貴族 ヤンキー 立ち入り禁止

 メレ子殿が大久野島に行かれたようです。わたしが行った時とびっくりするほど見るポイントがかぶっているので、面白くなってきます。本当に小さな島で、写真を撮る場所も自ずと決まってくるのですが・・1
 わたしが一番カッコイイと思った発電所跡ですが、ここは彼女の書いている通り、内部は立ち入り禁止になっています。わたしは迷うことなく柵を乗り越え、震度3くらいで崩壊しそうな内部の写真をバシバシ撮ってきてしまいました。「入るな」と書いてあると、デフォルト入ります
 で、この内部ですが、刑事ドラマの銃撃戦がありそうなカッコイイ廃墟っぷりだけでなく、実はもう一つ予想もしないものが出迎えてくれます。
“貴族 ヤンキー 立ち入り禁止”の続きを読む

  1. 天と地ほども違うのが、写真のレベルです。自分と同じ場所でうまい人が撮った写真を見ると「良い写真とはこういうものだ」というのを見せ付けられて、惚れ惚れします。万人の認めるところでしょうが、メレ子殿の写真はマジ素晴らしいです。 []

入って後悔した風呂と修行メソッド

 年々病的に人付き合いが悪くなっていく自分が一周回って面白くなってきて、いっそ「死ぬまで業務以外で人と会わない」ゲームにしてみようか、などと妄想しているこの頃ですが1、この間の連休は大阪の旧友を訪ねてきました。
 旅が苦手なこともあって、行く直前まではキチンとバッドなのに、会うと不思議なことに楽しいです。
 この感じを、

「大阪まで新幹線乗って何しに行くねん」とスネた気持ちになってしまうのがデフォルトなので、修行だと思って行きます。行けば結局楽しいし。
これは薬に似てるね。
マイナ・トランキライザとか、飲む前は「こんな問題が薬なんかで解決するわけがない!」と思っているのに、飲むとちゃんと解決するし(笑)。でも飲むまで思い出せないんよねぇ。

 とこれまた荒んだ例え話で表現するメールを送ったところ、この「会うとうっかり楽しくなっちゃう」がお風呂に似ている、というお話を教えてくれました。
 文中「僕」がわたしのお友達です。
“入って後悔した風呂と修行メソッド”の続きを読む

  1. この間社長に飲みに誘われたのを「思想上の理由でお酒が飲めない」と断ったので、「業務」ですら付き合ってないです・・・ []

イプサ プロテクター デイシェルター ブライトビジョン

 「美白フリークの愛用する6つの日焼け止め」で触れたイプサのプロテクター・デイシェルター・ブライトビジョンをまた買いました。

イプサ プロテクター デイシェルター ブライトビジョン

 SPF30 PA+++と、日常使いに最適のお気に入り下地。良く見てみたら、「日やけ止め乳液」と書いてあります。
 何が何でもノンケミカル!という方にはNGですが、とても優しい付け心地で、目の周りにも毎日使っていてトラブったことはありません。お値段的に、あくまで日常使いの顔専用ですけれど・・。

朝になると朝になったので驚いた

 アラビア語に「أصبح アスバハ」という、「○○になる」を表す英語のbecomeに相当する動詞があります。
 語源的には「صباح サバーフ」朝から来ていて、「朝になる」が転じて「○○になる」一般を意味するようになったようです。
 一見頓狂のようですが、morningだって形は進行形です。こちらも夜明けの到来を示すmorwenが語源で、tomorrowとも同根です。
 わたしたちは、朝というと(厳密には定義できないものの)「何時から何時」というタイムスパンを指すようなイメージに支配されていますが、考えてみれば夜が明けて朝になるというのは、クッキリと「朝」が出現するものではありません。夜だったものが段々空が白んできて、「光が、光が、朝が、朝が、朝になっていく!」という、動的なイメージがプリミティヴな水準ではあったはずです。
 何かに「なる」というのは、不安なことです。いつから「なっ」たか、よくわからないからです1
 「大人になる」というのは意味がよくわかりません。二十歳になると機械的に「オトナ」になって、誕生日の朝に目覚めると「オトナ」ならではの諸機能がバッチリ実装されている、とかならわかりやすいのですが、そうはできていません。東の空が白くなって、少しずつ少しずつ明るくなるように、わたしたちは「大人にな」ります。
 でも、これでは不安でたまらないので、元服やらバンジージャンプやらで区切りを付けるて象徴化するのです。
 「死ぬ」のも一緒で、今なら病院の心電図が平たくなったら「ご臨終です」と言えるのかもしれませんが、元々は死にかけていたものがいつ生死の境界を越えたのか、それほどハッキリしたものではなかったはずです。心臓が止まっても蘇ることがあるくらいですから、死んだと思って埋めたものが、蘇ってきて「遺産相続はまだ早い!」と文句を付けてくるかもしれません。ですから、「死」というのは生物学的な現象ではなく、そこにバインドされた象徴概念であって、この境界を強化するために戒名を付けたり、二度と生き返らないようにキッチリお葬式をやったりするわけです。墓石というのは、穴を掘って人間を叩き込んだ挙句、逃げ出さないように重しを乗せているようなものです。
 ですから、「二十歳になったら選挙権」のような区切りというのは、すべからく「嘘」です。そんなにクッキリ「オトナ」になどなるわけがありません。嘘なのですが、とても有難い嘘であって、嘘(象徴化)のお陰で、わたしたちは「なる」の不安から解放されているのです。
“朝になると朝になったので驚いた”の続きを読む

  1. わたしは一時期、知的にではなく生理的水準で「なる」のわけのわからなさにとり憑かれてしまい、狂気に近い状態、というかほとんど発狂していました。わたしが最後に撮った映像作品は、「なる」のパニックを何とか仲裁するための手段だったのだと思います。この映画を見ている人は、かなり限られた人だけですが(笑)。
    象徴的なものが「なる」に嘘の区切りを入れて仲裁してくれるのは、とても有難いことです。 []

字は汚い方が良い?

 アマゾンの書評などを見ていると、時々「誤植が多い」とコメントされている本があります。
 もちろん誤植はないに越したことはないのですが、個人的には余程度が過ぎない限り気になりません。むしろ放送事故のような生々しさがあって、嬉しいくらいです。
 最近エジプト人の先生に師事してアラビア語を習っているのですが、彼との授業で使っている教科書は、アラブ圏における外国人向けアラビア語教科書としては定番中の定番で、なかなかオーソリティもあるものらしいです(当然すべてアラビア語)。ところが、この教科書には平気で誤植が転がっています。授業の時にも「あぁ、そこ違うから直しといて」とサラリと言われます。アラブらしいと言えばアラブらしいですが、むしろ誤植にやたら目くじらを立てる日本人の方が少数派な気もします。誤植を直すのも勉強の内じゃないですか。
 余りに数が多ければやはり問題ですし、特に教科書のような本ではシビアだとは思いますが、間違った印刷、読みにくい文字を乗り越えていく時にこそ、真に柔軟な知性が発達するものでしょう。
“字は汚い方が良い?”の続きを読む

「上に言ってもらう」日本 平等・ブラザー・嫉妬

 兄弟間の相続に差異がある場合、その民族は「人や文化の間には決定的な違いがある」個別主義・本質主義的な世界観を発達させ、一方兄弟間の分配が平等な場合、普遍的「人間」の思想を発展させる傾向がある。
 これはエマニュエル・トッドが『文明の接近』などで展開している論で、文字通りに受け取るには余りに乱暴な還元論ですが、眉に唾しつつ思考のきっかけとして使うには、なかなか興味深いお話です1
 日本は典型的な「兄弟間格差」システムで、兄弟と言っても兄(とりわけ長兄)と弟には絶対的差異があり、brotherに相当するような概念がありません。もちろん「兄弟」ということで「同じ親から生まれた男たち」を示すことはできますし、brotherにだってelderやらyoungerやらあるわけですが、brotherの本質は「オレたち年も性格も違うけど、同じ< 父>の元で等しくブラザーだぜ!」な「平等感」です2
 日本的システムにあっては、この水準での「根源的平等」が欠落しているため、普遍的< 人間>の概念も育ちにくい一方、「違って当たり前」「色々あって良し」という寛容さが共有される傾向がある、と言えるでしょう。こうした思想は「文化本質主義的」ですが、翻せば諸文化を貫通する「本質」への信が薄い、ということです。
 逆に< 人間>という普遍概念が強いシステムは「相対主義的」に振舞いますが、この「相対」は比べる軸があっての「相対」であって、軸そのものが相容れないシステムと出会うと、途端に不寛容さを示す場合がある、と言えるでしょう。
“「上に言ってもらう」日本 平等・ブラザー・嫉妬”の続きを読む

  1. 以下、エマニュエル・トッド関連記事。
    「『文明の接近』エマニュエル・トッド ユセフ・クルバージュ」
    「識字化と脱宗教化、頸の血管より近き者」 []
  2. ブラザーの最も重要な性質は、本当は「無関係」だということです。ブラザーが平等と言っても、実際の兄弟では個々人の違いが著しいですし、「母」のような直裁的「肉」の関係を持っているわけではありません。ですから、ブラザーは「義兄弟」を想像した方が、より適切です。実際の兄弟では生物学的に一定の遺伝子が共有されてしまったりして、少しミスリーディングです。つまり、< 父>なる象徴的審級の元で「平等性」が実現されている、ということであって、この平等性は物理的な平等性から一段抽象されたものです。社会生活においてブラザーが文字通りの物質的平等を享受しているわけがありません。 []