての「見られる物理世界」は、ストリートビューのお陰で庶民の手に降りてきたのかもしれません。

 というような世界観がシャレじゃなくなりかねないので、やっぱりGoogle化はものすごい気持ち悪いですけれどね。

昆虫はなぜ飛ぶのか

虫

 うわー、髪超可愛いねー!
 自分でやったのー?

 とかアホなこと言いながら激写していたら、羽の外側の硬いところをモジモジさせて、離陸する気配を見せる。「それ、触覚やっちゅうねん」とか思ってウザかったのかしら。
 でもその姿がまたカッコ良くて、しつこく迫っていたら、ついにお飛びになった。
 怖い。
 甲虫飛ぶと、もんすげー怖い。
 トンボが飛んでもそんなにびっくりしないけれど、こういう硬い系の「もう飛ぶのあんまり得意じゃないんだよね」な人が遂に飛んだ時は、マジギレ!って感じで手に負えない。もう謝るしかない。
 攻撃なのか単にテキトーに飛んできただけなのかよくわからないけれど、ブブブブッとか言いながらこっちにやって来た。とっさに蹴りを出しかけたのだけれど、ヒールでうまく蹴れない。というか、この場合蹴りは良いオプションじゃない。
 はっきり言っておく。格闘技では虫に勝てない。
 パンチやだし、キックも的が小さくて速過ぎやん。寝技とかもう全然無効。
 で、反射的に「おわぉおっ!」とか叫んでた。
 びっくりして叫んだというより、攻撃の一種として叫んだんだと思う。気持ちの中では「弾幕」みたいな。
 でも全然利かない。バリア無効。
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では、お前の家族に食べさせなさい

アブー・フライラによると、彼が預言者のもとにいたとき、一人の男がやって来て、「私はもうだめです」と言ったので、預言者が「それはまた、どうしたのだ」と尋ねると、男は「断食中、妻と交わってしまいました」と答えた。そこで預言者が「お前は自由の身にしてやれる奴隷を持っているか」と尋ねると、彼は「いいえ」と答え、「では二ヶ月間続けて断食できるか」と尋ねると、「いいえ」と答え、さらに「六十人の貧者に与える食べ物があるか」と尋ねたときも、「いいえ」と答えた。預言者はしばらくじっとしてたが、このとき、なつめやしの入った大きな籠がもたらされると、彼はその男に「これを持って行って、その中から施しなさい」と命じた。するとその男は「これを私より貧しい人に与えるべきでしょうか。神かけて申しますが、メディナの二つのハッラの間に私の家族より貧しい家族は居りません」と言った。これを聞いた預言者はからからと笑い、「では、これをお前の家族に食べさせなさい」と言った。
ブハーリーのハディース 断食の書 牧野信也訳より)

アブー・フライラと猫、犬のハディース

4061492101 イスラームとは何か―その宗教・社会・文化 (講談社現代新書)
小杉 泰
講談社 1994-07

 かなり今さらですが、読んでいなかったので読みました。小杉泰先生の『イスラームとは何か―その宗教・社会・文化』です。
 「イスラーム入門新書」系で最も売れている本の一冊だと思いますが、実際非常にバランスが良く、イスラームについてまったく知識のない人でもすんなり入っていけます。
 イスラーム概説のような同じテーマを色々な著者を通じて読んでいると、内容とは別に研究者のオーラを感じられて面白いです。小杉先生からは「大きくて優しそう」な印象を受けます。ちなみに、わたしが勝手に同じような優しさを感じているアラブ・イスラーム関係の先生に、もう一人本田孝一先生がいらっしゃいます。
 『イスラームとは何か』での個人的な最大の収穫は「アブー・フライラ」でした。ハディースの七教友の一人で、ハディースを読むとこれでもかというくらい名前を目にします。「夜の三分の一を睡眠、三分の一を礼拝、三分の一を学習に充てた」というエピソードが有名ですが、この名前が「仔猫のお父さん」という意味だということに、恥ずかしながら本書で初めて気づきました(ハディースは翻訳でしか読んでいないです・・)。
 猫はhirratunですが、アラビア語には指小形という「かわいいもの」を表す形があって(ロシア語などにもあったと思う)、○u○ay○unという母音構成になります。hirratunをこの形に変形すると、hurayratunになり、最後のtunは発音されないのでhurayraだ!と気づいて、すごく嬉しくなりました(「アブー」はお父さんの意)。英語圏ではAbu Hurayra, Abu Hurairahなどの表記が見られます。
 子供の頃の猫好きっぷりから「猫オヤジ」とあだ名され、そのまま千年以上の未来にまで伝えられてしまっているわけです。
 アブー・フライラのみならず、預言者本人も猫好きで知られていて、一般にイスラームは「猫贔屓」です。ハディースには、猫を閉じ込めて餓死させた女が地獄に落ちるお話があります。
 それに比べると犬はボロクソな扱いなのですが、犬をポジティヴに扱っている貴重なハディースに、正にアブー・フライラ伝によるこんな一節があります。
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1976年版Hans Wehr Arabic-English Dictionary

 1976年版Hans Wehr Arabic-English Dictionaryを購入しました。
 Hans Wehr Arabic-English Dictionaryの最新版は1993年版ですが、アマゾンのレビューで「旧版の方が大きさが手ごろだった」というコメントがあった他、「アラビア書道とその周辺」さんのエントリにも「76年版はコンパクト」とあったので、たまたまマーケットプレイスに出品されていた1976年版を購入してみました。
 確かにコンパクトで持ち運びに便利です。パスポート初級アラビア語辞書と比べるとこんな感じ(厚さはHans Wehrの方があります)。

1976年版Hans Wehr Arabic-English Dictionary
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ネットがなければテレビは要るのか

 テレビの凋落が指摘されるようになって久しいです。地上波デジタルへの移行が近づくに連れ、ますます目にする機会が増えているようです。
 たけくまメモ「竹熊さん、インターネットはヤバイですよ。」もそうした「既存メディアはもうダメ」論の一つとして、面白く拝読したのですが、これを読んでいる時にふと思ったことがあります。
 現在のネット上における「テレビヤバいよね」論の主流には、「ネットが普及した結果、テレビの意義が相対的に低下した」という認識があるのではないかと思います。これは端的に事実でしょうし、広告収入の減じた結果、追い詰められたテレビがますます品性下劣な方向に走る、という現象もあるのではないかと思います。
 ただ、ネットが普及する以前から広義の「テレビ批判」というのはあって、これとの関係から、「テレビはもうダメ」観の中には二つの流れがある気がするのです。
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中東ニュース翻訳のRSSフィード

 東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクトによるNews from the Middle East 日本語で読む中東メディアという素晴らしいサイトがあります。アラビア語、ペルシア語などの現地新聞を翻訳して掲載してくれているサイトです。原文へのリンクもキチンとあるため、勉強にももってこいです(日本と一緒でしばしばリンク先が消えていますが・・)。
 ただ、残念なことにこのサイトはRSSフィードがありません。既存ツールで生成しようとしてもうまくいかなかったため、自前でRSSフィードを作成しました。

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