『フランコ スペイン現代史の迷路』 色摩力夫

『フランコ スペイン現代史の迷路 (中公叢書)』 色摩力夫 『フランコ スペイン現代史の迷路』 色摩力夫

 先日「スペインがフランコ時代の暗部と向き合う」といったニュースを目にしたことが、きっかけでした。
 ニュースそのものの内容は見ることができなかったのですが、フランコが「歴史の暗部」とまで言われていることが意外だったのです。
 フランコは確かに「独裁者」ではありましたが、第二次世界大戦でもノラリクラリと中立を貫き、戦後三十年にわたって政権の座に留まり天寿を全うし、「後継者」まで用意した希有な人物です。政治家というのは結果がすべてなわけですし、そもそも「民主的」な政治指導者なら良い指導者というわけではありません。今更人民戦線よりの左派バイアスでもないでしょうが、「独裁者」というだけでヒステリックな反応を起こすのが無気味でした。
 とはいえ、スペイン内戦とフランコ政権について、十分な知識があるわけでもありません。
 筆者は冒頭で以下九つの「神話」を挙げ、いずれも虚偽もしくは部分的事実にすぎない、として退けるのですが、わたしの認識も「神話」と大差ないものでした。
“『フランコ スペイン現代史の迷路』 色摩力夫”の続きを読む

不吉なデザインのブログ、ブロガーと会うこと

 ブログの読み方には、非常にざっくり言って、
①ブログ単位で読む(RSS、アンテナ的)
②エントリ単位で読む(ブクマ的)
 の二通りがあるように思うのですが、当然ながら、どちらか一極ではなく軸上のテキトーなところに浮かんでいて、一定の「愛読ブログ」を巡回する一方、注目のエントリや検索で拾い出したエントリをポロポロ持っている、というのが普通でしょう。
 以前に「誰が書いているか」派と「何が書かれているか」派で書いたことともクロスオーバーしますが、これはもう、皆さん割と飽きてしまった話題ではないかと思います。
 ちょっと気になるのは、①の対象にする、ブログ単位で評価するキッカケです。
“不吉なデザインのブログ、ブロガーと会うこと”の続きを読む

『アラブ政治の今を読む』池内恵 イスラーム的共存の可能性と限界

『アラブ政治の今を読む』 池内恵 『アラブ政治の今を読む』 池内恵

 『現代アラブの社会思想』に続いて、池内恵氏のアラブ論。時事的話題については既に「今」でもなくなってしまっている箇所もありますが、とにかく類例を見ないタイプの鋭利な論には一読の価値があります。また、時事的議論というのは、時間的な距離をおいて眺めるとまったく別様のテクストとして読める、という面があり、個人的にはむしろ時間をおいた再読を楽しみにもしています。
 最近すっかり魅了されている池内恵氏なのですが、Wikipediaの記述などで「反イスラーム主義者」とされているのに驚きました。確かに池内恵氏の議論は、日本の左派アラブ・イスラーム研究者にありがちな「反米の旗印としてイスラームを使う」ところがありません。過度にイスラームに期待せず、「第三極」的幻想を仮託しませんし、むしろ現実のアラブ政治を辛口に批判する部分も多いため、「とにかくイスラーム」な研究者からは「反イスラーム」に見られてしまうのかもしれません。
 しかし、少なくともわたしの読んでいる限り、アラブ政治についてもイスラームについても、かなり批判的な議論を展開しつつ、イスラームそのものを全否定するような主張をしているとは思えません。むしろアラブ・イスラーム内部の現実的な多様性や問題点を素直に受け止め、「近代」の内部で教育を受けた者として当然の批判を差し向けているだけでしょう。完全にファンタジーを排して異文化を眺める、などというのも能わぬ夢ですが、左派アカデミズムの外では当たり前のツッコミすら弾いてしまっていては、議論の大前提にもならないでしょう。そうした前提の上で、アラブやイスラームに対してこれからどういうスタンスを取っていくのか、はもちろん別問題ですが。
 逆にiza!の中の記事でサヨク呼ばわりされている箇所を見つけたのですが、もう笑うしかないので放っておきます。左派からも右派からも叩かれるのは良い論客の証です。松本健一氏なども同様に「両方から叩かれる」知識人です。

 前置きが長くなりましたが、『アラブ政治の今を読む』中の『「イスラーム的共存」の可能性と限界』を簡単にまとめておきます。
“『アラブ政治の今を読む』池内恵 イスラーム的共存の可能性と限界”の続きを読む